6章4話 王子は、失意の中にいた
日を追うごとに、ファシルファ王国での惨事についての情報が集まっていった。
ファシルファ王国陥落の決定打は、王城の爆破であった。
シルドニア皇国の宮廷魔導士数十名、聖騎士団十数名でファシルファ王国へ進軍。明け方にファシルファ王国港の兵舎を爆破、その後首都ファシルへ向かい、王国騎士団兵舎を2発の爆撃後、王城へ3発の爆撃。国の軍事力と中枢を麻痺させた状態で、王城敷地内を制圧。後日やってきたフェルニス王国の兵団が首都全体を制圧し、事実上陥落となったようだった。
ノアは気になったのは、爆破であった。この世界には爆破魔法なんて存在しないと聞いていたからだ。しかも、遠距離からの砲撃に近い爆破。火薬があれば可能だろうが、その概念はこの世界にない。確かに魔法の原理になぞらえれば、火薬や爆発物の生成は不可能ではないのだが、それをシルドニア皇国が手探りで生み出せたとは考えにくい。
この技術はどこの国においても脅威だ。ノアはルーデン公国へ、ファシルファ王国陥落の際に使われた魔道具の詳細を調べてほしい、と手紙を出した。
ノアはルナリアにも意見を求める。
「爆発魔法……か。あり得んな………。そんなものがあったら世界はとっくに消し飛んでいるだろうし、あったとしても、そんな大層な魔法、魔力がいくらあっても足りんだろう」
「そうですか……つまり人間が使えたとしたら、かなり大きな魔石が必要……」
「そうなるな。その、元素周期表、だったか?そのルール上では可能なのか?」
「ええ、可能ではあります。しかし、ルナリアさんの言う通り、かなりの魔石サイズがないと、難しいと思います」
火薬の生成にも、ウランなどの原子力爆弾に使われるような高エネルギー物質も、実用出来る量を生み出すには相当な魔石が必要そうだった。
いや待て。原子力爆弾――確かウランの核分裂エネルギーをそのまま爆発させた物ではなかったか?それだけのエネルギーを内包する物質――例えば魔石に衝撃を与えたら、どうなるのだろう?
「ルナリアさん、魔石って、故意に破壊するとどうなるんですか?」
「あー確かあの本にその記述が……………ああ、あった。ううん…………どうやら、消えてなくなるようだ。かなりの衝撃を与えないと壊れないらしいが、ひびが入った程度で霧散し、その際なにかしらの魔法現象が起きることもある、とか」
爆発、ではなかったが、何かそこに手がかりがありそうだった。
「それよりも、大丈夫か?ノア。かなり疲れているようだが……」
正直なところ、ノアはファシルファ王国陥落からあまり寝られていなかった。
「ええ、まぁ……僕よりも辛いのはファシルファ王国王子のハイリッヒ君ですよ……」
***
「ファシルファ王国が、陥落した」
ノアはファシルファ王国陥落の報を聞いて直ぐ、ファシルファ王国第3王子であるハイリッヒにそう伝えた時、ハイリッヒはその場に崩れ落ちた。
「………………それで…………父と母は……兄さん方は………?」
「わからない…………しかし………」
ノアも目を伏せる。国が陥落したのだ。たとえ今は命があっても、じきに処刑されるだろう。
「…………クソっ!!フェルニスめっ!」
温厚で気優しいハイリッヒが、激高し地面を叩く。
そして何かを決したかのように立ち上がり、その場を離れようとする。
「ハイリッヒ君!どこへ……?」
「…………ファシルファへ戻ります」
ハイリッヒは振り返らずノアにそう返した。
「戻って…………どうする」
「決まっているでしょう。ファシルファを取り戻します」
「王子一人で何が出来る!ハイリッヒ!受け入れろとは言わない!しかし今行ってどうなる!死ぬだけだぞ!」
ハイリッヒは勢いよく振り返り、ノアに詰め寄る。
「ならノア国王!今すぐファシルファを救ってくれますか!!」
怒りと憎しみ、喪失感と使命感が混じった矢のように真っすぐな眼差しは、ノアを、いやノアの心の奥底を射るように見やる。
ノアは耐えきれず、目をそらす。
「すまない…………それは出来ない………」
ハイリッヒは少し期待していたのかもしれない。ノアが助けてくれることを。しかし助けてくれないことはハイリッヒにもわかっていた。わかっていただけに、面と向かってそう言葉にされたことに、ハイリッヒは落胆した。
「……そうでしょう!なら誰が救うんです!?僕は第3王子です!国を守る為に産まれてきました!ここで戦わずにどうしろと言うんです!?」
「じゃあ君は一人でファシルファを救えるのか!?」
「っ………それはっ………」
「君が行けば、国民は立ち上がるだろう。そうすれば民兵は集まるかもしれない。しかしそれはさらなる戦禍を生む。人も死ぬ。それが君の言う国を救うことか?」
「………………」
「ハイリッヒ君…………君はわかってるはずだ。それが得策ではないことぐらい。そして、その戦禍を免れてここにいられているのは、ファシルファ国王が望んだことであることも」
ハイリッヒは固く握った拳の力を抜き、肩が落ちる。
「………………すみません、国王。しばらく一人になります…………」
ハイリッヒは危うい足取りで、自室へと戻っていった。
ハイリッヒを見送り、ノアも大きなため息とともに、その場に崩れる。
これは正解だったのか。彼にどんな言葉をかけるべきだったのか。ノアは血の気が引いていく頭の片隅で、そのことばかりが気になった。
***
「ハイリッヒか……彼ももう成人しているのだろう?受け入れがたい事だろうが、そのうち戻ってくるだろうさ」
ルナリアはそう言ってくれるが、成人といってもまだ16歳だ。ノアの感覚ではまだまだ多感な子どもに感じている。
「確かに結局のところ、僕に出来ることはもうないのかもしれません。でもここで寄り添う誰かがいるかいないかでは、きっと大きく違う」
「でも、カシッドがそばについてくれているのだろう?」
そう。他国だが同じ王子であるカシッドは、そんなハイリッヒに付かず離れず、ずっと見守ってくれていた。
「ノア。君はすべての世界に干渉出来る訳ではない。彼らには彼らの世界がある。あまり立ち入り過ぎるのも彼らの為にならないと思うぞ」
「そう、ですね………ありがとうございます。僕も少し休みますね……」
ノアはルナリアの言う通り疲れているのだろう。頭の中にゴミが詰まっているような感覚。思考がまとまらない。いつものキレがない。こんな頭でいくら考えても杞憂に終わってしまうだろう。
ノアは素直に休むことにした。
***
後日、カシッドと二人になる機会があり、ノアは少しハイリッヒの様子を訊くことにした。
「そうですね……やはりかなりのショックがあって、まだ抜け出せてはいませんね。私も王子なのでわかります。自分の使命と天命についてというか……神々は何を望んでらして、民は何を望んでいるか。そこにさらに自分はどうしたいかが加わると、本当に悩んでしまう。彼は無宗教なので神々からの天命とかは無いのかもしれませんが、民の、親の、兄弟の、そして自分の意思……考えれば考えるほど沼地にはまっていく……」
切実な話だった。16歳であっても、ハイリッヒは王子なのだ。自分の意思が他に及ぶ影響まで考えなければならない。それを背負うには、まだ背中が小さいのだろう。
「ありがとうカシッド。君は大人だな。もし伝える機会がありそうなら、ハイリッヒに伝えてほしい。自分の幸せを優先しなさい、と」
誰かのためではなく、自分自身のこれからを――きっとそれは、ファシルファ国王が最も望んでいることだろう。
「わかりました。助言ありがとうございます」
カシッドがいれば、ハイリッヒは大丈夫だろう。ノアはそんな二人の絆を、微笑ましく思った。




