6章2話 男は、侵攻の理由を探りたかった
ノアは情報を得るため、捕虜と食事を共にすることにした。
コルダ村の村長ジェイクには、国王がそんな危険を冒しちゃならねぇ、と大いに反対されたが、捕虜たちの信頼を得るために説き伏せた。
「それで、話せないのでしたら構わないのですが、フェルニス王国はなぜエルノア国を攻めようと?」
捕虜の一人がぽつぽつと語り始める。
「詳しいことは何も………俺らには、異教徒から世界を救うため、と……。ただ俺らには……異教徒がなんなのかわからねぇ……。なぁ、世界って何だ?それは俺らの生活よりも大切なんですかい?」
「…………僕は、あなた方が豊かに暮らすことができたなら、それが世界の平和だと思います」
「俺らは畑を耕すことしか知らねぇ……領主様や国王様が何を考えているかなんてさっぱりだ……。ただ望むのは、飢えずに、安心して暮らせることだけだ…………なのにこんな……」
よほど苦しい状況にあるのだろう。捕虜の男は目頭を押さえて涙する。
「さぞ苦しかったのでしょう…………食料はたくさんあります。ゆっくり召し上がってください」
「あぁ……ありがとうございます国王様……」
***
数日後、今度は100人ほどの軍勢でフェルニス王国軍が再びコルダ村に侵攻してきた。
手順は同じだったが、人数が多いため電撃を何発か放つことになってしまい、堀でスタックした兵士には何度も電撃を食らわせることとなってしまった。
今回もすぐに兵は撤退。そして捕虜を回収した。その数は30名ほどとなった。
「皆さん初めまして。私はエルノア国王、ノアです。大人しくしていれば、危害を加えるつもりはありません」
決まり文句のように、先日捕虜に話したようにノアは自己紹介をする。
「みんな、落ち着いてくれ。本当にノア国王は俺たちに危害を加えない!一瞬で傷が消えるポーションで助けてくれたし、飯もたらふく食わせてくれる!難民として受け入れるとも言ってくださってる!」
先の捕虜の一人が、そう新しい捕虜たちに説明する。
「……本当か?だって魔族の国だぞ?」
「ああ、ノア国王は一切の差別をしないとおっしゃってくれた。魔族も、農民も、豊かで平和な国を作っている最中だと……」
「信じられん……だって俺らは……そのエルノア国を攻めて……こ、殺そうとしたんだぞ!優しい言葉で情報を聞きだしたら、殺すか、人質にされるに決まってる!」
「そ、それは……」
やり取りをしばらく見守っていたノアは、ここで会話に入った。
「あなた方がもし、殺して欲しいと望むなら、そうしましょう。フェルニスに帰りたいというなら、そうしましょう。ただもし、フェルニスにも戻りたくなく、死ぬのも嫌だ、という方は、残した家族と共にエルノア国での生活を保障します」
「…………おい、この方の言う事は、信用して良いのか……?」
捕虜の一人が、既に捕虜となっている者に訊く。
「ああ、俺は信用する。実際、仲間の一人が家族を連れてここに移住するために、一度ハイデンへ戻った」
「しかし…………俺は農民だ。土地を捨てて家族と移住なんて領主様が許すはずなど…………」
「俺だって同じだ。でも考えてもみろ。フェルニスでの生活は良かったか?作っても作っても作っても奪われる……」
「……………………」
「どのみち、あのままなら飢え死にだ。もしかしたらエルノア国に来ても同じかもしれん……。でも、俺はあの国王が民を見捨てるような人には見えない。俺らに満足いく食事と部屋を与えて下さってる。それにお前……捕虜と飯を食う国王なんて、想像できるか?」
「…………………」
「俺はエルノア国に賭けるよ。お前がどうするかは、自分で決めろ」
***
翌日。引き返したフェルニス軍が再び侵攻を試みる。
どうやら堀を疑っているらしく、数人の先兵が恐る恐る足を踏み入れていく。
対岸にたどり着きそうな先兵を、ノアはじっと観察する。
「そろそろ、行きますか?」
「いや、まだ…………」
ノアは引き返すのではと考えていた。堀の様子を確認し、後方へ報告するためだ。そして安全を確認出来たら、全員で行軍してくるだろう。と。
ノアの予想通り、先兵たちは後方の軍勢へと戻っていった。
少し厄介だったのは、行軍が横並びではなく、縦列を組んで進んできたことだ。
これでは全体への電撃が難しい。
「皆さん、僕の合図で、2発だけ行きます。ネスさん!弓から身の安全を確保しながら前に出て、打ち合わせした言葉を、大声でフェルニス軍に伝えてください」
ノアは、昨日のうちにマギナ国境で堀作りをしていたネスを呼び出していた。
「了解した。よしお前ら、出るぞ!」
ネス達は防御陣形を取りながら堀の付近まで進む。そしてネスはフェルニス軍に対して大声で伝えた。
「フェルニス軍よ!私はオーク族軍の大将、ネスである!我々はそちらに危害を加えるつもりは一切ない!大人しく兵を引いてもらいたい!さもなくば!再びそなたら略奪者に!神の神罰が下るであろう!」
神罰――つまり電撃のことだ。恐れ多い言い方かもしれないが、フェルニス兵にとって不可思議な力を神の御業に例えれば、信仰心に響き侵攻に迷いが出るとノアは踏んだのだ。
ネスの言葉を聞き、たじろぐフェルニス兵たち。散発的に放ってきていた矢は止んだ。
ネス達はその間にノアたちの陣営に戻った。
「ありがとうございます!ネスさん!おかげで大分混乱しているようです」
「そうか!それは何よりだ!しかしまぁ……人間とは不思議なものだな。息まいて攻めてきた割には、随分と臆病だ」
ネスは混乱するフェルニス軍を見つめてそう言った。
「正規軍ならこうはいかないでしょうね……しかし兵のほとんどは農民や商人。そこまでフェルニス王国に忠誠がある訳ではない。そこにつけこんで、神がお怒りだ、なんて言われたら、例え信仰心が薄くても足が恐怖で止まる」
「ノアさんは、よく人の心を知っていらっしゃるのだな。敵に回したくないものだ!」
はっはっは、とネスは笑った。
***
その後、フェルニス軍は兵を引き上げた。
そして2週間が経ち、三度目の侵攻が無いところを見ると、どうやら今回は諦めてくれたようだった。
ルーデン公国からも、フェルニス王国はエルノア国侵攻に失敗、と通達があった。
ノアは、安全が確保できそうなので捕虜たちを解放した。
全員が移住希望とのことで、隙を狙って亡命するそうだ。家族を含めると総勢100名ほど、エルノア国民が増えることになるが、ほとんどが農民なので、食料自給率を上げたいエルノア国にとってはありがたい事だった。
ノアは久々に魔女の家に戻り、自室で考えごとをする。
なぜ、聖戦と謳ってまでフェルニス王国は他国を侵略しようとしているのか。
ルーデン公国の間者も、そこまではまだ見えていないようだ。
しかしどうやら、特にシルドニア皇国付近で、魔素病で死者が出始めている、とのことだった。
魔素病――魔族の森のような、高濃度の魔素に曝され続けると発症する病気だ。直接死に至りはしないものの、頭痛やめまい、吐き気が慢性化し、衰弱していく。魔素に曝された期間にもよるが、通常は魔素の無いところにいれば徐々に回復するのだが、死者が出ているのは不可解だった。
シルドニア皇国は魔法適正の高い聖職者で構成されている国だ。魔素病を発症するリスクは少ないはずだった。
「ああ、でもシルドニア皇国付近、と言っていたか……つまり、発症しているのはフェルニス王国内……」
シルドニア皇国は、フェルニス王国内にある小さな国だ。その国境付近で発症しているのだろう。
しかし、なぜ魔素病がそんな局所的に流行しているのか。
魔素病は魔素が原因。素直に考えて、シルドニア皇国付近で魔素の濃度が上がっていると考えるべきだ。
ではなぜ、魔素濃度が上がっているのか――?
ノアは、ルナリアに相談してみることにした。
***
ルナリアは相変わらず、黙々と魔法の研究に勤しんでいる。
「ルナリアさん……少し相談と言うか、訊きたいことがありまして」
「ん?なんだ?」
「魔素が人間領で局所的に濃くなる、ということはあり得るのでしょうか?」
ノアの問いに、ルナリアは頬杖をして首をかしげる。
「魔素が局所的に……か。ここ最近仕入れた文献によると、そもそも魔素の循環、というのはどうやら、魔族の活動によって行われているらしい。体内の魔石が空気中の魔素を吸収し、それを魔力としてエネルギーに変換されて発散させる。その際に魔力は再び新しい魔素となり、循環する、という流れだ」
「つまり、魔族や魔物の多い魔族の森が高濃度なのは、そういう……」
「それと、これは私も信憑性に悩むところだが、魔素は北に誘導される習性もあるとかないとか。仮説段階で否定はされているようだが」
ルナリアの解説を聞き、ノアは一つ仮説を立てる。
「これを禁書に書かれていた仮説を踏まえると、魔石によって蓄えられた魔素を、人間が局所的に魔法として多用したら、魔素は濃くなるのでは………?」
ルナリアははっとした顔でノアを見やる。
「!?…………なるほど確かに!それなら理屈は通る」
つまり、可能性として、シルドニア皇国でなんらかの魔法が多用されていて、その結果魔素が充満。それはフェルニス王国まで広がっていて、耐性のない一般人が魔素病を発症――あり得そうな仮説だった。
「ありがとうございます!ルナリアさん!愛してます!」
「えっ!あ、うん……」
ノアは再び部屋に籠って仮説をブラッシュアップした。




