5章9話 二人は、魔法が科学であることを知った
「「あぁぁあぁぁうぅうぉ・・・・・・」」
太陽がすっかり昇り、窓から朝日が差し込むなか、ノアとルナリアは溶けたチーズのようにソファにうなだれていた。
脳疲労で言葉を話すのも聞くのも億劫で、二人はすでに人語を失っていた。
そうなるのも無理は無かった。
賢者の手記――その中身は、今の魔法体系の根源であり、すでにオーパーツ化された魔法の仕組みを説明するものだった。
まず元素周期表。これが魔法の根底にある。
賢者によると魔法は、無から有を生み出す技術ではなく、物質を有から無へ移動させる召喚技術であるようだ。魔石は、原子を召喚しそれを結合させることにより魔法を生み出している。魔石の大きさで召喚できる物質量に制限があることから、召喚コストは、魔石内に蓄えられた魔素を使っているのでは、という仮説も立てていたが、これはとうとう証明できなかったようだ。
そして雷魔法。これは電子エネルギーによる運動であることから、魔石は電子にも影響を与えられると賢者は結論づけていた。
賢者はこれらの理論を証明するために、魔石から魔法を取り出す実験に明け暮れた。いくつもの失敗と長い年月を経て、賢者はとうとうその方法――魔法陣にたどり着いた。
魔法陣――ノアには知識がないので上手く読み取れなかったが、賢者が見いだしたのは、どうやら原子で構成された分子の構造式だったようだ。それを魔石に示すと、その化合物が召喚できる。それを道具として広く一般に広まったのが魔道具であった。
魔道具として賢者はまず初めに、回復魔法――いまでいうヒール魔法の開発に取り掛かった。構造式を書くのはかなり精緻な作業を求められたようだ。水などよりも構造式が複雑になるヒール魔法はかなりの時間を要し、ようやく完成したのはモルヒネだった。
しかしモルヒネは中毒症状が強い。患者がその後中毒症状に苦しむことも少なくなかった。その問題を解決すべく、さらなる時間をかけて完成したのが、現在のヒール魔法――モルヒネよりも中毒性の少ないヘロインと、解熱や止血効果のあるアスピリンを混合した化合物だった。そしてそのヒール魔法を液体として発生させたのがポーションだった。
他にも、火薬や電気の発明も行っていた。電気は実用に至らなかったようだが、火薬は生成に成功。しかしその頃には勇者スサノオが魔王を討伐。魔族の侵攻も落ち着いていた。
賢者はきっと戦争を経験している人なのだろう。人同士の戦争に火薬を使われ多くの人が死ぬことを避けるため、火薬の生成魔法は後世に残さず生涯を閉じたようだ。
最後の手記には、びっしりと構造式が描かれていた。成功した物、失敗した物、題名が消えその構造式が何を指すか分からない物もあった。
ノアは、薬学や化学の知識をあまり多くは持ち合わせていない。これらの情報をどこまで活用できるかはわからなかったが、少なくともこの賢者の遺志を継ぎ、平和利用に徹したいと感じた。
「…………はぁ。とんでもないことだよ……魔力魔法の概念が覆る…………」
ルナリアは、ソファに持たれながら、上の空のように言った。
「そうですね……。魔法が、僕のいた世界の科学と繋がっているなんて……でもこれで今後、魔法で出来そうなことの仮説を立てられそうです!」
賢者の手記頼りにはなるが、成功した化合物の構造式を活用できるのは、魔法と技術を融合させるうえでかなりの進歩だった。
そしてまさに魔動モーターの開発中の今、魔法による電気の発生について知見を得られたのは特に大きい。
ノアは改めて手記を眺める。
電気についての魔法陣もしっかり描かれているのをみて、ノアはなんだか嬉しくなる。
「ん?……………あっ!」
ノアは魔法陣に既視感を感じる。
電気についての魔法陣は他の化合物の構造式とは違い、回路図に近い構造のようだったのだ。どうやら賢者は工業の知識はさほど持っていなかったために、実用化まで進められなかったのだろうが、ノアには工業の知識があり、回路図もそれなりに描ける。もしかしたら、魔石をまるで初歩的な電子基板のように扱うことだって、出来てしまうかもしれない。
ノアは徹夜明けだというのに朝食も摂らず、衝動的にナイトハルトの下へ馬車を走らせた。
「おはようございます!ナイトハルトさん!大変な事がわかりました!」
勢いよくナイトハルトとクリスの住む首都長舎に飛び込む。
彼らは丁度朝食中だった。
「どうしたこんな朝早くに……」
「その!魔法陣が!仕組みがわかって!電気も回路図で!」
珍しくまとまりのない話をするノア。
「とりあえず落ち着きたまえノアさん。……ん?少し顔色が悪くないか?朝食は食べたのか?」
ナイトハルトはノアの顔を覗き込む。
「ああ……そういえば昨晩から何も……それに睡眠も……」
「寝ていないのか?それは大変だ!クリス!すぐにノアさんを寝かしつけてくれ!」
まるで赤ちゃんを託すかのようにクリスに指示を出すナイトハルト。
かしこまりました――とクリスは素早くベッドへと案内した。
***
よほど疲れていたのだろう。ノアは横になると間もなくぐっすりと眠ってしまった。しばらく寝入り、気が付けば昼を過ぎていた。
「おはようございます。ノア様。昼食の準備がありますが、食べられそうですか?」
起きてきたノアの物音を聞き、クリスが執務室からやってくる。
「ありがとうございます。お腹が空き過ぎて吐きそうなほどです…………」
「そうですか……それなら、この麦のお粥から召し上がってください」
ノアは温かい麦粥をゆっくり食べる。胃の中に温かく入っていくのがわかる。なんとも優しい味だった。
「すみません、突然押しかけて。それにベッドまで……」
「いえ、ノア様にとっては急ぎの用事だったのでしょう?ですが、ご自愛くださいませ」
ノアは優しくクリスに諭された。
昼食をご馳走になり、執務室に行くとナイトハルトが仕事をしていた。
「ノアさん。自分の体以上に大事なことなど無いのだぞ?増してや今は国王なのだ。残される民草の気持ちも考えたまえ」
ナイトハルトには、しっかりと怒られてしまう。ノアはただ平謝りした。
「で、用件は何だったかな?」
ノアは周りに人がいないことを確認して、少し小さな声で話し始める。
「実は、昨日ルタ国王から禁書が届きまして。それを解読すると、なんと魔法の仕組みと、魔石から電気を取り出す方法についての詳細がわかりました」
「なんと!それは素晴らしい!確かにノアさんの体の次くらいには重大な出来事だな!」
ナイトハルトは、口振り以上に怒っていたようだ。
「いやほんとすみません……。で、ですね?検証用にナイトハルトさんに魔法陣を描いてもらいたく……」
ノアは、簡単な回路図をナイトハルトの目の前で紙に書き、彼に渡した。
それはコイルと磁化針を使った簡易的な検流計の回路図だった。魔石から電気を流せることは、賢者が検証に成功している。この検流計の課題は二つ。一つ目は検流計に使用する回路図の記号が魔石と対応するのか。二つ目はコイルの記号を描けば魔道具はコイルの役目を果たしてくれるのか、だ。
これが成功したなら、検流計が手に入り、そして魔道モーターで使用するコイルの問題も解決するかもしれない。
「ふむふむ……なるほどなるほど…………作った事の無いタイプの魔法陣だな……早速作ってみることにしよう!」
「ありがとうございます!」
***
数日後、ナイトハルトから検流計試作について相談があった。
「ノアさん……どうもうまくいかないんだ……このクルクルしたところなんだが」
ナイトハルトが示したのは、回路図のコイル部分。どうやら魔道具を発動させると、このクルクルの最初の接触部分で熱を持ち、焼け落ちてしまうようなのだ。
「なるほど……ショートしたのか……つまり半分は成功ですね!記号はしっかり機能している。問題はコイルか…………」
コイルは、銅線に薄くニスなどの絶縁加工を施せば作れるため、実際に作ってしまえばいいのだが、ここまで来たら思いつく限り検証したい。なにせ銅線自体、まだこの世界に無いのだから。
「ではですね……こないだ説明したモーターの仕組み……コイルの説明を思い出してください。コイルってこう、鉄芯に……」
ノアは改めてコイルの説明をし、仕組みを思い出してもらう。そのうえでノアは、鉄芯に銅線を巻くが如く線を引き、絶縁したうえでそこに電気を流して磁力が発生しないか検証の提案をする。
「なるほど……銅線の代わりに線を引いて……了解だ!試してみよう!」
こうして何度かの失敗と改善を繰り返し、ようやく検流計は完成したのだった。




