5章8話 二人は、賢者の手記を手に入れた
第2回目のエルノア国定例議会が開催された。
今回から、外交大臣のダリア、財務大臣のルークも参加し、傍聴席にはルタ・スクリット共和国第1王子カシッド、ファシルファ王国第3王子ハイリッヒが座る。
議題はまず、先日揉めていた宗教活動の扱いについてだ。まずノアは事の詳細を報告する。
「……ということがありまして。そこで、今後、エルノア国内の宗教活動……主に布教について禁止したいと思いますが、どうでしょう?」
「布教を禁止してしまったら、宗教団体は活動出来ないのではないか?建物の維持や聖職者の生活もある」
ナイトハルトが意見を出す。
「確かにそうですね……では、助成金として一定額国から出すというのは?」
ノアのその提案に、今度はルークが意見する。
「額にもよるが、それでは助成金欲しさに宗教が乱立したりしないかい?」
「ううん……確かに……」
そこで獣人族ナーレの村の村長ヤドが質問する。
「そもそも、その宗教ってのを辞めれば良いだけではないのか?」
「そうできれば確かに問題は解決するんですが……人間は、神とかそういう困った時に祈れる場があるというだけで、心強いものなんですよね……」
「そうか……すまない野暮なことを聞いて」
「いえいえ、良い意見だったと思います。…………そうですね、では宗教活動にかかる出費の一部を実費で助成するというのは?」
この案には特に反対が無かった。
「それでは、今後、宗教団体の国内での布教活動は禁止。活動費に関しては申請に応じて適宜助成する、という形で良いですか?」
全員が賛成する。
そして次の議題。フェルニス王国によるエルノア国侵攻の可能性についてだ。
「これは……十分注意しましょう、としか対策がとれませんが……なにかいい案をお持ちの方はいますか?」
オーク族が統治するミネスの村の村長ネスが手を挙げる。
「オーク族を5人、交代でコルダ村の警備にあたるというのはどうだろう?魔女のポーションがあるなら、5人でしばらくは持つだろう」
「……それは願ってもいない事ですが、良いんですか?かなり負担になるのでは?」
ミネスの村からコルダ村まで、馬車を使っても2日以上かかる道のりだ。だからこそ常駐してくれるのはありがたいのだが――。
「問題ない。コルダ村も多少農業をしていると聞く。農地開拓と観光のついでに伺おう。寝床は藁のある納屋で十分だ」
「ありがたい申し出、助かります!ジェイクさん、受け入れ大丈夫そうですか?」
「納屋で良いのなら、問題ないですぜ!ネスの旦那!ありがとう!なにか美味い酒でも毎晩持って行きます!」
「おおこれはありがたい!皆も喜ぶだろう!」
「ナイトハルトさん、オーク族用に魔素を補助する魔道具なんてありますかね?」
魔素の薄い人間領にしばらくオーク族を置くとなると、健康が心配だった。
「そうだな……人間が魔族の森に入る時の魔道具を改良すれば、なんとかなるだろう!」
「ありがとうございます!それではまずは5人分お願いします!これで国防は何とかなりそうですね!」
正直ノアにとってかなり不安に感じていた事案なだけに、肩の荷が下りた。
その後は、ルークより食料自給率の報告をしてもらい、今後自給率100%を目指す旨を伝えた。
今回の議会はこれにてお開きとなった。
***
魔女の家に戻ると、大きな麦わらの俵が届いていた。
訊けば、ルタ・スクリット共和国から届いたそうだ。
不審に思ったノアは中を開けてみることにした。
「こ、これは…………」
わら俵の中から出てきたのは、少々古びた書物であった。
それと一通の手紙――ルタ国王からのものだった。
手紙によると、この書物こそが、先日技術開発会議でルタが話していた『禁書』の写しであった。どうやら禁書は、既に原書は読むことが難しい状態のようで、保存の観点から数十年に一度複製を作っては、古いものを破棄しており、ノアの下に届いたのはその複製が完了した破棄予定の複製である、とのことだった。
禁書ゆえ、本来はルタの手で渡すところを、出来る限り早めにノアたちの下へ届けようと、このような偽装で行商人を通じて配達したようだ。少し軽率な行動すぎやしないか――。
本を手に取りページをめくる。中身を読み、ノアは驚愕した。
文字が、日本語だったのだ――。
手足の震えが止まらない。全く本の内容が頭に入ってこない。めまいで立っているのも辛くなってくる。
「ん?おいノア!大丈夫か!」
異変に気付いたルナリアがノアを介抱する。
「ええ、すみません軽くめまいが……それよりもこれ……」
「こ、これは……勇者文字!?」
ノアとルナリアは、一旦落ち着くためソファに座った。
***
勇者文字――こちらではそう呼ばれているようだった。
「ふむ……さすがに私も部分的にしか読めないな……」
「え?ルナリアさん、読めるんですか?日本……勇者文字を」
「ほんの少しだけな。このやたらと複雑な文字以外は……例えば、これは『や』だろ?」
ノアは驚いた。カタカナの一部だったが、ルナリアは日本語を読めていた。
「古代書とかに稀に出てくるからな……しかし、解読されているのは、こういった簡単な文字だけだ。だからこういった書物のすべては全く解明されていない」
「そうでしたか……実はこの文字……僕の故郷の文字です。だから多分、全部読めるかと……」
ノアが少しだけ自信が無い理由は、書かれていたのはカタカナと漢字――つまり、ノアの知る時代の書物ではないので、知らない表現や旧字体などが出てくる可能性があったからだ。
「なに!?……まぁしかし勇者文字だものな。同じ異世界から来たノアが読めるのも当然といえば、そうか。それで、一体どんな内容なんだ?」
「ちょっと待っててくださいね……僕もかなり動揺してまして……えーどれどれ……」
ノアは慎重に書物を開き、読んでいく。
やはり所々読みにくい箇所が散見される。そしてそれ以前に、文字として認識せずに模写しているためか、誤字も多い。日本語がわかっていても、すらすらと読んでいける代物ではなかった。が、しかし――
「ルナリアさん……これは相当ヤバいですよ……」
記されていたのは、人間が魔法を魔石からどうやって取り出すかを研究し、それに成功した者の手記であっ。
「なっ…………!?つまり……賢者の……魔法を解析した賢者の手記だというのか!?」
「ええ、そのようです……ちなみに、その賢者って、どのような方だったんですか?」
ノアは気になった。これを記した人物の事を――。
「賢者…………実はほとんど謎なんだ。性別も、名前も、容姿も………時代は創世期だから、勇者スサノオと同時期なんだが、表舞台にはほとんど出て来ない。しかし魔法を作ったのは賢者だとされている。不思議な人物だ」
「なるほど……多分、いや間違いなく、その賢者は勇者スサノオと同じ時代の世界からは、転生されていません。勇者はあの世界でも神話レベルの存在。しかしこの賢者は、僕のいた時代から多分200年も前ではない……」
「そうか……二人は出身の時代が相当違うんだな……それで?それにどんな意味があるんだ?」
ルナリアは首を傾げた。
「つまり、ですね……そんなさほど文明が発達していなかったであろう創世期に、僕のいた現代に近い知識が持ち込まれていた可能性が高い、という事なんです……」
ノアは、手記の中にある一つの表を見せる。
「これは、元素周期表といって……空気や水、火なんかの原料といいますか、その物質を構成している素材それぞれの性質を示した表です。そして、この元素周期表……どうやら魔法と深く結びついているようなんです」
「なっ!?!?」
ルナリアは、今までに見たことも無いような驚きの表情を見せる。
「日記調に書かれているので、よく読み込まないとわかりませんが……かなり魔法の核心的な事が書かれているかと」
「わかった。すまないがノア。それを音読出来るか?私は重要な個所をメモして研究材料にしたい」
ルナリアは力のこもった目でノアを見つめる。
ノアは賢者の手記をルナリアに読んで聞かせ、時には解説し、ルナリアがメモをし、二人で内容を確認し、気が付けば朝方になっていた。




