5章5話 男は、魔法にさらなる興味を持った
ノアはその夜、ルタ国王の家にお呼ばれし、夕食をご馳走になることになった。
「よく来てくれた我が友よ!早速だが紹介させてくれ、これが妻のアイリスだ」
「アイリス・スクリットです。ノアさん、よろしくね」
ルタは家族に、ノアを家に招いたときは国王としてではなく友人として接するように伝えていた。
「初めまして、ノアです!今晩はお邪魔します!」
「そしてこれが長男のカシッド」
カシッド――いまエルノア国に来ているファシルファ王国第3王子ハイリッヒよりも少し大人だろうか。父ルタに似た褐色の青年だ。
「初めまして、カシッドです。父がお世話になっております」
「カシッドは次期国王……ルタ・スクリット5世だ。私も幼少はカシッドと名乗っていた!まあ王族の習慣だな。そして横の小さいのがサントス。まだ5歳だ」
「はじぇめまして、サントスです。パパがおしぇわになって……ろります?」
お母さんに教わった通り挨拶しているのだろう。恥ずかしそうに疑問形で挨拶をした。ぷっくりとしていて可愛い男の子だった。
「カシッドさん、初めまして!今後よろしくね!サントスくんも、挨拶できて偉いね!」
ノアがそう褒めると、やっぱり恥ずかしいのかお母さんの後ろに隠れてしまった。
「そこでノアよ。このカシッドをしばらくエルノア国へ留学させたいんだが」
ルタは結構な相談を突然する。ファシルファ王国しかり、そういう文化なのだろうか?
「え、あ、かまわないですよ!実際、いまファシルファ王国の第3王子も僕の下で面倒見てますし、それでもかまわないのでしたら」
「ああ好きに使ってくれ!なにせ国王となると、そうやすやすと他国へ行けなくなるからな!特にエルノア国は建国したばかり。見てて学ぶことも多いだろう!受けてくれて助かったよ!……さて!野暮用も済んだし、食事にしようではないか!」
ノアは、ルタ家の振舞ってくれた料理に舌鼓をした。昨日の宿舎で振舞われた豪華絢爛な料理とは違い、かなり家庭的な料理だった。ルタ曰く、やはり一番は妻の家庭料理、とのことで、それにはノアも共感した。もっとも、ノア家の家庭料理はノア自身の手料理なのだが。
***
2日目も引き続きノア一行は別行動となった。
ノアは商人区画へ行ってみることにしたので、全員で商人区画まで行き、そこで散開する。
商人区画を改めて自分の脚で歩いてみると、また違った趣がある。
まず匂い。どことなくスパイシーで、それでいて華やかな独特の香の匂いがそこかしこに漂う。
そして行きかう人の数。馬車の数も多く、油断していたら轢かれそうなほどだ。
店も、個人用に販売もしているが、多くは行商人同士の売買のようでとにかく量が多い。農民階級へ売りに行くために買い付けているのだろう。
ノアは、本屋でいつぞやのように本を山ほど買い込んでいるルナリアを見つける。
「ル、ナ、リ、ア、さん!どうですかお買い物は?」
「ノアか。ここは素晴らしいぞ。一生いられるほどだ!」
ん?そのセリフ、前にも聞いたな――
「ルナリアさん、せっかくの新婚旅行なので、何か贈り物をしたいのですが、どうでしょう?」
ノアはまだルナリアに指輪一つ贈っていなかった。
「え……そ、そうか……?じゃあ、一緒に選びに行こうか」
ノアたちは新婚らしく手をつなぎ、アクセサリー店へと入っていった。
「せっかくなので、おそろいの指輪なんてどうですか?」
「そう、だな……なんだかそういうの恥ずかしくないか……?」
「そうですか?僕のいた世界ではそれが普通でしたよ?」
国によっても違っただろうが、少なくてもノアの知る限りそういう文化だったように思う。
「何かお探しですか?」
女性の店員に声をかけられる。
「僕ら新婚なんですけど、おそろいの指輪を探していて……普段からつけるので、シンプルなのが良いんですが」
エルフは華美な装飾を嫌うらしい。以前ルナリアがそう言っていたことを、ノアは覚えていた。
「これはおめでとうございます!かしこまりました!いくつかお持ちしますね!」
店員が持ってきた中で、一番シンプルな、装飾の全くない銀の指輪をルナリアが選ぶ。
「これが一番しっくりくる……」
「なるほど。いいですねその指輪!僕もしていて違和感ありません!店員さん!これにします!」
ノアとルナリアは、結婚指輪を購入した。
「なんだか……これを付けていると、なんというか、ノアをすごく身近に感じるな……」
ルナリアは、大層気に入ってくれた様子だった。ノアもなんだか嬉しくなる。
***
3日目。明日が出発なので、実質観光できるのは今日が最後だ。
ノアは農民区画へ行ってみることにした。
途中までダリアたちに乗せてもらい、門をくぐる。
改めてみると、家屋などは確かに階級格差はある。しかし、農民が着ている服は小奇麗で、肌艶も良い。やはり豊かな生活なのだろう。
ここの農業で特徴的だったのは、農業用水を川から汲んでいることだった。ノアのいた世界ではごく当たり前だが、この世界では魔法があるので、農業用水は魔石の組み込まれた魔道具を使っていた。しかしこの魔道具。魔石を使っているだけにそこそこの値が張り、定期的に交換も必要だ。もちろん川の水を汲むための治水にも金はかかるが、長く見たらこっちの方が効率的だろう。もしかしたら、この国の作物が美味しいのは、純粋に水が良いからなのかもしれない。
その日の夜。
ノアはルタに明日出立する旨を伝え、宿舎に戻ると、明日の準備をするため荷積みをするアルとエルが困り果てていた。
――ルナリアの買い漁った書物が、多すぎたのだ。
***
翌早朝。一行はルタ・スクリット共和国を後にした。
ルナリアの書物は、後日行商人に配達させることにした。ルナリアは反対したが、こればかりは仕方が無かった。
旅程は行きと逆のルートを使う。本当はキ・エラ連邦にも顔を出したかったが、キ・エラ連邦自体、来訪者への対応が非常に限定的で、国王であっても事前のアポと相応の用事が無いと中に入れない、とのことだった。
「そういえばルナリアさん。この前ルタ・スクリット共和国は魔法体系が違う、と言っていましたが、具体的にはどう違うんですか?」
ノアは素朴な疑問をルナリアに訊く。
「厳密には源流がルタ・スクリット共和国で、そこから枝分かれしたのが西側での魔法なんだ。創世期に勇者と共に戦った賢者が晩年、ルタ・スクリット共和国の前身の街で研究に励んだのが魔法だ。西側へは、その何十年もあとに伝播した。つまり西側は伝播した魔法を研究して生まれ、ルタ・スクリット共和国は賢者の残した研究を引き継いでいる」
「で、具体的にはどう違うんですか?」
「魔法の概念が広い。西側には無い、例えば金を生み出す魔法や、雷を出す魔法が存在する。まぁ、どれも実用性が無く風化してしまっているが……だからこそ書物漁りが楽しいんだがな!」
「金も実用性が無かったんですか?使えればみんな大金持ちになれるのに」
ノアは冗談半分でそんなことを言う。実際に金が簡単に生成出来たら、価値はその辺の石ころと変わりなくなるだろう。
「昔の人もそう考えて研究したんだろうさ。でも実際は相当な大きさの魔石を使ってほんの少しだけ出来る程度だったとか」
つまり、魔法は水や火だけではなく、もっといろいろなものを生み出せるようだ。しかしその生成コストには何かしらの法則があり、全てが簡単に同じ量を生み出せるわけではなさそうだった。
「火と水でも、その効率性というか……同じ大きさの魔石から出せる量は違うんですか?」
「ううん……どうだろう。考えたことも無いな。だが、そもそも火と水の量を比べるのは難しくないか?」
確かにそうだ。コップ一杯の水と同じだけの火――と言われても、答えられないだろう。
こういうことを無くすために、現代科学では質量とかそういった広く使える基準の概念があったのだと、ノアは改めて思い知らされる。
しかし、水と金では、明らかに効率に偏りがある。物の価値だろうか?しかしそれは人間社会での基準ではないはずだ。もっと物理法則のような、自然界にある基準がありそうだった。




