4章11話 新国は、歓喜の中で建国した
とうとう建国宣言当日――
ノアは昨日ルタ国王と飲み過ぎたせいか、建国宣言の緊張のせいか、朝からずっと酸っぱいものがこみ上げてきていた。
「しっかりしてくれよ。こくおうさま!」
ルナリアがそう茶化してくる。
「そっちこそ、頼みましたよ?おきさきさま!」
挨拶こそないが、500人以上の人の前に立つことになるルナリアを、そう茶化し返す。
二人は、二人してこみ上げてくるものを必死で堪えた――。
「さぁ、準備はよろしくて!?ああもうルナリアさん!そのドレス!着付けが間違ってますわ!」
ダリアが様子を見に来てくれた。ダリアとその父ルークには、この建国宣言とパーティー、そしてその後の晩餐会の裏方準備をお願いしていた。衣装から料理の手配、手土産に至るまで、完璧にこなしてくれた仕事ぶりは、流石としか言いようがない。
「ノアさんも!そろそろ準備しないと、間に合いませんわよ!」
そう急かされ、いそいそとノアは準備を始めた――。
***
「どう、だろうか…………」
改めて着替えを済ませ、着飾ったルナリアが出てくる。
「っ……………!」
ノアは直視できない。美しすぎるのだ。決して派手ではない白いドレスなのに、アクセサリーも控えめでさりげないものなのに、どうしてこうも神々しいのだろうか――。
「……どうした?やはり…………似合わないだろうか……」
ルナリアは不安になる。彼女もまた、こんな服装は初めてなのだ。
「いや決して……すごく、すごく似合ってる……似合いすぎて目が潰れそう……」
「ふふっ……そんなバカな事があるか……でも安心した。ありがとうノア。私を選んでくれて……」
「ルナリアさん…………一生大切にします………」
ノアとルナリアは小さく口付けを交わす。
それを部屋の隅で見ていたダリアとフレデリカは、思わず涙してしまった。
***
準備が整い、ちらりと執務舎の窓をのぞく。
512名――数字で聞いてはいても、この大人数を目の前にすると、圧倒される。
整列は各村ごとになっている。小柄な獣人族は前の方に、大柄なオーク族は奥に。来賓はその列を横から見る形で着席していただいている。
ルタやハイリッヒは興味深そうに獣人族やオーク族を観察していた。一方アゥクはつまらなそうに一点を見つめて微動だにしない。
「さぁ、そろそろ出るわよ。ノアさん、ルナリア。心の準備はいいかしら?」
後見人であるフレデリカが、そう二人に確認する。二人はコクリと頷いた。
「それでは、ドアを開けます!」
ダリアが、執務室最上階のベランダを開け放つ――。
おおおおおお!!!!!!――。
ノアが現れると、大歓声と拍手が巻き起こる。
ノアは事前準備通り、その歓声をまずは受け入れ、その後、手で制する。
そして、建国宣言が開始される――
「まずはご来賓の皆さま。今日の為に遠路からご足労頂きありがとうございます。特に東側諸国の皆さま、今回開通させたエルデ山脈の切れ間、クサナギはいかがでしたでしょうか?これはクサナギ村が代々勇者伝承を守りぬいてくださったからこそ、そして開通に尽力してくれたオーク族の皆さんがご尽力くださったからこそ生まれました。大変便利な行路であると同時に、大変神聖な場所でもあり、そして人間と魔族が協力して出来た大変意義のあるものです。まさにエルノア国を象徴する場所です。
そしてもう一つの象徴、これからエルノア国の民となる皆さん。この度は集まってくれてありがとう。諸事情により来れなかった方にも、心は一つであることをお伝えしてもらえればと思います。
さて昨今、この大陸に長い間保たれてきた平和に、一石投じられてしまいました。その波紋は、ヒルダンテ公国を、都市国家ハイデンを飲み込みました。そして今まさに、ファシルファ王国にもその波紋は届いています。
私は暴力が嫌いです。戦争が嫌いです。私達には知恵が、言葉があるのに、なぜ暴力という原始的な行為で奪い合うのでしょう?それは、分かり合えなかったからです。ではなぜ分かり合えないのでしょうか?宗教の違い、文化の違い、種族の違い、考え方が人それぞれだから……確かにそうかもしれません。しかし私達には知恵が、思いやりが、言葉が、優しさがあります。人の痛みを知ることだって出来ます。それでいてなぜ、互いを尊重し合い、時には妥協し、お互いの丁度いい距離感を探り、双方が幸福を享受することが出来ないのでしょうか?その答えは、残念ながら私は持ち合わせておりません。しかし、それを求め続け、協力し合うことができれば、いつか答えにたどり着くのだと考えています。そのために、私はここにエルノア国を建国します。争いの無い世界。自由と平和の下で幸福にあふれた国を。
私はここに宣言します。エルノア国は、皆が平等の下自由に意見を出し合い、皆で作り上げていく国であることを。宗教、種族、文化……全てがエルノア国の下平等であることを!」
ノアは大きく拳を掲げた。すると民衆は天を割らんばかりの大歓声でそれに応える。来賓の方々も立ち上がり、拍手をくれる。晴天の青空に白と赤の花びらが舞い、ノアは掲げた拳を下げる。
しばらく声援がおさまるのを待ち、再びノアが話し始める。
「そして、もう一つ。これは私事ではあるのですが、この度、この場を借りて私の結婚を発表させていただきます」
ルナリアが、すっとノアの横に立つ。白いドレスを小さくなびかせる風を、エルフの尖った耳で感じながら――
「我が妻、ルナリアです!」
ノアの紹介で、皆が固まってしまう。無理もない。あの魔女ルナリアが、エルフだったのだから。
しかしその静寂は一瞬の事であった。前列の獣人族と後列のオーク族の歓喜に促されるように、全体が再び歓喜の声であふれていった。
ルナリアはその歓声を聴き、涙があふれた。その涙を隠すように、彼女は深々と頭を下げる。
「ルナリアさんに逢ったことが無い方がほとんどでしょうが、会ったことがある方もきっと驚いていると思います。でもまぁいいじゃないですか!僕は彼女に命を助けられ、これまでもずっと助けられてきました!そしていつしか彼女を、ルナリアさんを幸せにしたいと考えるようになった!ルナリアさんも、同じように想ってくれていると知った!だから結婚することにしました!」
ノアは、いつの間にか台本の無い、ただ思っていたことをそのまま皆の前で話していた。それは恥ずかしいほどに素直で、清々しいほど誠実だった。その真実の言葉に、目じりを拭うもの、鼻をすするもの、目の前の愛するものを抱きしめるもの、様々な反応を見せたが、共通して感化されているのがわかる。
「すみません……感情が先走ってしまいましたね!。それで、その、この幸せのおすそ分けという訳ではないですが、この後パーティーを予定しています!ぜひご参加いただき、喜びを分かち合えればなと思います!」
再び歓声が上がる。
ちらりと最前列を見ると、そこには顔を真っ赤にしてはしゃぎ、一生懸命ノアに投げキッスをするミィの姿があった。きっとこの場で最も感化されているのは彼女だろう。
「そして、ご来賓の方々には、そのパーティーの途中、場所を移動して晩餐会もご用意させていただいております。ぜひご参加ください」
ノアは一呼吸置く。そして最後の締めの一声。
「エルノア国!ここに建国を宣言します!!!」
こうして大歓声の中、建国宣言は終了した。
***
続いて、パーティーが開催される。
既に先の会場の隣では、エルノア国内の料理人たち、ダリアたちがかき集めた都市国家の料理人たちが腕を振るい、料理が並んでいる。
来賓以外は立食となっているが、大体は村ごとに集まっている。
「ノアさん、ルナリアさん、この度はご結婚おめでとう!」
ナイトハルトとクリス、マリエッタなど、マギナ村の面々がノアとルナリアの席の前に挨拶に来る。
「ありがとうございます!料理は口にあいましたか?」
「ああ!異国の料理も多く全く飽きないな!特にこのカトレの煮込み料理は何ともスパイシーで病みつきだ!」
皆が口々にお祝いの言葉と、料理の感想を言ってくれた。
「にゃー!ノアーリン!それと魔女エルフ!おめでとうにゃ!」
獣人族一行もお祝いにやってくる。
「ありがとう、ミィ、それに皆さん!」
「どうです?結婚の宴は。なかなか嬉しいものでしょう?」
一足早く結婚しているビズ夫妻が、あまりこういう事を好まない性格のノアを見越して、そんなことを言ってくる。
「そうですね……見知った人が全員いるなんて、なんだか人生の走馬灯を見ている気分ですよ」
あはは――と照れ臭そうにノアは笑った。
「魔女エルフ!今はしばらくノアーリンを独り占めにゃが、いつか必ず半分こにゃ!」
ミィは多分ノアと重婚する気でいるのだろう。ルナリアにそう啖呵を切る。
「ほほう?私以上の女になったら、ノアの半分、考えてやらんでもないぞ」
ルナリアは機嫌が良さそうに、ミィにかまっている。しかしノアの半分とは一体――
「その言葉!忘れるにゃよ!必ずまとめてごろごろにゃーだにゃ!」
そう言い残しミィは帰りしな、キッチンから料理を取って戻っていった。
「ははは!皆元気がいい!いい国になることだろうな!ノアさん!」
オーク族からは、ネス夫妻がノアの下に挨拶に来た。
「ネスさん!ロスさん!」
「すまないな、この人数だと他の者は身動きがとれなんだ。私らが代表してお祝いを!」
オーク達は一番奥の方で食事をしているようだった。
「ああ……こちらこそ配慮に欠けました……でも料理は食べきれないほど用意してますので、ガンガン食べてってください!」
「ありがとう!そうさせてもらうよ!ああ、それとロスがルナリアさんに話したいことがあるそうなんだ」
ロス――そういえば、いつも大人しくネスの後ろについているが、ノアは声を聴いたことが無かった。
「ルナリアさん…………ああ本当に美しいわ…………困ったことがあったら、いつでも訪ねてね?」
大きな体からは考えられないほど、凛とした美しい声。思わず聞き入ってしまう。
「ありがとう、ロス。夫婦げんかした時は、ぜひ相談に乗ってくれ」
ロスは、うふふふ――と、これまた美しい笑い声で返した。
「おう、ノアさん……あんたにこんなべっぴんさんがいたなんて、聞いてなかったぞ!」
ニース村の村長ガイエスがわざわざ来賓席からやってくる。
「ガイエスさん!そんないちいち、俺の彼女、美人なんすよ!みたいなこと言わないですよ」
そりゃそうだ!とガイエスは大笑いする。
「にしてもおめでとうさん!改めてこうしてみると、エルノア国は良い国だな!」
「気が変わったら、いつでも編入してきてくださいね」
「ああ。もしかしたらその日も近いかもな!」
ガイエスはそう笑いながら席に戻っていった。
「ノアの兄貴!やっと話せる!おめでとうございます!」
ベゼルとドレイク、それにコルダ村の皆が集まってくる。
「ありがとうベゼル。ベゼルはまだ結婚しないの?」
「いや……実は気になる娘はいます…………って俺のことは良いんですよ!」
そのやり取りを皆で笑い合う。
「久々にベゼルに逢ったが、元気そうで本当に良かった!ありがとよノアさん!」
コルダ村の製鉄所の皆はベゼルに逢えたことも嬉しいようだ。
そうこうしているうちに、晩餐会の準備が整う。
ノアと来賓の方々は、再び執務舎の方へ向かった――。
***
執務舎では、また違った料理がテーブルに並んでいる。
ここでは、ルーデン公国の料理人と、急遽ルタ・スクリット共和国からルタ国王と共に来ていた料理人も参加し、共同で料理を振舞ってくれた。
「それでは、遠慮なくご歓談ください!」
とはいうものの、国王や都市国家の領主ばかりの席。そうわいわいとはいかず、もっぱら話題はフェルニス王国とシルドニア皇国の動向だった。
「実際、ファシルファ王国の戦況はどうなのでしょう?」
メルトの村長がそうハイリッヒに訊く。
「そうですね……前回よりは苦戦しています。なにせシルドニア皇国の強力な魔導士団が来ていますから……。しかし兵力ではこちらに分があるので、よほどのことが無い限りは大丈夫かと」
「それでも心中は穏やかではないだろう。我らも援軍を出せればいいのだがな……」
ルタも心配そうにハイリッヒを見る。
「そもそもなんですが、ファシルファ王国はフェルニスやシルドニアに対して、侵攻理由って思い当たりますか?」
申し訳ないと思いつつ、ノアは当事者のハイリッヒに戦争理由を訊く。
「それがこれといってないんですよね……向こうは宗教上の理由と言っているようですが、私らは特定の宗教を推進していませんので、思い当たる節がなく…………。ま、まぁ!こういう湿っぽい話はまた今度にして、今日はエルノア国のおめでたい日です!楽しい話をしましょう!」
ハイリッヒは気を使ったのか、話を変えてくれた。
しかし、それでも話は主にフェルニス王国とシルドニア皇国批判のまま、晩餐会は終了したのだった。




