4章9話 かつての勇者は、まさかの人物だった
翌日は酷い二日酔いにノアは苦しんだ。
酷い頭痛と吐き気――それでも、新築の宿舎に嘔吐せずにいられたのは、奇跡に近かった。
他の者たちも軽い二日酔いの様子だったが、オーク族ネスとロスは非常に元気だった。
「それじゃあ、俺らは帰るとするわ!また一緒に仕事できるといいな!」
マイルス組は、昼前には荷物をまとめ、コルダ村へ帰っていった。
「我々も、一度ミネスの村に戻り、作業員と共に数日後くるとしよう」
「あ、待ってネスさん………おえっ……気持ち悪い…………」
ネスを引き留めようとノアは起き上がったものの、あまりの気持ち悪さに口元を押さえる。
「ノアさん……無理はいけない。今日は休んでいきなさい」
「そうもいきません………ネスさんに村の合併書状を………うっ」
「それは今度こちらに来た時でかまわないだろう?だからほら……」
ネスはノアに横になるよう促す。オークはともかく、よくあれだけの酒を飲んでマイルスたちは動けたものだ。
「すみません……それじゃ今度……」
「ああ、お大事にな」
そう言って、ネス達も帰っていった。
広い部屋の高い天井を眺めながら、ノアは情けなく感じた。
***
結局その翌日も動けず、ノアはくたばったまま天井とにらめっこしていた。
魔女の家に帰ってこられたのは、皆が宿から帰っていった2日後の夕方だった。
「何も連絡せず朝帰りとはな」
帰るとすかさず、ルナリアに小言を言われた。
本当に、返す言葉もございません――
その数日後、オークたち一行が魔女の村に寄ってくれた。
「おお!すごい圧を感じますね!」
オークたちは総勢12名。人数よりも、その3mを越える巨体に囲まれたノアは気圧された。
「ははは!この人数のオークに囲まれるのは初めてか!無理も無いな!」
森で囲まれたら、まず死を覚悟するだろう。
「あ、ネスさん、これが各村に送っていた書状です!よく目を通して、答えをください」
ノアはネスにエルノア国への編入について書かれた書状を渡す。
「ありがとう。私としては、今ここで返答してもいいんだがな」
「いえいえ、エルノア国の思想や方針も書いていますので、同意できるかしっかりとご検討を」
「真面目だなノアさんは。しかし、その誠意、しっかりと受け取ったよ」
ネスは書状を妻のロスに手渡し、ノアを含めた一行はエルデ山脈の切れ目へと向かった。
***
「ここの整備の説明は以前話した通りです。行路として馬車三つ分の幅を最低限確保しながら、障害物を取り除いていってください。万が一の事故に備えて、魔女ポーションを10個、宿舎に置いておきますので、数本は必ず現場に持ち込んでください。使った分は必ず補充します。それとネスさん、ビズマの村から工具は回収できましたか?」
「ああ。問題ない。これがドレイクが作った工具だ」
ネスは大層大きな箱に収められたそれをノアに示す。中を開けてみると、様々な大きさのくさびが納められていた。
「ドレイクが言うに、この三つは試作品らしい。なんでも、どうしようもない大物用だとか。刃がミスリル製だが、相当薄く仕上げているから、使い捨てくらいに考えてくれとのことだ。他は鉄製20本。ある程度打ち込んだら、ここを外して打撃を加えると、中でくさびが少し開く仕組みだと言っていた。ミスリル製のも同様だ」
「ほう……これは凄いですね……そして……重いっっ!」
「あっはっは!無理はするな!オークが扱うのを想定しているんだろう。人間では持てないだろうな」
ドレイクは凄いものを作ってくれた。ノアの想像以上の仕上がりだった。そしてミスリル。こんな高価な鉱石まで使用してくれたなんて、どう礼をして良いかわからないくらいだ。
「ああ、そうそう。ドレイクからの伝言だ。お代は高くつくが、ベゼルが腕で返してくれるから心配するな、だとさ」
きっとドレイクなりの、子孫へ会えたことへの礼なのだろう。ノアはそう受け取ることにした。
「よし!それじゃあ皆の衆!作業を始めるぞ!」
ネスの号令で、エルデ山脈の切れ目開拓が始まった――
***
オーク達の作業は、豪快なパワー押しかとノアは考えていた。しかしその彼らの作業は、安全を最優先し、細かな作業を丁寧に、そのうえで豪快なパワーを発揮していた。
ドレイクの作ったくさびも凄い代物だった。まるでバターに包丁を入れているかのように岩に食い込んでいく。そして留め具を外して最後の一撃を加えると、どの岩も木っ端みじんに砕けていった。まるで魔法のような工具。
それとネスの統率力は目を見張るものがある。マイルスもそうだったが、彼と違うのは、ネスは決して作業に回らない。いわば監督役なのだ。滞りなく作業が進むよう、俯瞰して仕事を見守る。困りごとがあれば、すぐに訊ける。理想的な監督だ。
「見事な采配ぶりですね……ネスさん」
「ん?そんなことはないさ。皆がきちんと自分の仕事をしているから、順調に進んでいる」
「仕事中に訊くことじゃないのかもしれませんが……訊いてもいいですか?」
「ああかまわないよ」
「ネスさんは本当に素晴らしい統率力を持っていると感じました。僕は今後国を率いるうえで、そこが自分自身の課題に感じてます……どうしたら、ネスさんのような統率力を得られるでしょうか?」
ノアは率直に、自身の悩みを打ち明けた。
「なるほど……その、質問を質問で返すようで申し訳ないが、統率力、とはなんだろうか?」
「周りの人達を一つの方向性にまとめること、でしょうか?」
「そうだな。ではどうしたら考え方の違う個人を集めて、一つの方向性にまとめられるだろうか?」
ノアは、前世の記憶の断片をかき集める。自分は以前どうやってそれをやろうとしていたか。その結果どうだったかを――
「信頼、でしょうか?」
「いい答えだ。信頼は大切だ。では信頼とはなんだろうか?」
「お互いを知り、認め合うこと……でしょうか」
「なるほど。ではそれは、ノアさん一人の努力でどうにかなるものかい?」
これは深い問いだった。信頼を得られるようには努力できるが、それで信頼してもらえるとは限らない。それは相手の領分だ。
「…………難しいですね。相手次第です」
「そうだろう。だから、統率力は一人で得るものではないと思う。そうだな……育てる、というか、与えられる、というか……」
ネスは丁度いい言葉が見つからないようだった。それでも、ノアには言いたいことが伝わる。つまり、統率は他者があって初めて成り立つ概念で、その他者が異なれば、統率に必要な信頼の形も変わるのだ。
「ありがとうございます……なんかわかった気がします」
「伝わったのなら良かった!でも、きっとノアさんはその信頼を皆から得ているのだと思うがね」
「そうだと嬉しいです。僕もそれに応えていかないといけませんね」
***
オークの力とは凄まじいものだと、改めてノアは実感した。
なんとたった1ヶ月で、行路の大半が開通したのだ。
しかしここで、大きな問題に直面する。
このエルデ山脈の切れ目の反対側に、村があるようなのだ。それも切れ目の中に。
「なるほど……その大きな岩を崩したら、その先に人が住んでいた、と」
「ああ。俺らを見て逃げ出してしまったが……あれは完全に村だ」
ノアはその村へ向かうことにした。
行路は綺麗に整備され、馬も走りやすかった。ネス達の仕事の丁寧さに感服する。
半日程走らせると、確かに村があった。切れ目の崖をくりぬいて居住しているようだが、ざっと見てもさほど大きい村ではないのだろう。20人もいないのではないか?
「ごめんください……どなたかいらっしゃいますか?」
前日にオークが岩を崩して現れたのだ。もうすでにどこかへ避難してしまったのかもしれない。
そうノアが不安がっていると、一人の老人が出てきた。
「どちらさまかのう?」
変わった意匠の服装――先住民のようないでたちだった。
「僕はノアといいます。この道を西側から整備してここまで来ました」
老人は訝しげな表情で尋ねる。
「この大岩の中をか?昨日オークも出たというのに……」
「そのオークへ指示を出しているのが僕です」
「なんと!そんなことが…………。それで、ワシらになんの用じゃ」
ここの立ち退きか、拒否すれば排除か――老人は警戒しているようだった。
「まず、僕らはあなた方に危害を加えるつもりはありません。こちらがご迷惑をおかけしたようですので、そのお詫びを」
老人は少し安堵したようだった。
「それで、少し腰を据えてお話したいのですが、村を案内してもらうことはできますか?」
老人は小さくうなずき、家へと招いてくれた。
洞穴の家――ノアは初めて目にした。分厚い布で入り口をカーテンのように塞ぎ、天井には通気口があって入り口上に抜ける仕組みのようだ。そしてその通気口の真下には、囲炉裏があった。
「囲炉裏……ですか。魔道具は使わないんですね」
「イロリ?それがなにかは分らんが、魔道具なんかはこの村では使わんよ」
ノアは少し驚いた。この世界でも、魔法に頼らない生活があることに。
「いろいろ、この村の事についてお訊きしても?」
「ああ、いいじゃろう……」
その老人――ミズハは村の成り立ちから語ってくれた。
この村はどうやら、この切れ目自体を信仰している民族のようだった。かつてこの世界の創世記に異世界から現れて世界を救ったと言われる勇者スサノオノミコトが、魔王を討伐する際に出来たとされる不可侵の谷。そしてその先にあるこの切れ目――クサナギを、この村は代々奉っているそうだ。
「え、待ってください……勇者スサノオノミコト?クサナギ?」
ルナリアから聞いているのは、転生者が初めて現れたのは創世期。しかしその名前までは分らないと。それがまさか、ノアのいた日本の神話に出てくる暴風雨の神だとは、驚きを隠せない。
「ミズハさん……驚かないで聞いて欲しいのですが……僕はその勇者スサノオノミコトが生まれた国からやってきた異世界人です。身なりは……この世界の人っぽいですが。スサノオノミコトは、僕のいた日本という国の神話で出てくる英雄でして。ここの切れ目の名前、クサナギも、スサノオノミコトが持っていたとされる草薙の剣から来ていませんか?」
ミズハは、開いているか分からないほど細かった目をカッと見開き、ノアを見やる。
「おぬし……!そうか……そこまで知っとるなら、そうなのだろう」
「信じて貰えて助かります。しかし、このことは、村の外には一切漏らさないでくださいね」
「ああ、わかっとるよ……。しかしそうか。スサノオ様と同郷とな……これは何かの縁なのだろう……いろいろ聞かせては貰えぬか、その神話とやらを」
ノアは知る限りの日本神話をミズハに聞かせた。元日本人ながら、そこまで日本神話に詳しくない事が悔やまれる。
「はぁ……なんとまぁ……まさかこのような形で、新たなスサノオ様の逸話が聴けるとは……」
ミズハは、あわや若返るのではと思うくらい、童話を聞く子供のように前のめりになって話を聴き、そして感動してくれた。
「ノア様にはどう感謝してよいものか…………」
「ミズハさん……その感謝につけこむようで言いにくいのですが、お願いがありまして」
ノアは、ここを行路として開放したいこと。その際の通行料は取って良い旨を伝えた。
「ノア様のご進言じゃ。謹んでお受けしよう。しかし、通行料は……そのような形でスサノオ様を汚しとうなく……」
「そうですか……では、お布施、と言う事で、スサノオ様にこのクサナギを通る際の安全を祈してもらう、というのはどうでしょう?」
「そうじゃな……それなら、スサノオ様も受け入れてくれるじゃろうて」
「ありがとうございます!もしなにか問題がありましたら、エルノア国のノアをおたずね下さい」
「ありがとうございます……またいらしたときには、村の皆にも、神話をお聞かせくださいまし」
***
後日、このクサナギの東西の入り口それぞれに、大きな鳥居を設置した。その東端にあった村―スサノオ村と命名――側には、お賽銭箱を設置し、村の運営やスサノオ信仰の足しにしてもらうことにした。
そしてそのスサノオ村と、ネス率いるオーク族の村――ミネスの村が、正式にエルノア国として編入することとなったのだった。




