1章3話 男は、行商人のことを知りたかった
魔女ルナリアの「魔女の家」に居候をすることになって、はやいもので数日が経った。
生活用品や食料などは、どうやら度々来る行商人とポーションで物々交換しているらしく、昨日初めて会った。
ルーク――という、明るく気のいいおじさんで、主に各地の特産品をメインに扱っており、魔女の家との取引で得るポーションもラインナップの一部のようだ。
彼は、出不精のルナリアにわざわざ生活物資を近隣から買い集め、物々交換に応じている。
「ルナリアちゃん!居るかい?………おや、見ない顔だね?」
「え、あ、初めまして、ノアと申します。ルナリアはいま手が離せないようで……どういったご用件で?」
「頼まれてた生活用品一式、あとはいつものやつの配達と、ポーションの買取だ。ノア……さんと言ったか、あれかい?ルナリアちゃんの恋人かい?」
「…………わかります?」
「………あぁわかるともさ」
わからんでいい――と、部屋の奥からルナリアがポーションの箱を持って現れた。
「いつものポーション、10本」
「まいど!次は一週間後くらいになるが、なにか必要なものはあるかい?」
「そうだな……ノア……彼の服を何着か見繕ってもらえないか?安いのでかまわん」
「あいよ。いつも多めにポーション貰っちゃっているから、お代はサービスしとくよ」
すまない――と、ルナリアは会話もそこそこに部屋の奥へと戻っていった。
「ルークさん、うちのルナリアさんは、いつもあんな感じなんですか?」
ノアは、ルークに紅茶を出しつつ、ルナリアについて訊いた。
「そうだなぁ、大体あんな感じだね。まぁ不器用な娘だけど、礼儀もなっているし、いい娘だよ、ルナリアちゃんは」
それに――とルークは続ける
「私は10年前までは、もう少し遠くの商売をしていてね、護衛をつけて魔族の森を抜けることもあったんだけど、運悪く魔物に襲われてね……」
紅茶をすすり、懐かしそうにルークは語る。
「その時さ、護衛も苦戦する中、突如現れた謎の美女!彼女は魔物に対して高位魔法で一掃!こう、バババンってな具合でさ!あの時は神様かと思ったね!…………で、それから私は魔族の森を抜けるような商売は辞めて、小さな町や村をグルグルと回るような小さい商売に切り替えたって訳さ」
「そうなんですね……大変でしたね、それは」
「まぁこういう小さい商売も楽しいものさ。派手さは無いけど、人からの感謝を生業にしていることが強く実感できる。こういうのは、お金じゃないんだよね…………ああ、ルナリアちゃんの話だったね。あの時助けてもらったのをきっかけに、そのお礼ってわけでもないんだけど、こうして道すがらここに寄るようにして、商売するようになったってわけ」
あの娘はとても強くて心根の優しい娘なんだよ――と、孫を見るような表情で、ルークは紅茶をすすった。
「優しいのはわかっているつもりです……僕も数日前に行き倒れていたところを助けてもらって……それでいま居候を」
「おお!そうだったのかい!いやね、強いとはいえ、あのくらいの女性が一人で山暮らしだろ?ちょっと心配してたんだ……なんか安心したよ」
「ははは……それ、ルナリアさんには絶対言わないでくださいね。殺されそうです」
「あっはっは!!たしかにたしかに!」
膝を叩きながら、豪快に笑い飛ばすルークだった。
***
「そういえば、知っているかい?フェルニス王国の話」
ルークは少し神妙な面持ちで、小さくそうノアに言った。
フェルニス王国――たしか、ここから南にある大国だ。
「いえ、どうかしたんですか?」
「いやね、噂程度の話なんだが、どうやら東にむけて、大規模な出兵があるそうなんだよ。フェルニスの東っていったら、ヒルダンテ公国だろ?あそことはあまりうまくいってないからねぇ……もしかしたら戦争とかになるのかも」
戦争――この世界にもあるのだと、人間の愚かさを改めて痛感する。
「そう……ですか。大事にならないといいですね……」
「そうだね……しかし商売人というのは、もう少し違う考え方をする。戦争があるということは、特にポーションなどの需要が高くなる。つまり、今のうちポーションの生産量を増やしておけば、大きく稼ぐことが出来る。作っといて損は無いと思うよ」
確かに、戦争が起これば、もちろん負傷者も増える。それを治すポーションの需要が高くなる。そうするとポーションは品薄となり、市中価格は高騰する。ここで売れば、確かに儲かるだろう。しかし――
「戦争を商売にするのは、気が引けますね……」
「それはそうなんだがね、ノアさん。大切なのはまず自分の生活だ。そして自分が肥えれば、誰かを助ける余裕だってできる。そうだろ?」
ルークが言うことは最もだ。しかしどこか腑に落ちないモヤモヤがノアの中に残っていた。
***
そんな昨日のことを、未だぼんやり考えている。
自分は、どこが腑に落ちないのか――人の不幸で金を稼ぐことなのか?それは医者だってそうだろう。でも医者は感謝される。それはポーションも同じではないのか?しかし、戦争に乗じてポーションが高値で売られていくことと、それをわかっていてあえて品薄になるまで待つのとでは、意味が違うのではないか?それでも、品薄時期にポーションを卸せば、それで助かる人がいるのでは?そもそもその戦地にポーションを送り込めば、それで助かった命は、また誰かを殺傷する。その繰り返しなのでは――きっと、品薄を見越して在庫を用意しておくことは、悪い事ではない。しかしそれは理屈の話で、感情では正しい事とは思えていない。
そうか、単純に戦争で金を稼ぐというのが嫌なんだな――
ノアは、その結論で腹落ちした。
そして――
「ルナリアさん、提案があります」
優雅に読書中のルナリアに、声をかける。
「どうした、改まって。出ていくのか?」
――ああ、この問いかけもなんだか懐かしく感じる。
「いえ、家は絶対に出ていきません。それで提案なのですが、ポーションの増産って可能ですか?」
「ああ、材料さえあれば、増産自体は可能だが……なぜ増産を?」
「もしかしたら、戦争がありそうだと、ルークさんから聞いて。きっと需要が増えます」
「需要か……戦争になればそうだろうさ。で、その増産したポーションをどうする?」
「戦争がもし激化すればきっと、フェルニス王国内はポーション不足になり高騰します。すると国外のポーションもつられて高騰するでしょう。こうなると、一般市民層以下は本当に手が出なくなってしまう。なので、フェルニス王国に属していない、ここから近い村や町へポーションを定価で手売りしていこうと考えています」
「なぜ近隣の村や町へ?」
「フェルニス王国内への流通は商人ギルドを通さないとなりません。そうなると多分、ポーションは国に買い取られ、市中には出回らない。あくまで今回は『救済』を軸に考えているので、この戦争によるポーション不足で困る人を救えるようにしなくてはなりません。村や町で手売り……つまり闇売りをすれば、確実に一般人へ届くのでは、と」
「なるほどな……しかしポーションは高騰するのだろう?うちのポーションを定価で買った人が、誰かに高値で売らないとも限らないぞ」
「まぁ、たしかにそうなのですが、そこは諦めます。個人へ大量に売れるほどポーションがある訳ではないでしょうし、手にしたいくつかのポーションを転売したところで、たかが知れています」
それに――
「僕らの近隣がそのポーションで多少裕福になるのは、なんかそれはそれでいいじゃないですか!」
ノアは満面の笑みで、そう言い切った。
それを見て、ルナリアは腹を抱えてしばらく笑っていた。
「ははは……いやすまない……君も欲が無いな……それが君らしいのかもな」
目じりの涙を指ですくい、ルナリアは続けた。
「私は、戦争で金を稼ぐのは反対だ。そもそも今の収入でも特に不自由はないからな。しかしまぁ、ノアがそこまで言うのなら、協力はやぶさかではない。増産は了解した。出来る限り在庫しておこう」
「ありがとうございます!」
「これが初仕事になりそうだな、ノア」
「そうですね……実際にはルークさんに動いてもらおうと考えていますが……」
「………………まぁ、好きにしたらいい」
困っている人は助けたい。多分ルナリアさんを陰で支えてくれているだろう近隣の皆さんには幸せであってほしい――それでもノアは、あまり派手に動かず、今のゆったりと静かな生活を続けたかった。




