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4章6話 大男は、編入を断りに来た

 エルノア国の建国にあたり、事前準備にバタバタしているノアだったが、その前に解決しなければならない問題があった。


 ハイデンからの難民受け入れだ。


 これが完了し、ある程度落ち着いてからではないと、問題が累積し大渋滞を起こすだろう。


 まずは、ナイトハルトから聞いていた、木材不足の件だ。


 ノアは、建国の相談ついでに、ビズたちに木材の件について訊くことにした。


「すみません、皆さん。そのエルノア国として最初のお願いになるのですが、現在人間領の3つの村で難民受け入れをしているのですが、その方たちの家に使う木材が不足していまして……」


「なるほど……親父、ヤドさん、木材って余ってたりしますか?」

 ビズがバズとヤドに伺う。


「無くはないが……魔族の森の木材だぞ?大丈夫か?」


「と、言いますと?」

 ノアはバズの言葉に疑問符を浮かべる。


「魔族の森の木には、若干だが魔素が含まれている、と聞いたことがある。ここらの木を人間の家に使うのは、まずいかもしれん」


「そうですか……」


「それなら、森の境界の木なら問題ないのではないか?あの辺は魔素が薄くなって久しいだろう?人間領も近くて運搬が楽だ」

 ヤドが代案を出してくれる。


「そりゃいい案だ!それぞれ出せそうな男手を集めて、切りに行くとしよう!」


「え?良いんですか?助かります!」


「なに、国王様の頼み事だからな!その代わりと言っちゃなんだが、ぜひとも平和な国をお願いしますぜ!」

 バズはドン、とノアの背中を叩いた。



 ***



 さて、木材の件は獣人族のお陰で何とかなりそうだった。


 数日後、その旨をナイトハルトに報告するため、マギナ村へ向かった。

 ナイトハルトは、さすがはノアさんだ!――と背をバシバシと叩いた。そのすぐ後にクリスから、それは国王への振る舞いではないと小言を言われ、慌てて謝罪したのであった。


「いやいや、ナイトハルトさん、今まで通りの接し方で良いですよ!気兼ねなくふるまっ……」


「失礼する。ノアさん、でよろしいか?」


 その声にノアは振り返った。そこには筋肉質で顔中髭まみれ、一瞬クマかと思えるいでたちの大男が立っていた。


「はい、そうですが……」


「お久しぶりです。ニース村の村長、ガイエス殿」

 クリスが姿を見るや否や、すかさず挨拶をする。


「久しぶりだな。クリス。相変わらず小っこいな……ちゃんと食ってるか?」


「はい。三食きちんと」


「そうか!それならいい。ところで、ノアさん、話がしたいのだが」


 ノアは、マギナ教会へ案内した。




「改めまして、私がノアです。はじめまして」


「俺はガイエス。ニース村の村長だ」


 二人は握手しながらあいさつを交わす。


「まずは、礼を言う。ハイデンからの難民の件、助かった。おかげで円滑に移住者を受け入れることが出来た」


「いえ、こちらこそ、この騒動に巻き込んでしまいすみません」


「なに、誰かが采配を取らねば、どの村も混乱していただろう。それで、次が本題なのだが」


 ガイエスは、数枚の紙をノアに手渡す。

 それは、以前3村へ送ったエルノア国建国に当たっての編入同意書だった。


「俺らニース村は、エルノア国には編入しないことに決まった。それを直接伝えたくてな」


「そうですか…………何か懸念点や問題点が?」


「まずは最初に断っておくんだが、あんたやエルノア国に対して含むところがある訳ではない。あんたには村一同感謝している。しかしまぁ、あんたの素性が知れない、というのは少しあったかもしれない。こうして俺も、あんたと会うまでどんな人物か分からなかったしな」


「それについては、大変失礼を……」


「それよりも、ニース村がどこかの国に属する、ということに賛同が得られなかった。俺もその一人だ。ほぼ満票で反対という結果だ。俺らは俺らで、平和にやっている。特に不満はない。どこかに属して、何かに巻きもまれるのは嫌なんだ」


「それはわかります。しかし、ハイデンのように、他国から急に侵攻を受けることだってあるでしょう。僕はその災いから守る手段として、編入を提案しているのですが」


「現に、いままでそういった戦争はここ百年は起きていない。増してや宗教のせいでの争いなら、ニース村が攻められるとは考えられない。俺らは取るに足りない小さな村だ。ハイデンとは違う。それよりも、エルノア国へ編入して、国同士の戦争に巻き込まれる方が可能性が高いんじゃないか?実際、ヒルダンテ公国がそうだろう」


「それは…………」


 ノアには否定出来なかった。フェルニス王国の侵攻理由が明確ではない以上、ニース村が危険とも、安全とも言えない。そしてそれは、エルノア国へ編入したとて、安全とも言い切れなかった。


 もし仮に、ガイエスを、ひいてはニース村をなんとか説得しエルノア国に編入したとしても、ニース村を危険にさらされる何かしらの状況に陥った時、ニース村の住人はきっと思うだろう。


 エルノア国へ編入するべきでは無かった――と。


 これは、特に感情で最初に決めた事を、後から理屈で説得された時に起こり得る心理だ。そしてさらに、ガイエス含めニース村の住人は保守的な人が多いのだろう。そうなれば、変化を疎むことは十分あり得る。


 いままで大丈夫だったのだから、これからも大丈夫だろう、という思考停止状態。


 これは決して悪い考え方ではない。むしろ変化を疎むのは、生物として安全を手に入れるための防衛反応だ。しかし、今は状況が異なり始めている。変化し始めた状況に合わせて適応した生物は生き残り、適応せず安定という名の幻想に囚われた者は消えていく。


 もちろん、この今の変化が大きい波なのか、ただのさざ波なのかは誰にもわからない。だからガイエスの判断が正しいともいえる。しかし、ノアはそれでも備えるべきだと考えている。大きな波を想定しつつ、さざ波であることを祈る――ノアは今までそうやって生きてきた。が、それこそ他人に押し付けることではないのだろう。


「わかりました…………残念ですが、了解しました。ですが、何か状況が変わり、編入が必要になったらおっしゃってください!…………それで交易などは、これまでどおりの連携をお願いしたいのですが」


「ああ、もちろんだ!すまないな。あんたも俺らを気遣って言ってくれた話だったんだろうが……」


「いえ、こればかりは色々な考え方がありますから」


 そうして、ガイエスはニース村へと帰っていった。




 ***



 ノアは魔女の家へと戻り、妻となったルナリアとノアの作った食事を囲み、そして自室へと戻った。


 ガイエス――まさしく村の長、といった威厳がある男だった。こういった平和な世界では、ああいうどっしりと腰が据わった者の方が、長としての求心力を集めるのだろう。


 そんなことを考えていると、ノアの頭にふと、一つの言葉が浮かんだ。


 VUCA――不安定で先行きが見えない状態を指す言葉だ。ノアの生きていた世界で、ノアの生きていた時代を表現する言葉としてよく聞いたものだ。


 そんな時代だったからこそ変化への対応力が求められた。歴史を知りその再現性を学ぶことで過去から未来を予知しようとしたり、心理学や芸術、宗教などを学ぶことで世界を構成する『人間』という生き物を知ろうとした。変化の流れが速い世だからこそ、安定をあえて捨て、不安定さの中に慣れる必要があった。しかし、その行為もまた、不安定さの中で安定を求める行為であり、結局のところ人間は、安定の中でしか生きていけないのかもしれないのだが――。


 そして、いまノアのいる異世界は、安定している。


 いや、正確には、安定していた――となるかもしれない。今起きている波が、津波となってすべてを飲み込んでしまうのか、またはこの一波で収まり、平穏が再び訪れるのか――いずれにしても、ノアにとっては想定し準備するに十分な状況だ。

 しかし、この世界の住人はそうではないだろう。おそらくガイエスの言っていたことから想像するに、いま生きている人間で戦争を経験した者はいないのだろう。


 つまり価値観が違うのだ。ルーデン公国の王である公女フレデリカは、この危機管理に優れた人だ。そんな人と会話し、価値観を共有していたので、この世界の価値基準がノアにはわかっていなかった。だからガイエスの返答に相容れないものを感じた。どちらが異質かといえば、きっとノアの方なのだろう。


 今後、こういった価値観の違いに悩まされるだろう。しかし押し付けることなく、それでも不測の事態に対応できるようにしたい。そうすることで、不幸を未然に防ぎ、または最小限に抑え、エルノア国を、ひいては世界を、そして最終的にはノア自身が、平和に過ごせると信じていた。


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