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4章4話 公女は、まるで少女のようだった

 その日の朝、ノアとルナリアは早速ルーデン公国へと出発し、馬車を走らせ数日かけて到着する。

 フレデリカへ結婚と建国の報告をするためだ。


 急な訪問にも関わらず、執事のアルベルトはフレデリカの執務室へ案内してくれた。

 普段は余計な事は一切口にしない彼だったが、二人の距離感を見て察したのか、会ってすぐに、これはおめでとうございます――と小さく頭を下げた。


 コン、コン、コン――と執務室のドアをノックするアルベルト。何度聞いても上品な音だ。


「失礼します。ノア様とルナリア様をお連れしました」


「入れて頂戴」


「ノア様、ルナリア様、どうぞ中へお入りください」


 執務室に入ると、フレデリカは相変わらず忙しそうにしている。


「ごめんなさいね、もう少しで手が空くわ。かけて待っていて頂戴」


 二人は出された紅茶を飲みながらフレデリカを待つ。

 ノアは、じっとフレデリカを観察する。

 王の仕事――一体どのようなものなのだろう?果たして自分に出来るのだろうか――と。


「待たせたわね。それで?建国の報告?それとも結婚の報告かしら?」


「そのどちらもです。フレデリカさん」


「あらまあ、ノアさんったら随分欲張りなのね。まあ、一人の女性すら幸せに出来なくて、国治めなんて夢のまた夢でしょうけれど。まずは二人とも、おめでとう。本当に……自分の事のように嬉しいわ」


「その割にはわかっていた風だったが?」


「それはそうよ。そこのアルベルトでさえ、言わなくても分かったでしょうに」


 アルベルトは深くお辞儀をする。


「それにしてもおめでたい事だわ!今日はささやかながらお祝いの席を設けましょう。アルベルト、お願いね」


「承知しました」


「はい。浮足立った話はまた後でするとしましょう。それでノアさん。建国、するのね?」


「はい。村の人達とも相談し、マギナ村とコルダ村、ニース村を併合する形で建国します。国王はフレデリカさんの言う通り、僕が務めさせていただきます」


「そう。思っていたよりも決断が早かったわね。きっと優秀な仲間が多いのでしょうね」


「それでフレデリカさん、建国にあたって、いろいろとサポートをお願いしたいのですが……」


「ええ、もちろんそのつもりよ。だって同盟国ですもの。まずは国名ね。もう考えてらして?」


「獣人族の風習に倣って、僕ら二人の名前をとり、『エルノア国』と」


 ルナリアの本名、エルナリアから頭の二文字、それにルナリアが付けてくれたノアの名前を足して、『エルノア』国――安直かもしれないが、ノアはこの響きがとても気に入っていた。


「なるほど、エルノア……いい名前ね。きっといい国になるわ」


「ありがとうございます」


「さて、建国にあたっての手順だけれど」


 フレデリカは、順序だてて事細かに説明してくれた。

 大まかな国の方針策定、領地の範囲と首都の設定、建国宣言と方法や手順、役職配置――ノアはそのすべてをノートに記した。


「とまあ、こんなところかしら。建国宣言には私も後見人として同席するわ。そのほうが箔がつくでしょうし、フェルニス王国への牽制にもなるわ」


「わかりました。ありがとうございます。それとなんですが……まだ本人たちには確認していないのですが、獣人の村も併合しようかと。そしてエルノアは人種や宗教の垣根を越えた国として建国したいのです。ルナリアさんも、エルフであることも公表しようかと」


 マギナ村をはじめ、エルノアを構成する村々は今や移民の村となっている。ノア自身もまた、獣人はじめ魔族との交流もある。そしてずっと考えてきた。獣人の村でドワーフに鍛冶を教わるベゼルのように、思想の違う人間同士が、または種族の違う人間と魔族が、互いに友好関係を築けたなら、この世はもっと素晴らしいのではないか、と。


「なるほどね……魔族の村を有するなんて前代未聞だけれども、東端のキ・エラ連邦では自然や精霊崇拝の一環でエルフと交流があると聞くわね。そういう意味では、無理ではないのかもしれないわね。妃がエルフというのも、説得力があっていいわ」


「私はあまり表には出たくないのだが……」


「あら、その覚悟があってノアさんと夫婦になったのではなくて?」


「いや、たしかに……そうなのだが……」


「もう、しっかりなさいな!ノアさんは王として国を支えるの。そしてそのノアさんを支えるのは、妻である貴女なのよルナリア!」


「はい……すみません……」


 ルナリアが珍しく素直に謝り、背を丸めて小さくなる。


「ルナリアには少し妃としての教育が必要そうね。ノアさん。このまましばらく借りるわ」


「分かりました。ちゃんと返してくれるなら、お願いします」



 ルナリアは数日間、フレデリカの教育を受けることとなった。



 執務室での面談後、一度客室へ案内された。風呂と着替えを済ませて身ぎれいになった後、大広間で立食スタイルの豪華な食事をふるまわれる。使用人たちも一緒に食事をするようだ。ノアはつくづく、いい国だと感じた。


「紹介するわね、私の夫にしてルーデン公国の宰相、ダンよ」


 ドレスに着替えたフレデリカは、正装をした長身の、髭が立派な夫――ダンを紹介する。


「初めてお目にかかります。エルノア国王。ダン・フォン・ルーデンと申します。お見知りおきを」


「そしてこれが長男のオベル、第一公子で私の執務を手伝っているわ。隣が次男のジーク、第二公子。近衛騎士団員をしているわ。一番下が長女のラウラ」


「初めまして。エルノア国王。オベルと申します。お会いできて光栄です」

「ジークです!」

「ラウラと申します」


 オベルに倣い挨拶をする。オベルはもうすでに王としてのオーラを感じる。ジークはまだ成人して間もないのだろう。元気いっぱいだ。ラウラはおしとやかで、フレデリカ似の美少女だった。


「初めまして、僕……私がエルノア国の国王、ノアです。皆さんにお会いできて光栄です。今後ともよろしくお願いいたします」


 ノアは深く頭を下げた。


「おお、これはこれはご丁寧に……さぞかしお気の優しい国王様なのでしょう!…………ですがノア様……貴方は国王です……腰の低い態度は、相手によっては舐められますぞ。以後お気を付けを」


 ダンは後半、小声でノアにそう耳打ちする。


「ご忠告感謝いたします。ダンさん」


 ノアは国王なのだ。今まで通りの態度では、思わぬことになりかねないのかもしれない。


「フレデリカさん、どうやら僕も貴女に教育を受けた方が良いかもしれません」


 あははは――とフレデリカはじめ、皆が笑ってくれる。


「そうね、ダン。ノアさんに少し手ほどきしてくださる?くれぐれも失礼のないようにね」


「了解した。ノアさん、私がルーデン家で学んだ作法を貴方に教えましょう」


「ありがとうございます!よろしくお願いします!」


 二人は固い握手を交わした。


「はいはい!ではお食事にしましょう!みなさんグラスの用意は良いかしら?堅苦しい挨拶は次の機会にして、はい!乾杯!」


 フレデリカが乾杯の音頭を取ってくれた。乾杯!と皆が細長いグラスを掲げ、宴は始まった。


「フレデリカは本来、こういう気の知れたみんなと、騒がしい酒を飲むのが好きなんだ」

 ルナリアがノアに耳打ちする。


「え?そうなんですか?そうは見えない……」


「いまでも思い出すよ。フレデリカが酒場で飲んで騒いで見知らぬ大男と口論になって……」


「ルーナーリーア―??一体いつの、誰の話をしているのかしらー?」


 フレデリカが脇からすっと現れ、ルナリアの頭をロックする。


「痛い痛い!全く……相変わらずの馬鹿力だな……」


 そんなおふざけをするフレデリカは、屈託のない笑顔でまるで少女のようだった。


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