4章3話 男は、人生の岐路に立った
数日経った今も、ノアは悶々と考えていた。
自分が王に――?
全くイメージが沸かない。
王といえば、身近にはフレデリカがいる。彼女は公女陛下。いわばルーデン公国の王だ。彼女の王たる部分は挙げればきりがない。そして、そのどれも、自分には遠く及んでいないとノアは感じている。もちろん、フレデリカも初めから王であったわけではない。が、それでも、自分の将来像が彼女とどうしても重ならないのだ。
そもそも、マギナ村や他の村の人々は、この話をどう受け取るのだろうか?
ノアを王として認めてくれるのだろうか?
それ以前に、合併を受け入れてくれるのだろうか?
薄っすらと、責任から逃れたい気持ちから、この話を否定してくれることに期待をしながら、ノアはマギナ村へ向かった。
「ふむ。ノアさんが適任だろうな!それ以外の選択肢はない!」
「私もそう考えます」
ナイトハルトとクリスに事情を説明したところ、答えは二つ返事のように簡潔だった。
「私も3村の併合は賛成だ!それを国としてまとめるというのならなおのことだ。であれば、その長はノアさんを置いて誰がいようか?」
「僕はナイトハルトさんが適任ではないかと……」
ノアはナイトハルトを推す。
「私か?そんな器の大きい男ではないさ!ノアさん。貴方には誰も見捨てない強さと、それを可能にする知恵がある!確かに至らない部分もあるだろう!人間だからな!ではその至らない部分はどうするべきか?仲間に頼れば良いのさ!見捨てないノアさんの背中をみれば、誰だって信頼してくれる。助けてくれる!そう思わないか?」
「でもですね……やはり王たる経験も知識もなくてですね……」
「ほほう。では、王は生まれながらにして王である、と?」
「いえ…………」
「ではどのように王となるか、ではないのかね?王になれるか?ではなく、どのような王になりたいか。その決意がノアさんを王にさせるのだと思うがね!」
「どこかで行き詰っても、私たちがおりますよ、ノア様」
「ナイトハルトさん……クリスさん……」
ノアは少し涙ぐんだ。こんなにも熱く心強い声援を送ってもらったことが、今まであっただろうか?
「ありがとうございます!」
ノアは礼を言い、他の知り合いをあたる。
マリエッタもほぼ二つ返事で、いいじゃん!とのこと。
ダリアも、そうなると思っていましたわ!と目を輝かせて応援してくれた。
ルーク夫妻も、ノアさんにしかできないだろうね、と信頼を寄せてくれた。
コルダ村も同様に、合併とノアが総括を務めることに大賛成してくれた。
ノアは、それらの声援によって、いかに信頼されているかを思い知った。
自分が考えているよりもノアの存在は大きく、皆頼りにしている。それは決して寄りかかるだけの期待ではなく、自分たちが支えるべき存在としての期待。
ノアは、いままで失敗を恐れていたことに気が付く。王となり道を踏み外し、この村々を失ってしまうことに、恐怖していたのだ。
しかし、この仲間たちがいる中で、そのような失敗は起こるのだろうか?ノアが間違う時は、誰かが指摘してくれるのではないか?そうであれば、何を恐れるというのだ。
ノアは決心した――
そして最後に、ルナリアへ相談することにした。
「なるほど。それで、ノア。君自身はどうなんだ?以前、静かに暮らしたい、と言っていたが」
「そうですね……静かに暮らしたいのは今でも変わっていません。しかし、このままの生活を続けるのは難しいのだと感じます。このままでいても、いずれ平穏は崩れていく。そんな気がしています。そうであるなら、この平穏、この静かな暮らしを守るために、国を作ることが最良の手段なのではないかと」
「それは、みんなの為か?」
「そうです。みんなの平穏の為です」
「ではノア。お前の平穏はどうなる?自分を犠牲にして皆の平穏を守って、それで満足できるのか?」
「満足できないでしょう。だから、自分自身も犠牲にはしないつもりです」
「しかし王となれば献身は常だ。それでどうやって自分自身を守る?」
「仲間を頼ります。フレデリカさんはきっとそうやって国と、自分自身を守ってきたのだと思います。それに、僕は目の前の人が不幸になっていくのをみながら、自分の幸福を優先できない。きっと欲張りなのだと思います。みんなの幸福の中で、僕も自身の幸福を追い求めていきます」
「そうか。そこまで考えていたなら、私から言うことは無いよ」
「ありがとうございます。それで……その、僕自身の幸福、というのは、ルナリアさんも入っているわけで……」
ルナリアは顔を赤くする。
「ルナリアさん!これから忙しくなると思います!そんな僕を……陰で支えてくれないでしょうか!?」
「そそそそれはどういう…………」
「ルナリアさん。結婚してください!」
ボン!と音がしそうなほど顔を赤くするルナリア。目は泳ぎ、手は口元を押さえたり髪をいじったり忙しい。
「ルナリアさん!あなたを愛しています!」
「ばばばばか!そそそそういうことはだな!もっと順序をそそその考えてだな!」
「それは……まだ早い、ということでしょうか……?」
「!?ちち違くてっ!私も結婚したいっ!あ!いや!違う!いやいや違わなくてその!私もノアの事が好きだ!でも急だったから!そう!急!湯あみもまだだしそんな!え?湯あみ?まてまて湯あみしなくても出来……はっ!わわわ私はなんて破廉恥な!あれ?でもこれは婚約……え?まって?わからなくなってきた!ノア!どうすれば良いんだ私は!ぬぬぬ脱げばいいのか?」
ものすごい早口でテンパるルナリア。挙句、服を脱ごうしている。
「ルナリアさん!落ち着いて!脱がなくていいです!落ち着いて!」
我を忘れたルナリアはノアによって椅子に押し付けられる。
「まずは座ってください……お茶も飲んで……」
ルナリアは言われるがまま茶をすする。
「落ち着きましたか?」
「…………………ふう、すまない。大分落ち着いた」
「プロポーズの答えに服を脱ぐ人がいますか……」
「すまない。つい混乱して……」
「もし答えに時間がかかるようなら……」
「いや、今答えさせてくれ」
ルナリアは、カップを置き、身なりを整え、長い金の髪を手櫛し、一呼吸おいて言った。
「私もノアが好きだ。結婚しよう」
「ルナリアさん………………ありがとう」
ノアは座るルナリアをそっと後ろから抱きしめた――
***
夫婦となり初めて迎える朝は、それでも何ら変わりないいつもの朝だった。
先に起きたノアはいつも通り朝食の準備をする。
その匂いに誘られるように、ルナリアが起きてくる。
「おはようござ……おはよう、ルナリアさ……あ、いや、エルナリア」
「ああ、おはよう……ノア……なんだかそう呼び捨てられると、くすぐったいな」
「こっちもで……ああもう!ルナリアさん!これ敬語はこのままにしません?」
「そ、そうだな!なんか落ち着かないしな!そ、そのうちってことで」
「そうですね。じゃ、今まで通りで」
そんな会話をしながら、朝食の準備は進んでいく。
そして出来上がったいつもの朝食を、二人で食す。
「いただきます」
「いただきます」
いつしか、ルナリアもノアに倣っていただきますをするようになっていた。
「夫婦で食べる初めての食事ですね」
ノアがそう茶化すと、ルナリアは顔を赤くして飲んでいた茶でむせる。
「っごほっ!今のは不意打ちだぞ!やめろ恥ずかしい」
あははは――と笑うノア。それをみてルナリアもなんだか可笑しくなってしまい、一緒に笑った。
建国――これから忙しくなるだろう。辛い時もきっとあるだろう。それでも、ルナリアがそばにいてくれたなら、自分はきっと大丈夫。ノアはルナリアの笑う姿を見て、そう感じていた。




