4章1話 男は、受け入れざるを得なかった
気が付けば、ルナリアに肩を抱かれ、教会の椅子に座っていた。
視線を落とすと、左手はルナリアがしっかり握ってくれていた。とても温かい。よほど冷めてしまっているのだろう。
「…………大丈夫か?ノア」
優しいルナリアの声が聴こえる。
「ええ、ありがとうございます。大分落ち着きました」
「ノアさん……」
向かいに座っていたルークも心配そうに顔を覗く。
「ルークさん……すみません、話の途中でしたね……」
「いやいいんだ。それより……すこし休んだらどうだい?話は明日でも……」
「いえ、聞かせてください……ロイズ神父は何故……」
ルークはロイズ神父の事を、知る限り話してくれた。
ルークはその時、真シルド神正教会付近で仕事をしていた。すると突如叫び声がし、様子を見に行くと、フェルニス王国国旗を掲げた馬車がいくつも入って来、軍人が異端審問官らしき人物の指示で、聖職者を刺殺、さらに大聖堂を制圧している最中だった。
ルークは急いで家へと戻る最中、ロイズ神父を見かけた。
彼は、他所へ布教活動に出ていた真シルド神正教の聖職者や信徒に対し、逃げるよう言って回っているようだった。
そしてそんな彼を発見した異端審問官は、軍人に指示をし、その場で切り殺された。という。
「そんな……ロイズさん…………」
「彼は、例え異端教徒でも救いたかったんだろう…………本当によくできたお人だったよ……」
彼は、きっと最期までシルド神教への信仰に迷いがあったに違いない。そして最期には宗教関係なく、人を救うことを選び、死んだ。彼は、彼の中の純粋なシルド神への信仰を全うしたのだ。きっと天国に行けたに違いない――ノアはそう感じた。
「そうですか……なんだか、彼らしい最期ですね……」
「そうだね…………」
端で聞いていたマリエッタは、静かに天へと祈りを捧げていた。
***
「それで、ハイデンの状況と、逃げてきた人の状況を詳しく知りたいのですが、よろしいですか?」
ノアはしばらくの沈黙の後、そうルークに話を切り出した。
偲んでばかりもいられない。こちらへと逃げてきた民がいる以上、放ってはおけない。これ以上犠牲を出しては、ロイズに顔向けできない。
「このタイミングでハイデンから逃げてきたのは、フェルニス王国下での商売を嫌う行商人がほとんどだろう。そうなると、家族なんかも併せて100人前後くらいだと思う。しかし、今後逃げてくる人が増えてくるだろうね……逃げられれば、だけれども。軍隊も動いているからね。ハイデンは城壁が無いから、完全な封鎖は難しいけども、きっと街中は警備兵がしばらく監視しているだろうさ」
「真シルド神正教の信徒はどうなるんでしょう?」
「異端審問にかけられるらしいけど、大体は処刑まではされないと思うよ。改宗を命じられて、多少の自由は奪われるだろうけど」
「そうですか…………」
「話は聞いたぞ、ノアさん!」
ナイトハルトと従者クリスが、教会に入ってくる。
「ナイトハルトさん……それにクリスさんまで……」
「まずは、ハイデンから流れてくる大勢の難民の対応。これを3村で考えねばなるまい」
「確かにその通りです。それが一番急を要しますね」
どこもさほど大きくない村ばかりだ。辛うじて宿があるにせよ、各村4部屋ほど。一部屋に4人押し込んだとして、まだ半数以上は残る。マギナ村の教会にある宿も入れても全く足りない。野営は避けられないのかもしれない。そして移住となると今後は食料も問題になる。
「ナイトハルトさん、ハイデンからルーデンまでの間で、宿のあった村はどれくらいありましたか?」
「そうだな……6つほど村はあったが、宿があったのは3つか……それぞれを朝のうちに出発出来れば、次の宿には日没にはつく距離だ」
「なるほど……。まず前提として、難民全員は受け入れられないでしょう。であれば、ルーデン公国に頼るほかありません。なので、まず難民が集中しそうな、ハイデンから最も近いコルダ村に窓口を作ります。そこで、長旅が難しそうな家族づれの難民、拠点さえあれば商売の出来る行商人、大工仕事のできる労働者を優先して、この3村で受け入れしたいと思います。他は頑張ってルーデン公国まで行っていただき、一時的に受け入れてもらう、というのは、どうでしょう?」
「なるほど。行商人であれば出向中に宿が空く。行商人の中で上手く交代で使ってもらうのだな!大工は住居の建設に必要な人材……ふむ、考えたものだな!」
「で、明日朝にナイトハルトさんはコルダ村へ出向いてもらい、窓口の受付をお願いします。クリスさんはニース村へ行き、村長への説明と、既に来ている難民をコルダ村へ誘導お願いします。移動が難しそうであれば留まってもらってかまいません。そして、宿を常に一部屋空けて、残った部屋数をコルダ村へ報告しに行ってください。そしてそのままコルダ村でナイトハルトさんの手伝いを」
「かしこまりました」
「私は、早朝にルーデン公国へ出向いて、難民受け入れの相談をしてきます」
「いやまて、ノアさん!あなたが動くのは良くない。不測の事態があったら誰が対応する?」
確かにそうだ。ルーデン公国に行ってしまったら、最低でも4日はここを空けることになる。難民の動きは予想できない。不測の事態は起きて当然の状況。それに対応できそうなナイトハルトは窓口として対応をお願いしている。ここも大切なポジション、彼が適任だ。では誰が――
「私が、ルーデンへ行こう」
ルナリアが、小さく手を挙げる。
「ルナリアさん!?」
「フレデリカに話をするのだろう?それなら私が適任だ。たまには役立たせてくれ」
「…………わかりました。ありがとうございます!それではルーデン公国にはルナリアさんに行ってもらいます。では僕はマギナ村に残り、指示を仰ぎます。連絡は行商人を使って、文書でお願いします」
とりあえずの初動はこんなものか――ノアは、深く息を吐く。急な出来事と頭の回転で、軽く頭痛とめまいがするが、不思議と重責に押しつぶされる感覚は無かった。動けているからかもしれない。ナイトハルトの言うとおりだ。
「大丈夫かい?…………すまないね………面倒ごとを持ってきてしまって………」
「いえ、こればかりは仕方ないですよ!ルークさん一家は……魔女の家に来ます?」
「いやいや!ダリアの家に上がり込むとするよ。私は行商人だから、あちこち回るしね、女性二人くらいなら、ダリアの家でも問題ないだろう」
「そうですか、それは良かった」
さて、これから忙しくなる。きっとケルヒ領民を受け入れた時の比ではないだろう。しかし、あの頃以上に頼れる仲間も増えた。やってやれない事は無いだろう。まずは動き続けるのだ。恐怖や重責に足が止まらぬように。ロイズの死が無駄にならないように。そうノアは心で唱え続けた。




