3章10話 男は、途方に暮れた
フレデリカの魔女の家訪問から数日が経った。
ノアは未だ、フレデリカがわざわざここまで来て彼に話をした真意について、わかりかねていた。
時間があると、気が付けば悶々と考えてしまう。
フレデリカの考え――
ハイデンのこと――
フェルニス王国のこと――
答えの出ない問いは、いつまでもノアを思考の檻へと縛り付ける。
「よし!」
ノアは考えるのを止めるために、動くことにした。
「ルナリアさん、もし時間があればなんですけど……」
「ん?またデートでも、その……したくなったか?」
おちょくるなら恥ずかしがらないでほしい。
「まぁそんなところです。こないだ言っていたエルデ山脈の東側へ抜けれそうな場所、下見しに行きたいんですが、ご一緒してもらえないかなと」
「エルデ山脈か……いいぞ。…………ででは、ででデートに行こうではないかっ!」
こういう反応をされると、ノアも急に恥ずかしくなる。外野がいれば、もうお前ら付き合っちゃえよ、と小突かれるような状態だが、その一歩をお互い踏みとどまったままだった。
***
ノアとルナリアは、荷馬車を走らせ魔女の家の少し南、ちょうど不可侵の谷の延長線とエルデ山脈が交差する場所へとやってきた。
山脈にそって麓を走る。場所はルナリアの記憶頼り。少し奥に入っては戻り、また少し進み、めぼしい場所の奥に入っては戻りを繰り返し、ようやくそれらしいところを見つけた。
「ああ、ここだ、ここ。この崖の割れ目……」
そこは、まるで不可侵の谷を谷底から見ているかのような、左右両側を高い崖に挟まれた道。何度か崖崩れがあったのだろう。崖の道は途中でふさがれており、奥もきっと同じありさまだろう。馬車はおろか、人が通ることもかなり難しい。
「もしこの土砂崩れを解消できれば、向こう側に行けるんですかね?」
「行けるはずだ。この崖の道は向こう側まで繋がっている。しかし……まぁ……以前はここまでひどくは無かったんだ……これじゃあ、いよいよ人の力では……」
「ちなみに向こう側で一番近い村とかは?」
「ふむ……まだあれば、コニト村というところがあったはずだ。山脈からそう離れていない」
つまり、この土砂や岩を何とかできれば、街道として使えそうだ。あとは安全を考えると、崖崩れを防ぎたいところだが、この世界の技術で可能かどうか――。
「ちなみに、魔法でこの邪魔な障害物を一掃!なんてのは」
「無茶を言うな。流石に無理だ。頑張ってあの岩を崩すくらいか……」
あの岩――ノアの胸くらいの高さのある岩だ。
「え、あれは崩せるんすね……」
「まぁこれでもエルフだからな。精霊魔法でなんとかできなくもない。が、そう何度も精霊たちが力を貸してくれるわけじゃないから、あの岩一個が限界だろうな」
「そう、ですよね…………」
何か方法が思いつきさえすれば、東側諸国との交易が捗る。しかしいくら考えても、前世の世界での知る限りの技術を振り絞っても、この異世界で実現できそうなものは思い当たらなかった。
「…………そうだ、このままマギナ村に行って知恵を借りてみましょうか」
「マギナ村にか……?まぁいいだろう」
ノアたちはマギナ村へ行くことにした。
***
「なんと!エルデ山脈を楽に越えられそうな街道を見つけただって!?」
ノアはまずナイトハルトに相談してみることにした。
連れている美女は誰か問い詰めてくるかと思っていたが、軽い自己紹介だけ済まし、あまりルナリアには触れないようにしてくれた。きっと気を使ってくれたのだろう。
「ええ、ただ、両側が崖に挟まれていて、落石や土砂崩れが多く、道としては使えなくて……」
「なるほど。その問題を解消したいのだな。そうだな……土砂は掻き出せるとしても、問題は岩だな」
「そうなんですよね……引っ張る動力か、壊せる打撃力か、削り切る研磨力か……何かいい案は無いですか?魔道具とか」
「戦争に使われるような大きな魔石と、それを扱う魔導士がいれば不可能ではないのだろうが……地道に切り崩す他ないかもな……私の方でも、他を当たったりして考えてみよう!」
「ありがとうございます!」
次はマリエッタだ。彼女はフェルニス王国内のシルド神教会に在籍していた経験がある。なにかそういう技術を知っているかもしれない。
「ああ、マリエッタさん!少しお話いいですか?」
マリエッタはちょうど教会に戻るところだった。
「お、ノアじゃん!こっちで逢うのは久々だな!ん?横の美女は…………あ、もしかして、魔女?」
「そうです!こちら魔女のルナリアさん。もしかして初対面ですか?」
どうも――と愛想無くルナリアは挨拶をする。
「そう初対面ー!へぇ、あんたが魔女かー!思っていたよりもずっと若いなぁ!ねぇ、お酒!お酒飲める人?今度一緒に飲もうよー」
既に少し飲んでいるのだろうマリエッタは、馴れ馴れしくルナリアに話しかける。
「ええ……機会が、あれば」
そのやり取りをみて、ルナリアの機嫌を損ねそうで少し怖くなったノアは、話題を戻す。
「マリエッタさん!話なんですけど!何かこう、大きな岩とかをどうにかできる方法って思いつきます?」
「岩ぁ?んなもん、叩き割ればいいだろ」
「いや、それが出来たら苦労しないんですよ……フェルニスにいたころ、そういう技術とか見たりしてないですか?」
「見てないな……みてたのは、怪我人ばっかさ。向こうはあたしの体ばっか見ていたがねっ!」
石ころを蹴とばすマリエッタ。
「そうですか……なんか妙案があったら教えてください!」
おうわかった!――と、マリエッタは教会に戻っていった。
「アレは一体何者なんだ?」
「マリエッタさんです。ここマギナ村のシスターを務めています」
「ほう……ハーフエルフがシスターね……」
え?ハーフエルフ?――
「それにしても、随分シスターらしくないな……前のシスターはもっとおしとやかな人だったぞ?」
「え、いや、まって!マリエッタさんが、ハーフエルフ?そうなんですか?」
「ああ、彼女はハーフエルフだ。同族の勘ってやつだ。向こうにはその力はないようだがな」
「え、つまりマリエッタさんも魔素とか大丈夫な人ってことですか?」
「そうなるな。だから魔法適正もあるだろうさ。それでシスターになったんだろう。しかしハーフエルフといっても、精霊魔法が使えるわけでも、寿命が長いわけでもない。ただ魔法適正があって、魔石から効率よく魔法を取り出せる、ただの人間さ」
「そういえば、マリエッタさんも朝が弱いですね……エルフの特徴出てますね」
「一緒にするな……まぁ、もしかしたらそうかもだが……」
マリエッタはハーフエルフ――ノアが知ったところで、何かが変わることのない、他愛のない情報に過ぎなかった。
そんな中――
荷馬車に大きな荷物をのせて、ルークが現れた。よく見ると、荷台に妻のフローレンス、それに次女のジャスミンも乗っている。
ルークは血相を変えてノアに駆け寄る。
「ノアさん……ああノアさん!ハイデンが……大変なことになった……!」
「!?」
「シルドニア皇国の異端審問官とフェルニス王国軍が……ハイデンを占領して……真シルド神正教会の聖職者はその場で処刑……信徒は異端審問にかけられるそうだ……」
「え!?それでハイデンは……」
「強制的に……フェルニス王国に編入らしい……私たちはノアさんに一報入れようとマギナ村に逃げて来たが、他のハイデン民はコルダ村やニース村へ逃げた……まだ少数だが、いずれかなりの人数が逃げてくるだろう……」
「それは、一体どれくらい……」
「わからん……だが100人は覚悟したほうが……」
その数は、宿のあるコルダ村やニース村、そしてマギナ村を合わせても、受け入れしきれないだろう。
ノアは頭が真っ白になりそうなのをこらえ、必死で考える。今やるべきこと。今後必要な対応。状況整理――
そんな混乱するノアの肩をがしっと掴み、ルークは少し間をおいて、話した。
「それと……ノアさん………………ロイズ神父も……処刑された……」
「……………………え?」




