3章9話 男は、公女陛下に何かを託されてしまった
ハイデンへのデートから1か月ほど経った。
フェルニス王国によるファシルファ王国侵攻は、ファシルファ王国側の猛攻を受け撤退。今回の侵攻は失敗に終わったようだ。
ヒルダンテ公国を手中に収めているとはいえ、この敗戦はフェルニス王国にとって損失は大きく、近く徴収税が上がるのでは、という噂が流れているようだ。
当初想定していたポーション不足は、いまのところ問題なさそうで、市中価格も安定しているとダリアは言っていた。念のため作り置いた在庫は消化せずに保管しているが、このまま何も起きず、在庫処分できるのが理想だ。
そんな中、相変わらずルナリアは、ホクホク顔で魔法関連の書物を読み漁っている。
「何か面白い発見はありましたか?」
「んー……そうだな……ヒルダンテ公国はエルデ山脈に面していたせいか、この険しい山脈をいかに魔法で越えるか、という研究が盛んだったようだな」
「転移魔法、みたなものですか?」
「その研究もそうだが、身体強化などによる移動速度、疲労軽減なんかも試していたようだぞ。そもそも転移魔法はまだ開発されていない魔法体系だ。きっとこの研究が行き詰まり、他の方法を模索した結果だろう」
「そんなに険しいんですか?エルデ山脈って」
「ああ。私も昔、何度か越えようと試みたが……きっとどこを通っても越えるのに4日はかかる。食料の都合上、それなら魔族の森を通ってエルデ山脈を迂回した方がむしろ安全かもな。まぁ普通はヒルダンテ公国の港を使うほうがいいがな。……ああ、そういえば、ここの南、不可侵の谷の延長線とエルデ山脈が交わるところは、開拓すれば人間でも通れそうな感じはあったな……」
「そこって、開拓すれば東側との良い交易路になるんじゃないですか?」
「まぁそうかもな。でも東側は西側よりも魔素が濃いからな……山脈を出た先で魔素が濃いと、魔物が出たり体調を崩すリスクは高まる。しかし……マギナ村も今や魔法使いは出ていないんだろ?向こう側も魔素が引いているかもしれない」
「ん?魔素と魔法使いって関係あるんですか?」
「人間が長期間、魔素にあてられ続けると、子孫に耐性が生まれる可能性が上がるらしい。その耐性は、つまり魔力への適性。と、これはシルドニア皇国から流れてきた禁書に書かれていた……ホント、大層なものを流通させているよハイデンは……」
「その研究って……」
「ああ、きっと強力な魔導士を生むためのメカニズムを独自で構築したかったんだろうな。しかしまあ、この書物がここに流れてきているってことは、何かの理由で研究が終了したんだろうさ。頓挫したか、あるいは完成したか」
強力な魔導士――医療目的であって欲しいと願うしかない。
それにしても、エルデ山脈を越えられそうなルート。これはいつか役立ちそうな情報だった。
そんな話をしていると、ルーデン公国からフレデリカ公女陛下が直々にやってきた。
「こんにちは、ルナリア、それにノアさん」
「いらっしゃい、フレデリカ。随分今回は間隔が短いな」
「ええ、マギナ村の様子もこの目で見たかったのと、少しノアさんにお話があってね」
「え、僕に、ですか?」
厄介ごとを頼まれそうな雰囲気――
「まずはケルヒ領民の件、改めてお礼を。まさかマギナ村と合せて、ここまで双方を発展させるとはね……恐れ入ったわ」
「いえいえ、たまたま上手くいっただけです」
「そう?そんなノアさんに、次のお題を、というわけでもないのだけれど、少し耳に入れておいた方がいいことがあってね」
「…………なんでしょうか?」
「そんなに構えないで頂戴。今からする話は仮定の話よ。私もそうならないことを祈っているわ。でも最悪を想定しておくことは、一国の長として必要な事なの。それを今から貴方に話す……この意味を理解して頂戴」
「……わかりました。何が出来るかはわかりませんが、そこまでおっしゃるのであれば……」
「よろしい。まず、フェルニス王国がファシルファ王国への侵攻が失敗に終わったのはご存じね?今回は敗戦に終わったけれど、この侵攻は今後もあると睨んでいるわ。きっと、その前には再びルーデン公国へ参戦要求が来るでしょうね。で、ここからが問題。軍を出しているのはフェルニス王国と、徴兵を命じられたフェルニス王国の領主たちなのだけれど、一度負けた国へ再び攻めようとしたとき、士気はどうなるでしょうね?」
「そうですね……ヒルダンテ公国を攻略し、士気の高い状態でファシルファ王国へ攻めたとして、それで敗戦したという落差から、士気は上がりにくそうですね」
「では、その問題をどう解消できるかしら?」
これは難問だった。フェルニス王国の領主たちは、きっと褒美としてヒルダンテ公国の領地を分け与えられているだろう。そこを治め直し、人口や税収が増えれば、軍の力や士気も回復できるだろう。しかし、それまでフェルニス王国は戦争を待てるのだろうか?時間をかければ、それだけファシルファ王国も防衛準備が出来る。できればすぐにでも第2、第3の兵力をぶつけたいはず。であればヒルダンテ公国攻略よりも兵力を損なわず、且つ戦果の大きいところを前哨戦として設定したい――
「まさか…………ハイデン?」
「ご名答。あそこは商人の街。そして財政規模は小国に匹敵するにも関わらず、護衛の無い裸同然の街。まさに宝の山ね。今まではフェルニス王国との交易によって双方にメリットがあった関係だけれど、今は事情が違うわ」
「真シルド神正教……」
「そう。あれの存在は、フェルニス王国にとっても、裏で糸を引いているであろうシルドニア皇国も、邪魔でしかないわ。実際、フェルニス国内でも真シルド神正教の信徒が増えて、暴動が起こっている地域もあるそうよ。これは正に聖戦と称して征服されてもおかしくはないわ」
「………………本当に、ハイデンが」
ノアは絶句する。確かにハイデンが標的になることは危惧していた。しかし、ここまでリアルな予想を踏まえてみると、急に現実味が湧き怖くなる。
「気休めかもしれないけれど、これはあくまで私の考える最悪のシナリオよ。でも確度は高いと思うの。いずれにしても、真シルド神正教には何かしらの衝突は避けられないわ」
「しかし……ハイデンを征服までするメリットを僕はあまり感じません……あそこは行商人の街です。征服されると聞けば、街の人は他所へ逃げてしまうでしょう……そうなれば、期待していた税収も人口も得られないのでは……?」
「確かにそうね。でもいずれこの大陸をフェルニス王国が統一しようと考えていたとしたら、どうかしら?このタイミングを活用しない手はないわ」
「大陸を……統一?」
「ええ。考えてもみて頂戴。そもそも港を使いたいだけで、ヒルダンテ公国を潰し、乗っ取る必要があったかしら?港の使用権や戦時の補給だけなら、軍事力で脅すだけでも可能だったはずよ。それなのにわざわざ兵力を削ってまで攻め落とした。聖戦、と称してまでね。あくまで私見の範疇だけれども、ルーデン公国としては、その線を想定して動いているわ」
ノアは驚いた。国王の視座とは、こうも最悪を想定して動いているのか、と。確かにフレデリカは言っていた。問題はいつルーデンへ刃先を変えるか、なのだと。
「大陸の統一をはかる意味って……なんでしょう?」
「さあ。それは私にはわからないわ。それにわかる必要も無いと考えているわ。軍を向けられたら、話し合いなんて出来ないもの。ヒルダンテ公国だって打てるだけの策は打ったはずよ。それでも戦争は避けられなかった。つまり、フェルニス王国との戦争を回避するには、軍事力で圧倒するしかない」
ようは軍事力による牽制――
「でも、相手の本心がわかれば、交渉の余地も……」
ノアがそうつぶやくと、フレデリカは声を出して笑った。
「あはははは……失礼したわ。なんだか嬉しくなってしまって。ふふふ……貴方は、きっとそう考えると思っていたわ。だから貴方に話した。貴方に何ができるのか、何が起こるのかは私にはわからないけども、私の考えを知っていてほしくてね。いえ、もしかしたら、貴方に否定してほしかったのかもしれないわね。もし何か思いついたり、相談事があったら頼って頂戴。いつでも力になるわ」
「ありがとうございます……」
「それでは私はこれで。ルナリア?もたもたしていると、私が取ってしまうわよ?」
「なっ…………!」
フレデリカはそう言い残し、魔女の家を出て行った。




