3章8話 男は、大聖堂を見学したかった
ハイデン二日目の朝――
ルナリアは朝が弱い。昨日は早く寝たのでまだマシだったが、今日は全く起きる気配がない。
今日もルナリアは古書店に魔法関連の書籍漁り。ノアは独りで真シルド教正教の大聖堂に行く予定だ。
というのも、昨日ルナリアを大聖堂に誘ったら断られてしまったのだ。
なんでも、エルフ族の精霊信仰と人間の神信仰は相容れないようで、生理的に無理なんだそうだ。
ちなみに東方で一部信仰されている自然崇拝は問題ないらしい。ノアの知らない宗教はまだたくさんあるのかもしれない。
独りで朝食を済ませ、大聖堂に向かう。
「貴方は、シルド神様を信じていますか?」
壮年の女性に声をかけられる。身なりからして、聖職者という訳ではなさそうだ。
「ええ、まあ」
ノアはとりあえず話を合わせる。
「それは良かった。でもシルド神教はダメよ。邪教ですもの」
「はあ……どの点で邪教なんですか?」
「だってあんな戦争をするのよ?シルド神様が望んでいるはずないわ。さ、貴方も真シルド神正教会でお祈りをなさい。きっと救われるわ」
救われる――か。
「ありがとうございます。では」
ノアは愛想笑いでその女性に感謝を告げた。
大聖堂入り口では、若い信徒が何やら物販をしているようだ。
免罪符、護符、聖水、食器や壺まで――どれも特に効果は期待でき無さそうなものばかりだ。
「いらっしゃい。どれも真シルド神正教会で祈りをささげられた品ばかりだよ。聖なるものを使って身を清めれば、救われる。お土産にもうってつけだよ」
シルド神の教えとは、こういうものだっただろうか?――よく知らないノアでも、以前マリエッタが話してくれた内容からは、少し離れているように感じる。それとも、これがシルド神教と真シルド神正教の違いなのか?
「どれを買えば、どう救われますか?」
ノアは意地の悪い質問をする。
「免罪符は罪の数だけ、護符は馬車や家なんかに貼るとシルド神様が守ってくださる。中で洗礼を受けるともっといいぞ」
「あなたは、救われていますか?」
「ん?そうだな……洗礼も受けているし、神に貢献はしているから、きっと救ってくださるさ」
ノアは買い物をせずにその場を後にした。
ノアには少し、居心地の悪さを感じていた。実際に信徒と話したり、周りの会話に聞き耳を立てても、やはり教えの本質的な部分が欠落しているように感じる。布教が熱心な割に、教義への理解が、ハイデンにおけるシルド神教とそれほど変わらないのではないかと思う。つまり、単に資金集めに信徒が奔走している、そう見えるのだ。
ノアは大聖堂の中へと入っていく。
大聖堂の中心には、ハイデン教会よりも大きなシルド神像が置かれている。その真上には大きな鐘が吊るされている。そこがきっと、外から見えた塔の尖った部分なのだろう。流石出来たばかりなだけあり中は綺麗で明るい、よい建築物だ。
その奥で、洗礼の儀式だろうか。何人かの列をなし、祈りをささげている人物を発見した。服装も他の神父とは違う。ノアは列の少し後ろに並び、話しかけてみることにした。
「こんにちは。少し真シルド教正教について教えを乞いたいのですが……」
「こんにちは。私はここの司祭、マチスといいます。君は……」
「ノアといいます」
「ノアさん。それで、どんなことを訊きたいのですか?」
「シルド神教と真シルド神正教では、どのように違うのですか?」
「素晴らしい質問です。まず私たちも、元々はシルド神教にてその身を捧げていました。しかし昨今、シルド神教はフェルニス王国との政治的癒着、魔法技術の独占、果てはヒルダンテ侵攻など、自らの私腹を肥やすためにシルド神の教えを利用し始めている。私たちはそれに異を唱え、真のシルド神の教えを守り、世に広めるために、こうして活動しています」
「つまり、教義自体は同じだと」
「そうですね。その解釈で問題ありません。しかし、今のシルド神教は腐敗し始めている。そこに信徒が増えることは、シルド神の教えに背き、世界を滅ぼすことに他ならない。例え教典が同じでも、教えを正しく導くうえで、私たち真シルド神正教への信仰を、皆さんにお願いしています」
「その活動に、大きな聖堂や多額の献金は必要なのですか?」
「それらには大きな意味があります。確かに多額の献金をしたからといって、シルド神のご加護が大きくなるわけではありません。しかしその献金が私たちの活動をより大きくし、多くの人々を救うことができる。大きな聖堂も、そんな救いを求める人々に安心と救いを与えることができるのです」
「それにしても少し商売じみているというか……信徒もそこまで深く理解していないように感じましたが……」
「信徒の中で理解に差があるのは仕方ありません。貴方のように、信仰を深く理解しようとするものもいれば、ただ心の中で静かにシルド神の存在を感じるものもいます。その信仰心の中で、己の得意な形でシルド神への献身を考えたり、自らの救済体験を通じて信仰を広めようとすることは、ごく自然な事です」
「ありがとうございました。とても勉強になりました」
「貴方に、神のご加護があらんことを……」
深々と頭を下げ、ノアは大聖堂を後にした。
道すがら軽食を買い、広場のベンチで食べながら、ぼんやりと先ほどの話を思い返す。
真シルド神正教――急拡大した新興宗教と聞き、ノアは疑ってかかっている節があったが、司祭と話してみて、その怪しさは払しょくできた。昨今のシルド神教に対してのアンチテーゼではあるが、根っこである教典は同じ。根本的な差は無いのだ。
しかし、布教の仕方にどうしても疑問が残る。
シルド神教は布教活動をあまりしないという。それは信仰の自主性を重んじているのと、そもそも教会の施しによって広く間口が開かれていることに由来する。つまり、信徒でなくても、シルド神教会のお世話になっている人が多いのだ。その中で徐々に信仰心が芽吹き、育ち、やがて信徒となる者が現れていく、という構図なのだ。
一方、真シルド神正教は新しい宗教。その構図を持っていない。信徒を獲得するには、とにかく布教――特に母体が同じシルド神教からの改宗を進めていく必要がある。そうなると、こういった形の布教になってしまうのは致し方ないのかもしれない。
そして資金面。信徒からの献金を集めなくては、そもそも教会の運営が出来ない。大きなパトロンがいれば別だが、こういった資金集めのような活動は仕方ないのかもしれない。しかし資金が必要なのはシルド神教も同じだ。シルド神教にはフェルニス王国という大きなパトロンがいるとしても。
つまり、信仰という心の救済や、信仰心を集めるという行為自体に資金は必要なくとも、教会が出来、人が増え、その団体が組織化されていけば、どうしても資金が必要になっていくのだ。その成長が早ければ早いほど、組織構造が大きければ大きいほど、その資金集めに信徒は奔走し、結果、数だけが増えた味の薄い布教が横行していくのかもしれない。
もし、フェルニス王国のあの侵攻が、シルド神教において信者の母数を増やすための聖戦であったとするなら、真シルド神正教のゆく末は、彼らの言う現在のシルド神教の腐敗とそう変わらない道を辿るように感じる。
それはある意味必然で、とても悲しいジレンマだ。
そして、シルド神教もまた、きっと同じジレンマを抱えているのだろう。
ヒルダンテ公国征服や、ファシルファ王国侵攻にだって、のっぴきならない他の理由があるのかもしれない。
「ノア?どうしたこんなところで、難しい顔をして……」
そんな考えごとをしていたところに、ルナリアが現れた。
「いえ、大したことじゃありません。それより、食事は済ませましたか?」
「いや、食べ損ねたので、夜にまとめて摂ろうかとな。ところでノア……すまないが、荷馬車に本を運ぶのを手伝ってくれないか……」
ルナリアの指すところに、とんでもない量の本が積まれていた。




