1章2話 男は、この家と家主のことを知りたかった
初仕事は、洗濯であった。
洗濯、と言っても、汚れてしまった自分の服を洗うだけなのだが。
「すみません、ルナリアさん、洗濯って、普段どうしてます?」
こちらの世界の勝手がわからないので、とりあえず訊いてみる。
「その桶に入れて、石鹸でこう、ごしごしとしてくれ。洗ったら、綺麗にすすいで、干す」
「その間、僕自身の服は、どうしましょう?」
ああ――と宙をみるルナリア。
「そうだな、適当に昨日の毛布にでも包まっていてくれ。すぐに乾かしてやるから」
つまり魔法で!――とノアは少しテンションが上がった。
毛布を持って、家の奥にある勝手口から外にでる。鬱蒼とした森が、目の前に広がっている。
服を脱ぎ、毛布を体に巻き、桶で衣服を洗う。初めての体験。あまり泡立たない茶色の石鹸と格闘しつつ、なんとか汚れは落ちた。
軽く絞り、ルナリアを呼ぶ。はいはい、と面倒そうに外に出てきてくれ、衣服を手渡すと、風に運ばれるように宙に浮き、竜巻のように水滴が飛ぶ。ここまでくる風は薄っすら暖かい。
はい、とルナリアから手渡された衣服は、少し暖かく、とてもよく乾いていた。
「ああ、あと、その体に直接巻いた毛布も汚れたから、念入りに洗っといてくれ」
***
「なんかこう、すぐ僕を汚いもの扱いするよな……」
独り言ちて、毛布を外に干す。こういった大物を手洗いするのは、一苦労だった。
「ルナリアさん、洗濯終わりました。次は何を?」
「ああ、そうだな……床を掃除してもらえるか?特に暖炉前の泥」
ああ、あの時の――
「わかりました。掃除道具はどこにあります?」
ルナリアから箒、雑巾、バケツの場所を教えてもらい、用意する。折角だ、ここは徹底的に拭き掃除をしようではないか。
まずは泥を箒で玄関まで掃く。ついでに部屋中の埃も、と思ったが――
「あれ、意外と綺麗ですね」
「意外とはなんだ。まぁエルフは代謝が低いからな……知っているか?埃には剥がれた皮膚なんかも含まれているんだぞ」
どこからか得た豆知識を、ルナリアはすこし自慢げに披露する。
「え?エルフって代謝低いんですか?」
「ああ、らしいぞ。確かに人間よりも髪が伸びるのも遅い。そしてこれは仮説だが……」
突然の、ルナリアによるエルフ講座が始まった。
「そもそも人間よりも、エルフは寿命が4倍から5倍くらいと長い。しかし活動時間は、一般的なエルフだと人間の半分か、それ以下の場合もある。そのため食事も少ない。つまり寿命は、長いというより冗長というほうが正しい。人間よりも細く長く生きているんだよ。だから、老廃物も少ない」
老廃物が少ない?つまり――
ノアはちらりと、ルナリアの洗濯物を見る。
「嗅ぐなよ。殺すぞ」
すぐに視線をもどし、掃き掃除に戻る。
「ああ、それで朝が弱いんですか?」
「…………まぁ、そうだな。これでも私は、ハイエルフのような人間に近い活動時間で生活しているんだぞ」
なにやら誇らしげだが、ノアにはいまいち、その凄さがわからなかった。
「ヘェ……ソレハスゴイ……サスガデス」
「……わかっていないことはわかったから、裏勝手口前も掃き掃除頼む」
床を掃き、雑巾で拭くと、心なしか家の中に爽快感が生まれた、ように感じた。そう、このあちこちに積まれた古書がなければ、この生まれたての爽快感くんは、きっと永住だってしてくれるというのに。
「……この古そうな本は、全部必要なんですか?触るなと言われているので触りませんが……」
「ああ必要だ」
「ホントに?じゃあこの山の一番下の本は、どんな本ですかぁ?」
「……わすれた」
「ホントに必要なんですかぁ?まさかまだ読んでいないとか……」
「そんなわけ……ん?これは『魔道具における地域性と歴史』か……後で読んでみよう」
すっ、と山が浮き、一番下の本だけが取り出される。魔法は便利だ。
「もし、値段が高かったからもったいない、という理由だけで捨てられないなら、売るなりした方が、かえって得ですよ?探す時間が省けるとか、置いてある場所が空くとか……」
「ここに在る本はすべて研究資料だ。今は必要なくても、いずれその時がくる……はずだ」
「それにしたってこの山はさすがに……」
「ああもううるさいな……ほら!これでいいか?」
本の山の一角ががずずっ、と少しだけ奥に移動した。
「そんなことが出来るなら、片付けもさぞかし楽でしょうに……」
「それは無理だな。今ので私の魔力は尽きた」
――ウソである。ルナリアは、ただ面倒くさいのだ。
(ルナリアさんの寝室には入らないでおこう)
そうノアは固く心に誓った。
***
掃除も終わり、ひと休み。
ルナリアの入れた紅茶を、固い木箱の上で嗜む、優雅な午後のひと時。
「そういえば、研究資料、と言ってましたけど、ポーションのですか?」
素朴な疑問を、ルナリアに投げかける。
「まぁ、そういうのもあるが、大体は魔法研究用のものだな」
「魔法研究……それってどういうものなんですか?」
ノアは興味があった。魔法自体にもそうだが、人がこれほど本を集めるほどの熱量をもった取り組み、というのは、往々にして、その人を知るうえで重要な何かがいくつも隠されているからだ。
「そうだなぁ……魔法は大きく分けて二つ。魔力を使う『魔力魔法』、精霊の力を借りる『精霊魔法』。エルフとかが主に使うのは精霊魔法で、私もそうだ。一方、魔力魔法は、一部の魔物や魔族が使う。人間が使う『魔道具』もこの魔力由来の魔法だ。精霊魔法は性質上霊的な部分が多く、理屈じゃない。しかし魔力魔法というのは術式が存在し、基本的には理屈が存在する。ではなぜ、知性のない魔物の一部がこの魔力魔法を扱えるのか……といった疑問が浮かぶ」
雄弁に語るルナリア。
「これは、今現在からみた場合の価値観であって、時系列的にたどると、まず魔物の発する魔法があり、それを分析した偉人がいて、魔力を正しい術式に流すと疑似的に魔法が生まれることが実証された。という流れなんだ。なかなかロマンがあるだろ?ここまで知るのにどれだけ文献を漁ったか……」
なるほど。ルナリアはこのロマンに魅せられたわけだ。
そして、彼女はとても聡明で勤勉家だということも分かった。それに理屈っぽい。きっと、数多くある文献の整合性を確認しつつ、他ジャンルの文献から得た知識などで整合性の穴埋めをすることで、確度の高い推論が出来ているのだろう。その知識欲が高いからこそ、エルフの冗長な生活を律して、人間のような活動時間を得たのだろう。
ノアは、なぜかそんな彼女にシンパシーを感じた。
「なるほど……ちなみに今研究している題材は?」
「ずばり、『魔石』だ。鉱石としても産出するが、基本的には魔物の魔力器官として産み出される。これがどういう仕組みで魔力を生み出しているのか……知りたいとは思わないか!?」
熱が入るルナリア。本当に魔法が好きなのだろう。
「そ、そっすね、ヤバいっすね、魔石」
「だろう?はぁ……今後はノアのお陰でもっと研究時間が取れる……この上ない幸せだ」
「本当に魔法が好きなんですね……それで故郷を離れて、人里に?」
ノアは、今朝の話――人里にエルフなんていない――を思い出していた。
「ああ、そうだ。エルフの集落は保守的で伝統を重んじるからな。外界のことなんてほとんど入ってこないんだよ。だから成人してすぐ、出てやった」
田舎を捨て都会に出る若者――まさにそのものであった。
「なんかこう、完全に『魔女』って感じですね。ルナリアさん」
家といい立地といい部屋の中といい性格といい――
「ああ、言っていなかったか?この家は『魔女の家』って呼ばれている。そして私は『魔女ルナリア』」
「へ、へぇ…………」
他称か自称かはわからなかったが、ルナリアはその呼称をひどく気に入っているようだった。




