3章7話 魔女は、デートがしたかった
獣人村への旅行から数カ月経った。
ハイデンで建築中だった、真シルド神正教の大聖堂が完成したと、ダリアから聞いた。
シルド神教の本部にある大聖堂とは、流石に規模が比べ物にはならないようだが、それでもハイデン教会よりは何倍も大きく、観光名所としても人気があるのだとか。
「ノア、しばらく時間あるか?」
珍しく、ルナリアがノアにそんなことを訊く。
「ありますけど、どうかしましたか?」
「いや……その……ハイデンに…………行きたいと思ってだな」
「ん?聖堂に興味が?」
「ほ、ほら、ダリアが言っていただろう?最近魔術関係の書物が良く出回っていると」
確かにダリアは言っていた。
ヒルダンテ公国がフェルニス王国に落ちたことで、元々行われていた魔術研究などが規制。そこで持っていた書物などが処分される前に一斉にハイデンに売却されたことで、ハイデンでは今魔術関係の書物で溢れている、と。
「それで……その…………たまには一緒に……出掛けたり……などどうかと思ってだな……」
ああ、言いにくそうにしているのは、誘うのが気恥ずかしいからか――
「わかりました!いいですよ!僕もハイデンに行きたかったですし」
「そ、そうか!よかった。では早速行こうか!」
はやる気持ちでもあるのであろう。珍しくルナリアの腰が軽かった。
しかし――
「ルナリアさん…………まさかその恰好で?」
「ん?なにかおかしいか?」
着ているのは全身を覆う黒い外套――そのままおとぎ話に出てきてもおかしくない、まさに魔女のそれだ。
くるくると身なりを確認するルナリア。
「以前旅をしていた時に来ていたものだが……黒はすこし地味か?深緑もあるが」
色の問題ではない。ファッションスタイルの問題だ。
「普通の服……町娘のような服はないんですか?」
「ふむ……フレデリカとお忍びで街を回った時のものが、まだあったか……」
それも30年近く前の物だろうが、怪しい外套よりはマシだったので、ノアは渋々了承した。
***
ノアが荷馬車を運転し、隣にルナリアが座る。こんなに近く存在を感じることは初めてで、ノアは気恥ずかしさを隠せなかった。
ちらりとルナリアの横顔を見ると、それは彼女も同じようで、少し頬を赤らめながら俯いている。
「そ、そうだルナリアさん!そろそろマギナ村が見えてきますよ!」
「ほ、ほう!そうなんだな!」
お互いの上ずった声に、二人は思わず笑った。
「あははは!なんかデートみたいで緊張しちゃいますね!」
「はははは……まぁ、みたい、じゃなくデートなんだがな」
ノアの心臓は、デートと聞いて急に跳ね始めた。
「え?で、デートだったんですか?」
「私は……そのつもりだったが……こういうのを、そう言うんじゃないのか?」
ルナリアがそのつもりなら、これはデートなんだろう。
「そ、そうですね、じゃあデート楽しみましょうか!」
こうして、不器用に二人の初めてのデートが始まった。
***
マギナ村を10年以上ぶりに見るルナリア。廃れていた姿を知らない彼女は、今の繁栄ぶりをあまり不思議に思っていない様子だったが、逆にノアにはそれを嬉しく思った。過去の繁栄を取り戻せたということなのだから。
マギナ村を過ぎ、コルダ村で一泊。ルナリアのような美人を連れているとなると、コルダ村で噂になりかねず不安だったが、到着が遅かったので、それほど人の目に触れず宿に入ることが出来た。
二部屋とるつもりだったが、ルナリアが、
「私は同じ部屋でかまわん。なに、あの盛った猫じゃあないんだ。安心してくれ」
というので、相部屋にした。
「馬車の運転、お疲れ様、ノア」
「いえいえ、ルナリアさんもお疲れ様でした」
「それにしても驚いたな。本当に村々の事を良く知っている」
「これでもルークさんと色々回ったり、話を聞いたりしていますから」
「特にマギナ村……以前は20人も住んでいなかったんだろう?大したものだよ」
「ははは……まぁフレデリカさんの命ですから……それに僕は何も」
「謙遜だな……。しかし、フレデリカの言う通り、君には人を導く力があるのかもな」
「確かに過去を考えると、苦手ではないのかもしれません。でも表立って先導していくのは避けたいんですよね……人助けはしたいですが、ルナリアさんとの静かな暮らしが僕にとっては一番幸せです」
「そ、その……私といて……幸せ……なのか?」
急にモジモジするルナリアを見て、ノアも、自分が発した言葉の意味に、恥ずかしくなる。
「僕は……その………………」
恋、という感情は久しく感じていない。だからこの感情をそう断定していいものか、ノアは悩んでいる。その愛は、恩人としてなのか、仲間としてなのか、伴侶としてなのか。大切に思っていることは間違い無いが、しかしここが曖昧なうちに、この一歩を踏み越えていいわけがなかった。
しばらく俯くノア。その関係性の一線を越える可能性を秘めた沈黙に、ルナリアはとうとう耐えられなくなってしまった。彼女もまた、そういったことには慣れていないのだ。
「ま、まぁ!もう夜も遅い!寝るとしよう!」
2人は別々のベッドにもぐりこんだ。
***
朝が来てなお、気恥ずかしさは尾を引いていた。
宿を出る時、その初々しい二人を見て女将さんはなにやらニヤついていたが、決してそういう事ではないことを、どうやっても説明が出来ないので愛想笑いでやり過ごした。
言葉足らずのまま荷馬車に乗り、ハイデンを目指す。
「そういえば、魔術書なら、ダリアさんにお願いすることも出来たんじゃないですか?」
「いや、特定の書物ならそうなんだが、やはりこういうものは自分で漁るのが一番楽しいだろ?」
「あーわかります!なんなら、読むよりも楽しかったり!」
「そうそう!そうなんだよな!ふふふ……今回はどんな出会いがあるか楽しみだ!」
期待に胸を膨らませるルナリアは、どこか子供っぽくも見えた。
「あまり買い過ぎないでくださいね?置く場所も限られているんですから」
そんな話をしていたら、ハイデンに到着した。
久々のハイデン――。ルナリアにとっては実に30年以上ぶりだった。
「ほほう!だいぶ栄えたな、ハイデンも」
「活気のある街ですよね。では僕はルーク商会に荷馬車を置かせてもらいに行ってきますので、その辺にいて下さいね」
ノアはルーク商会に向かい荷馬車を置くその足で、以前泊まった近くの宿を手配する。
少し経ってルナリアに合流すると、彼女は既に何冊かの本を片手に古書を物色しているようだった。
「どうですか、いい本がありましたか?」
「お、戻ったか……すごい、すごいぞノア!ここには何日だっていられる……」
「そうですか、それはなにより……」
これは荷馬車いっぱいになることも覚悟しないと。
ノアは、しばらく同じ古書店を物色したが、ルナリアは一向に店を出る気配が無いので、ハイデン教会へ行ってみることにした。
道すがら、ダリアの言っていた真シルド神正教の大聖堂がみえた。
確かに、ここらの建物の中では一番大きい。特に高くそびえる尖った塔はとても目を引く。出入り口では聖教者と思わしき人が多くいきかっていた。
ルナリアが嫌がらなければ、二人で見学しよう――ノアはそう思った。
シルド神教ハイデン教会にたどり着く。
あの大聖堂を見てしまうと、なんだかみすぼらしく感じる。
「お、ノアさんじゃない。久しぶり。今日も仕事で?」
ハイデン教会の神父ロイズが奥から現れた。相変わらずの寝ぐせ、無精髭である。
「いえ、今日は観光です。ほら、大層綺麗で大きな教会が出来たじゃないですか!」
「ははは……それを私に言うんだね。相変わらずだなぁ。それで見て来たのかい?」
「いえ、後日連れと見学しようかなって。信徒じゃなくても大丈夫ですかね?」
「大丈夫のようだよ。まぁ献金は必須だけれどね。あとまぁまぁしつこい勧誘もあるから、覚悟しといた方が良いね」
「結構アレのせいで商売あがったりなんじゃないですか?」
「ははは……商売って言わないでよ。まぁ多少は減っているかな。あっちに行くのは野心のある若い人が多いね。シルド神教はフェルニス王国内での交易で障害になることもあるからね。特に魔法関係は」
確かポーション、魔道具、魔法関連の書物なんかもシルド神教会が一括管理している、と聞く。
「それで、ロイズさんはどうなんですか?向こうに寝返ったりは」
「さっきから言い方に悪意を感じるなぁ……私が何か悪い事でもしたかい?」
していた。ダリア含めルークの家族にあらぬ誤解を招いた張本人だ。
「ロイズさんのお陰で、僕は未だにダリアさんに男色の趣味を疑われているんですよ。誤解を解いてってお願いしたのに……」
「はて……あの朝のことはあまり覚えていなくてね。すまない。とりあえず神の御加護を」
神様がどうにかしてくれるなら、シルド神教なんていくらでも信仰する。
「それで、真シルド神正教のことだね……私も心中は迷っているよ。シルド神教への不信感はある。けれどそれと真シルド神正教を信仰するのとは別だと考えてね。とりあえず今はこのまま、彼らに石をぶつける仕事を続けているよ」
「そうですか……僕もその方が正しいと思います。石はよくありませんが……」
ロイズは、どこか困ったような、それでいて優しい笑みを浮かべた。
「そうだ、マリエッタさんは元気かい?」
「元気ですよ!いまマギナ村は……」
ノアはここ最近のマギナ村の動きについて話した。驚いてはいたが、それについてマギナ村教会の本会であるハイデン教会から何かをする、ということは無さそうだった。
いくつか他愛のない話をして、ノアはルナリアのところへ戻った。
ルナリアは既に抱えきれない数の本を、店先に積んでいた。




