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3章6話 男は、息抜きがしたかった

 数か月が経った。


 フレデリカの言っていた通り、フェルニス王国はファシルファ王国に向けて大出兵を開始した。

 とうとう、大規模な戦争が始まってしまったのだ。


 マギナ村の住人のうち、元ケルヒ領の領民は少しだけピリついていた。自分たちの故郷が戦場となってしまうのでは――気にならないはずが無かった。



 一方ハイデンで起こった新宗教、真シルド神正教は、この有事に乗じ多くの信者獲得に成功。現在大聖堂をハイデンに建設中のようだ。



 そんな中、ビズマの村からアルとエルが荷馬車を引いてやってきた。


「ノアさん!毎度です!いつもの持ってきました!」


「ありがとうございます!あ、積み下ろし手伝いますね!」


 ノアは交易品を受けとり、対価の食料や日用品を受け渡す。


「ビズマの村は変わりないですか?」


「ええ、特には。ああ、でも最近、オーク族2人がコルダの村に来てくれて、農作を教えてますね」


「え、そうなんですね!それは良かった!コルダの村か……あれ以来行ってないなぁ」


「なんなら、これから行きますか?送りますよ?」


 ノアはここ最近、考えごとばかりしていたので、気晴らしがしたかった。

 少しの間家を空けるとルナリアに説明をし、急いで出発の準備をした。



 ***



 ノルンの村へは、ビズマの村で一泊したのち向かう事となった。


「お久しぶりですノアさん」

 村長ビズが出迎えてくれる。


「だいぶ村らしくなりましたね!」


「ありがとうございます!今では食糧事情も良くなりましたし、日用品も手に入るので便利になりました。これも全てノアさんのお陰ですよ!」


 そんなことないですよ――とノアが照れていると、ここずっと顔すら見ていなかった娘が現れた。


「ノ、ノアーリン!?!?」


 自称ノアの妻、ミィである。

 ビズマの村が出来る前に逢ったぶりなので、もう1年近くなるのかもしれない。逢える機会は何度かあったが、ミィが狩りに出ていたりと、すれ違いが続いていた。


「ノアーリン…………うぐっ……」


「え!?ちょっ!ミィ……どうしたの?」


 てっきり嬉しさのあまり抱き着いてくるかと思っていたが、ミィはその場で立ち尽くし、泣き始めた。


「だ゛っ゛て゛ぇ゛…………え゛っ゛ぐ゛………う゛れ゛し゛く゛て゛ぇ゛ぇ゛……」


「あーもうよしよし……そんな泣かんでも……」


「家゛に゛い゛っ゛て゛も゛い゛な゛い゛し゛ぃ゛………………」


 確かに、マギナ村に滞在することがここ数ヶ月多かった。タイミング悪くその間に顔を出していたのだろう。


「ごめんごめん…………」


 ノアは泣き止むまでミィを介抱した。



 ***



 ノアはミィの家に泊まることとなってしまった。

 身の危険を感じるので、ビズの家が良かったのだが、ミィが

「絶対ヤダにゃ!断固拒否にゃ!」

 の一点張りで、逢えていなかった贖罪も兼ねて、しぶしぶミィの家に泊まることにしたのだ。


「にゃーにゃーみゃーにゃー」


 先ほどからミィはノアにくっついて離れない。


「みゃー……ほら、お腹撫でるにゃ!そうそう……みゃーにゃー」


 ミィは逢わないうちに、押しとおす意志というか、以前より図太さが増したように感じる。独り立ちしてビズマの村に越してきたからだろうか?


「にゃおーにゃー……ノアーリンは少し元気が無いのかにゃ?悩みがあるなら言うてみるにゃ」


「え?そう見える?」


「見えるというか、匂いにゃね……」


 獣人はそういうものも嗅ぎ分けられるのだろうか?


「まぁ少しね……実は人間領で……」


 ノアはわかりやすくかいつまんでミィに話す。悩み、というかこれまであったことを。


「なるほどにゃー……そうかそうか…………全くわからんにゃ」


「ふふ……だろうと思った」


 ノアはなんだかそのやり取りに笑ってしまう。いままで考えていたことは、いや、それらを考えること自体が、もしかしたらとてもバカバカしい事なのかもしれない。そう思えてくる。


「みゃーみゃおー……ほら、尻尾の付け根も!……みゃーにゃおー」


 一定のリズムで聞こえるミィの妙な鳴き声が耳に心地よく、ノアは少しウトウトしていた。

 そのせいで、ノアの手は尻尾の付け根から少し逸れ、ミィのお尻を撫でてしまう。


「にゃっ!……ノアーリン、いまミィのお尻触ったにゃね!」


「……え?あ、ごめん!気が付かなかった!」


「ふっふっふ……これは責任を取ってもらう必要があるにゃね……」


 ミィは立ち上がり、ノアにじりじりと近づいていく。ミィの目がギラりと光る。


「子作りにゃーーーーー!!!!!!」


 ノアとミィの熱き攻防戦が、今ここに始まった――



 ***



 翌朝――


 貞操が危なっかしくて寝てられないので、結局ノアはビズのところに泊まった。


「すみませんビズさん……昨晩は……」


「いえ、こうなるだろうと、妻のマイも言っておりましたので、お気になさらず」


 こうなるのわかっていたら、もう少し事前に手を打っておいて欲しいものである。


「ささ、お楽しみな話はその辺で、ノルンの村へ向かいましょう」

 アルが荷車を引き、乗るようにノアに促す。


「ありがとうございます。アルさん、エルさん。それではお願いします」


 一行はノルンの村へと向かった。



 ***



 獣人の引く荷馬車は速く、昼頃にはノルンの村へ着いた。


「おおノア殿!お久しぶりだな!開村以来か?」

 村長バズさんが快く出迎えてくれる。


「バズさん!お元気そうで何よりです!村はお変わりないですか?」


「変わったことだらけさ!革細工に鉄工、農作なんかも始まった!全部ノア殿の仕業だ!」


 がははは――と豪快に笑うバズ。どうやら順調そうだ。


「そうだ、ベゼルはいますか?」


「ああ、あの奥の、崖のふもとに工房がある。そこにドレイク殿と」


 ノアはこっそり覗いてみることにした。


 工房に近づくにつれ、カン、カンと槌で鉄を打つ音が大きくなる。


 ちらり、と工房を覗くと、すごい熱気の中ドレイクが鉄を打ち、ベゼルはそれを見つつ別の作業をしている。ドレイクが目線を鉄にやりながら後方に腕を伸ばすと、すかさずベゼルが別の槌を渡し、ドレイクは再び槌を振るう。阿吽の呼吸、というやつだ。

 ドレイクは打った鉄をベゼルに見せ、何か説明をしているようだ。そして今度はベゼルが槌を振り、ドレイクは別の作業をしながら見守る。


 とても二人に話しかけられる雰囲気ではなかった。


 作業が落ち着く夕方に声をかけることにし、ノアは農場を見学することにした。


 農場には、とにかく大きな人影――オーク族が二人、獣人族に色々と教えている様子だった。


「どうも、初めまして…………ノアと言います」


 思い切って声をかけてみる。


「ノア……ああ!あなたがあの!初めまして、オーク族のネスだ。ミネスの村で村長をしている。こっちは副村長で妻のロス」

「初めましてノアさん」


「村長!?村長自ら獣人村へ農作を教えに?」


「ああ!そうとも!農作について一番詳しいのは我々だからな!それに折角の獣人族との交流。失礼があってはいけないからな」


「それは大変ありがたい限りです……僕からも礼を……」


「いやいや!それには及ばないよ!我々も、獣人族と交易を持てるようになった。オーク族は農耕の民。この図体のせいで狩りなどはあまり得意では無くてね。それに、ここの獣人族は人間とも交易しているそうじゃないか!ぜひ我々もあやかりたい!」


 オーク族――個人の戦闘力こそオーガ族に次ぐものの、統率力と数でオーガ族と肩を並べる種族。そう聞いていたが、思っていたよりも温厚で、友好的なようだ。


「ミネスの村は、どれくらいのオーク族が住んでいるんですか?」


「そうだな……100はゆうに超えるだろう」


「そんなに……それじゃ農園も相当大きいでしょう?」


「確かに。それに、それ以外にも個人で食う分の菜園を持っているな」


「他にもオーク族の村が?」


「いや、私は知らんな。あってもこの規模は1つか2つ程度じゃないか?あまりオーク族は分かれて小さくしない」


 なるほど。種族それぞれの生存戦略があるようだ。


「ありがとうございました!僕は少し見学してから戻ります!」


「ああ!わからないことがあったら聞いてくれ!」



 ***



 先ほど会話し損ねたドレイクとベゼルのところへ向かう。

 槌の音はやんでおり、どうやら仕事は終わったようだ。


「お邪魔しますーノアですー」


「ノアの兄貴!?突然ですね!」


 ベゼルが工房の片づけをしているところに来てしまったようだ。


「あ、まだ仕事中みたいだね。ながらでかまわないよ」


 すみません――と、ベゼルは手を止めず応対する。


「どう?ドレイク師匠は」


「素晴らしいですね……あんな成りですけど、仕事が繊細で……」


「おう、誰が、なんだって?」


 ドレイクが工房の奥からやってくる。


「ドレイクさん!お久しぶりです!仕事の方はどうですか?」


「ああ、最近オークと取引はじめてな。いろいろ作っている」


 辺りをよく見ると、農具や包丁、武具などがいくつもある。


「ベゼルはどうですか?」


「腕がまだ細っこいからパワーがな……だがまぁ……筋は……その……悪くないんじゃないか」

 ドレイクはツンデレなのだろうか。気恥ずかしそうに、ベゼルを評価する。


「師匠はああいってますけど、まだまだ怒られてばっかっすよ」


「そりゃおめぇ、人間はすぐ死ぬからな、さっさと教えねぇとならん」


 かなり飛ばして教え込んでいるようだ。ベゼルもそれについていけているようで、ノアは安心した。


「あ、もしよかったら、家で飯でもどうですか?なんなら泊まっていってください。師匠、大丈夫ですよね?」


「ああ、しっかりもてなしてやれ」


 ノアは快くもてなしてもらうことにした。


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