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3章4話 男は、新宗教の事で頭がいっぱいだった

 移住が完了したこともあり、マギナ村は活気づいていた。

 倒壊した家屋が多く、老人ばかりの、村とさえ呼べるかどうか、というほど廃れたマギナ村は、いまや近隣のコルダ村を超える人口となった。


 農作物はというと、移住者による農作放棄地の再生、新たな開墾も進んでいる。こちらはもう少しかかるようで、今はルーデン公国からの援助を足しに生計を立てている状態。これが解消されれば、いよいよマギナ村は自立した村――規模としては町だろうか――として、成り立っていけるだろう。


 村長は継続してラエルが執り仕切っているが、高齢を理由にナイトハルトへ引き継ぐつもりのようだ。実際、いろいろな事はナイトハルトにまず相談がいっているようなので、任せて問題ないのだろう。ノアも少し前からマギナ村のことは任せ、魔女の家での仕事に従事していた。


 再び訪れる、静かで穏やかな生活――


 まるで老夫婦のように、ノアとルナリアは日々を過ごしていた。


「毎度さまですーダリア商会ですがー」


 ダリアが、交易をしにやってきた。


「今回もいつものが、いつもの量です」


「ありがとうございます。こちらもいつもの、ですわ」


 取引が安定しているので、内容は変わり映えしない。獣人の村から革製品と紅茶、魔女の家からはポーション、ダリア商会からは干し肉とパン、野菜に果物、穀物。


「そういえば、ノアさん。聞きました?最近ハイデンで新宗教が出来たそうで」


 ノアは初耳だった。というよりも、情報はダリアが持ってくるものがいつも最新だった。


「真シルド神正教、というらしいのですが。なんでも、この間ヒルダンテ公国がフェルニス王国に侵略されたじゃないですか。あれ、実はシルド神教への叛逆が理由のようで、シルド神教会の本部シルドニア皇国がフェルニス王国に指示をして行った聖戦らしいのですわ。そこで、ハイデンに逃げてきたヒルダンテ公国の神父やシスター数人が、シルド神教の真の教えとはこのような聖戦をしたりしない!と立ち上げたそうで」


「なるほど…………そうなるのか……」


 もし、あの侵略戦争を聖戦と称するのなら、どこかで軋轢は生まれるとは思っていた。それがまさかハイデンに飛び火するとは、ノアも予想はしていなかった。


 ふと、ロイズの事を思い出す。彼はハイデンのシルド神教会神父だ。しかし心情としては、真シルド神正教の言っていることに賛同しているだろう。彼はどう動いたのか。ノアは気になった。


「ところで、ロイズ神父は……」


「そうですわよね!気になりますわよね!お二人は、そそその、そういう仲ですものね!!!」


 あ、これ誤解とけてない奴――


「ま、まぁどういう仲を指しているのかはわかりかねますが……酒を酌み交わした仲ですし。それで彼は?」


「何度も誘われているようですが、その度に断っている、とか」


 ロイズの心中を察し、複雑な気分になる。この新宗教の動きは、シルドニア皇国にとってハイデンへの聖戦の理由になってしまう。ハイデンの事を考えるなら、賛同すべきではない。しかし心情は――


「そうですか…………ありがとうございます」


「情勢も含めて、何かまたあればお話しいたしますわ。では私はこれで……ルナリアさん、少しよろしいですか?」


 ダリアはルナリアのところへ行き、耳打ちで話をする。


「(こないだの本……いかがでしたか?)」


「(すまない……私には……その……少し刺激が…………)」

 顔を赤らめるルナリア。この間と同じ反応をしている。


「(もう少しライトなのも、ご用意できますが……)」


「(いや………あの……普通の…………男女間の恋愛ものは…………)」


「(あら……そういうのでよろしいのですか?)かしこまりましたわ。次の機会までに、名作を見繕ってご紹介させていただきますわね」


 なにやら怪しい雰囲気の二人だったが、ダリアがそういうと、そそくさと帰ってしまった。



 ***



 ノアはマギナ村に来ていた。

 どうしても真シルド神正教の事が気になってしまい、そしてそもそもシルド神教の教義自体をよく知らない事も気になり始めたので、マリエッタさんに教えを乞おうと考えたのだ。


「シルド神教の教義?随分突然な話だね……ははん、さては真シルド神正教の事をダリアから聞いたね?」


「はい……どうしても気になってしまって……」


「いいだろう!たまにはシスターらしいところを見てもらわないと、この格好の意味がない!で、どの切り口から聞きたい?教典はまあ長編大作なもんで、全部は話せない。質問に答える形式の方がありがたい」


「では、まず全体的にどんな教えなんでしょうか?ざっくりでいいんで」


「ではざっくりと。シルド神教は、この世界の創造神とされているシルド神を奉る宗教だ。神の作った世界で、神に従って生きて行けば、天国に行ける。そんな教え」


「神はどのように世界を作ったのですか?」

 ノアは異世界転生者だ。この世界を作った神が、こちらの世界に転生させた可能性もあるので、興味があった。


「まず大地を作り、そして動植物を、最後に人を作った、とされているね。人は皆、自由に魔法が使えた。しかしそれを悪用するものが現れ始めた。そして戦いとなった。それをいたく悲しんだ神は、世界を二つに分けることにした。魔力を持つものは知恵を捨て北へ、知恵を持つ者は魔力を捨て南へ、とね」


「つまり、北へ行ったものは魔族となったが魔法体系は失い、南へ行ったものは魔法体系は維持したが魔力を失った、と?」


「んーまぁここは解釈が分かれるね。実際、魔族の森にいる魔物や魔族は魔法を使うようだし、獣人のように知恵のあるものもいるからね」


 以前ルナリアが言っていた、知性の無い魔物が魔法を使える、というよりも、人が魔物から魔法を解析し魔石から生み出せるようにした、という話を思い出す。なるほど。前者の価値観はここから来ているのかもしれない。


「シルド神は、実在するんですか?」


「あーいい質問。哲学者なんかは特にその手の話が好きだよね。まぁ私の立場からは、いる、としか言えない。しかし考えてもみてよ。『いない』と言う事を証明するのは、『いる』を証明するより難しいのではないかい?」


「確かに……いない、は無いから証明できない……」


「そう。だから逆説的に、いる、とひねくれた私はそう答えているね」


 揚げ足取りのような詭弁だが、そういう、有るとか無いの次元で定義していい話ではないのだろう。神は、在るか、ではなく、感じられるか、であり、天国もまた、在るか、ではなく、信じるか、なのだろう。信じる者は救われる、なんてよく聞いた話だが、その言葉の意味が今になって少し理解できる。


「最後に一つだけ。マリエッタさんは、この間に起きたヒルダンテ公国侵攻や真シルド神正教の事を、どう考えていますか?」


「そうだねぇ…………考えていない、だな。私は美味い酒が飲めればそれでいい。それが叶わなくなりそうなときに初めて、考えるさ」


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