3章3話 娘は、魔女に会いたがった
ナイトハルト率いる元ヒルダンテ公国ケルヒ領の領民の、マギナ村への移住が本格的に始まった。
ルーデン公国から大工などが多数派遣されたこともあり、倒壊していた家屋の再建はほぼ完了。ついでに宿兼酒場の建設、食料や日用品を扱う店も小さいながら完成し、マギナ村は見違えるほど綺麗になった。
そしていよいよ、一部だった村への移住者も、数日後には全数が移住してくる運びとなった。
元ケルヒ領領民に加え、ルーデンからも新天地で店を開きたい者などが集まり、総勢50名ほどと膨れ上がった。急に大きな村へと変わることにノアは少し臆していたが、村長ラエルもルーデン公国公女フレデリカも好ましい目で見守っているのを見て、心配するのを辞めた。
食糧問題はじめ交易については問題が多かったが、ルークの計らいで、専門のルートを用意すると言ってくれた。魔女の家、マギナ村、コルダ村、ハイデンに合わせて、酪農中心のニース村などの近隣村との連携強化もそうだが、将来的にはルーデン公国との交易強化を狙ってのことらしい。いかにもルークらしい先を読んだ投資だ。
そして、そのルークの計らいでやってきたのは――
「お久しぶりですわ。ノアさん」
ルークの長女にして、現在ダリア商会を立ち上げた商人、ダリアであった。
「お久しぶりですダリアさん!改めて、独立おめでとうございます!」
「ありがとうございます。これでノアさんへのお約束、果たせそうですわね」
約束――?
「私はお約束しましたわ。ノアさんに幸せになってもらう、と!」
「ああ、そういえばそうでしたね!こちらこそ、商売のお役に立てそうで何よりです。それで、今日はどのようなご用向きで?」
「大工がいる今のうちに、拠点を作っていただこうと思いまして」
「拠点?ここに?」
「ええ、ダリア商会はハイデンを離れ、ここマギナ村に拠点を移すことにしましたわ。まぁ父の言葉添えもあってのことなのですが……」
今後マギナ村はきっと大きくなる。ルーデン公国との交易や魔族の森との交易も考えるなら、マギナ村は良い立地となるはず。今のうち唾をつけておくことは、今後大きな利益となるだろう――と。
「なるほど……さすがルークさん……見えている視野が広い……」
「それで、大きめの倉庫と事務所を立てたいのですけれど、まだ場所はあるかしら?」
ノアは良さそうな場所を見繕い、村長へ取り次いだ。
「ありがとうございますノアさん。村長の許可が下りましたわ。今後はここを起点に、ニース村、コルダ村、そして魔女の家。この4点の内部流通を私ダリア商会が担当します。外部とはルーク商会を通じて仕入れと卸しを。ですので……その…………」
ダリアは少し言いにくそうにする。
「ん?なにか頼みごとでも?」
「あの!私を魔女の家に!案内していただいてよろしいですか!!」
鼻息荒く、ダリアはそう懇願した。
***
マギナ村から、空の荷馬車で半日かからない距離の魔女の家に戻ってきた。ここしばらくはマギナ村の再建を手伝っていたこともあり、帰るのは数日ぶりだった。
「ここが……夢にまで見た……魔女の家……まぁ素敵!まさに魔女の家!!」
大興奮のダリアであったが、このままルナリアに会わせては、お互い粗相をしかねない。まずはダリアを落ち着かせるために、ビズマの村から届いた交易品が置いてある物置に案内した。
「なるほど……これらを獣人族が…………ぜひともお会いしてみたいですわね!」
「そのうちね。魔素の適性があれば、獣人の村へ連れて行くことも出来たかもしれないけど……」
「それは残念……私にはその素養がありません……はぁ獣人の村……一体どんなところなのでしょう……」
まるで夢見る乙女のように、ダリアは天を仰いだ。
「今日は魔女で我慢してね」
これで少しはルナリアへのハードルは下がったはず――ノアはダリアを魔女の家へと案内した。
「ただいま戻りました」
ノアが魔女の家へと入る。続いて恐る恐るダリアも中へ入っていく。
「お邪魔……しま……す……」
ダリアは興味津々といった具合に、家の中をまじまじと観察する。
「おかえり、ノア。なんだ、今日は生きた人間を連れてきたのか?」
きっと以前、ミィを抱きかかえて帰ったことを言っているのだろう。それにしても言い方というものがある。
「初めまして、生きた人間、ダリア商会のダリアと申します。ルーク商会から引き継いでお取引させていただく事になりましたので、そのご挨拶に」
仕事モードのダリアは頭がよく回るようだ。ノアに向けられたルナリアの皮肉をあえて受け、冷静に自己紹介をしてのけた。
「ふむ……魔女に臆しないとは、大した度胸だ。私はルナリア。初めまして」
「ルナリアさん……お近づきの印に、手土産を用意いたしました……どうぞ」
ダリアは鞄から一冊の本を取り出す。
「おお、これは!魔法研究論文の新刊!ダリア……君とはいい取引ができそうだ!」
ルナリアは大層喜んでいる。流石商人。心をつかむ方法を心得ているようだ。
「…………………ルナリアさん、もしよろしければ、こちらも」
なにやら小声でルナリアに耳打ちをし、そっと小さな本を手渡す。
「ん?これは………………なっ!!!」
ルナリアは少し読んだ後、顔を真っ赤に染める。
「もし、お気に召したようでしたら、続きを手配いたしますわ…………」
ずる賢いキツネのように目を細め、ルナリアにそっと耳打ちをする。
パタン、と本を閉じたルナリアは、まだ火照る頬のまま、考えておく、とだけ返した。
ノアは、なんとなく、本の中身を察していた。
後日、ルナリアの隙を見て中身を確認したが、予想は的中。
「ルークさん…………案の定、交易品にしてますよ、ダリアさん…………」
きっと近隣の村々で流行るんだろうなぁ――ノアは遠い目をした。




