3章2話 亡命者は、ただ報われたかった
ノアは客室の大きなベッドの上で、考えごとをしていた。
昨日のクリスから訊いた話から、元ケルヒ領民を移り住ませるなら、農業が出来る場所が良いだろう。食料事情を考えると、開墾している時間は無い。既に食料が大量に生産されていて、且つ農地に空きがありそうな場所が好ましい。そして30人ほどが移り住めるキャパがあるところ、となると――
「マギナ村……しかないか」
魔女の家から一番近く、大陸西側では最もフェルニス王国から離れている。元々少し栄えた村だけにキャパもあるし、なにより農村だ。これほど条件に合った村もなかなかないのではないか。
そうと決まれば、早速フレデリカへ報告だ。支度を済ませ、フレデリカのいる執務室へ向かった。
「なるほど……たしかにマギナ村がふさわしそうね」
「はい。あとは僕とナイトハルトさん、クリスさんでマギナ村へ向かい、交渉してみようと考えています」
「そうね。こちらからも馬車と護衛、手土産を用意いたしましょう」
「ありがとうございます。これからナイトハルトさんにも報告し、出来れば明日、出立したいと思います」
そして、ナイトハルトへも報告をしにいく。
「おお!さすがノアさんだ!聞いていただけのことはある!」
「問題なさそうですか?」
「ああ問題ないだろうさ!マギナ村のことはよく知らないが、これ以上の条件はそうないだろう!領民を代表して礼を言わせてくれ!ノアさん!本当にありがとう!」
ナイトハルトは、ノアをキツく抱きしめる。
「うっ……まだ、移住が決まったわけじゃありませんから……」
「それでもだ。希望は生きる糧となる!」
それを見るクリスもまた、少し安堵した表情をしていた。
***
そしていよいよ出発――
4日かけてマギナ村へと向かう。ルーデン公国から借りた馬車で、ノアとナイトハルト、従者クリスが同席となり、他愛のない話をしていた。
「そういえばナイトハルトさん、以前フェルニス王国で魔道具技師をしていたと伺いましたが」
「ほう、クリスから聞いたのだね。そう、私はつい最近まで魔道具技師を生業にしていたよ。一人前には程遠かったがね。主に装飾やギミックなどを担当していたよ」
「ナイトハルト様は、こう見えて手先がとても器用なんですよ」
「こう見えてとか、酷い言い草だな!私ほど繊細な人間は他にいないだろうに」
「ははは……それで、どのようなギミックを?」
ノアは興味があった。この世界に来て、水車や風車のような簡単な機構の機械すら見ていない。それはきっと、全て魔道具で簡単に賄えてしまうからだ。
「そうだなぁ……例えば、ダイアルを変えるだけで術式を変え、一つの魔石から別の効果を取り出せるようにしたり、盾の内側にアイテム収納や写真を飾れるようにしたりしていたね」
「特に最初のダイヤル式魔道具は革新的で、国内でもかなり評判が良いものでした」
「へぇ!すごいですね!」
「あっはっは!しかし私は、もっと大きな野望を持っていてね!例えば火。これは別に魔道具が無くても自然界にあるものだろう?しかし人間は、火おこしを魔道具で行う。それはなぜか?簡単だからさ!では火おこしが魔道具無しで簡単に起こせたらどうだろう?こういうものが増えれば、魔道具に頼らない世界になるのではないか?私はそう考えているのさ!」
ノアは驚いた。この世界で、魔道具の無い世界を想像している人間がいることに。魔法があるから科学がないこの世界は、発明と言えば魔道具――魔石からどのような術式で効果を取り出すか。しかしナイトハルトの発想は、いわばノアがいた世界においての発明である。
「魔道具がない世界……なぜそのような世界を?」
ノアはさらに訊いた。魔法の世界で科学を生むことは、何を意味するのか、を。
「さあ?ただ私に興味があるだけさ!」
ノアは少し呆気にとらわれた。が、科学者や発明家は往々にしてそういうものなのかもしれない。世界を変えたい、だとか、使命感だとか、そういうものよりもまず、興味関心があって成り立つ。そしてそれが数珠つなぎで誰かが受け継ぎ、発展させていく。世界はその過程で変わっていくのかもしれない。
ノアは、スケールの大きい人に出会えた、のかもしれない。
***
長い旅路だったが、ナイトハルトの尽きない話のお陰で、暇することなく、マギナ村へ到着した。
「なるほど……よく肥えた大地だ。すばらしい」
ナイトハルトは畑の土を掴み、喜んでいた。
「では、まず教会に行きましょう。そこで村長とお話を」
ノアはまずマリエッタに事情を説明し、村長に取り次いでもらうことにした。
「マリエッタさん、いますか?」
「お、なんだノアじゃないか。随分仰々しいご一行だな。泊まるんだろ?お布施は弾んでくれよ」
「もちろんです!それと料理はこちらで用意させてください。そしてマリエッタさんに折り入ってご相談が……」
ノアは経緯をマリエッタに説明する。マリエッタは快くOKを出してくれ、教会にノア、マリエッタ、村長、ナイトハルト、クリスが集う。
「まずは改めて自己紹介から。僕はノアといいます。以前ルークさんと来た際に、簡単なご挨拶しか出来ませんでしたので……。そして彼が移住希望者代表のナイトハルトさん。元ヒルダンテ公国の貴族です。そして従者のクリスさん」
「ナイトハルト・ケルヒと申します」
「従者、クリスと申します」
「マギナ村の村長、ラエルと申します……わざわざ遠いところからお疲れでしょうに……」
「早速本題なのですが…………」
ノアはラエルに経緯を事細かに説明した。
「ふむ…………概ね了解しました。いくつか条件はありますが、こちらも若い働き手が増えることはありがたいこと……移住を受け入れたいと思います」
「ああ!ありがとう村長!その寛大な御心に、我が領民は救われた!本当に……ほん、とう、に…………」
重責、不安――今まで人知れず、ずっと張りつめていたのだろう。ナイトハルトは感極まり、涙を流した。ラエルの手を握り膝をつき、何度も、何度も礼を言いながら。




