3章1話 亡命者は、とても口達者だった
「では、ノア様、執務室にご案内いたします」
フレデリカ・フォン・ルーデン公女陛下の執事であるアルベルトに、彼女の執務室へ案内されるノア。
――彼はいま、ルーデン公国にいた。
事の始まりは、5日前の遡る。
魔女の家に、久しぶりに立派な馬車がやってきた。
ルナリアもノアも、てっきりフレデリカがやってきたのだと、慌てて部屋の掃除をし出迎えたのだが、そこに現れたのは執事のアルベルトだった。
「今回も突然の訪問失礼いたします。急なお話で大変恐縮ですが、ノア様、フレデリカ公女陛下がお呼びでございます。ご同行いただけますか?」
「え、今すぐですか?」
「さようでございます。もしお忙しいようでしたら、日を改めますが……」
ノアはルナリアを見やる。
「問題ない。行ってやれ。全く……あの方はいつも突然だ……」
「誠に申し訳ございません。殿下がおっしゃるには、手紙を届けるよりその方が早い、とのことで」
はぁぁ――と長いため息をするルナリア。
「それではすぐに準備しますね。少しお待ちを」
ノアは早急に旅支度を済ませ、馬車に乗った。
そしてそれから5日間。長い旅路の末、ようやくルーデン公国にたどり着いた一行は、そのまま首都ルーデンに入り、ルーデン城で一晩を過ごした。
そして明朝、こうして今まさにフレデリカの執務室に案内されている。
コン、コン、コン、と上品なノック音をさせるアルベルト。
どうぞ、の声で彼はノアを中へ通した。
「お久しぶりね、ノアさん。すこし顔つきが精悍になったかしら」
「お久しぶりにございます。フレデリカ公女陛下」
ここは公室。魔女の家ではない。膝をつき、丁寧なあいさつをするノア。
「フレデリカでいいわ。貴方は親愛なる友人ルナリアの恋人ですもの、私としては友達と同等ですもの」
「ありがとうございます。それではお言葉に甘えてフレデリカさん、と。しかし……僕とルナリアさんはいつから恋人に?」
「あらあら、まだだったようね。本当、あの娘の時間感覚は……。まあいいわ、とりあえずかけて頂戴」
ノアは案内されるまま、ソファに腰を掛ける。
間もなく、アルベルトが紅茶を持ってきた。嗅いだことのある香り。それはノルンの村で生産している紅茶と同じ香りだった。
「単刀直入に訊くわ。貴方、村を作る気はない?」
「え?」
「村よ。聞くところによると、貴方、魔族の森で獣人の村を作ったそうね」
「確かに開村のお手伝いはしましたけど、そんな急に村なんて……」
ふふふふ――と上品に口元を隠しながらフレデリカは笑った。
「ごめんなさい、少しだけからかってみたくなってしまったわ。これではルナリアの事を悪く言えないわね」
あははは――とノアも笑っては見せたが、心の中ではまだ気を許せていない。何か重大な話があるからこそ、往復10日もかけて迎えに来たのだから。
「さて、ここからは真剣なお話。先日、ヒルダンテ公国がフェルニス王国の支配下になったのはご存じ?」
「いえ」
「そう。それで……いえ実際にはその少し前からでしたが、ヒルダンテ公国から貴族とそのご一行が、ここルーデンに亡命してきていてね。ルーデン公国としても、迎え入れてあげたいのはやまやまなのだけれど、ヒルダンテの元貴族を匿ったとなると、それを理由に刃先をこちらに向きかねないわ。それで、どこかに移住させたいと思っているのだけれど、ノアさん、どこかいいところ知らないかしら?援助は惜しまないわ」
「なるほど……それで、村を作る気はないか?ですか……」
「あながち冗談でもなかったわね。それで、わざわざ来てもらったのは、そのご本人に一度会ってもらおうかと考えてね」
アルベルト、中へ――とフレデリカが声をかけると、二人ほど中へ入ってきた。
一人は男性。佇まいから見るに彼がその貴族なのだろう。
そして、その従者らしき男性――いや女性だろうか?主よりは若い顔立ちで、彼の後ろに付き従っている。
「初めてお目にかかる。元、ヒルダンテ公国ケルヒ領領主、ナイトハルト・フォン……いや、ナイトハルト・ケルヒだ」
「私めは、ナイトハルト様の従者、クリスと申します」
「申し訳ない、フォン、だなんて…………まだお貴族気分が抜けてないようだ!あっはっは!」
自己紹介で高笑いをする人を、ノアは初めて目の当たりにした。
「…………初めまして、ノアと申します」
「彼らが亡命者の代表です。ちょっと風変わりなお方だけれども……。さぁ、お二人もかけて頂戴」
ナイトハルトはノアの隣のソファに腰掛け、クリスはその少し後ろに控える。
「では、ナイトハルトさんから、ノアさんに経緯の説明を」
「かしこまりました。ではノアさん、我々ヒルダンテ公国はフェルニス王国から侵略を受け、敗戦してしまったのは承知の通りだ。話はその少し前に遡る。我がケルヒが代々統べるヒルダンテ公国ケルヒ領は農業が盛んでね。色々なものを作っていたよ。麦はもちろん、大体の野菜、たばこの葉なんてものも作っていたこともあったな!元々肥沃な大地でね。何を作っても作物は大きく良く育つ!そもそも」
こほん、と端で聞いていたフレデリカが、咳ばらいをする。
「あっはっは!これは話が遡り過ぎたね!失礼!話を戻そう。ヒルダンテ公国が敗戦する少し前、我々の領地にもフェルニス軍が侵攻してくる、という話があってね。実際、その数日後には侵攻があったんだが、その話を聞いた時点で、この領地に残りフェルニス王国配下となるか、私と共に国を捨て、新天地へ旅立つか、それぞれに選ばせたんだ。どちらを選んでも辛い選択になるからね。家族内で意見が分かれるなんてこともあった。共に来てくれたデイビスのところは、子供が三人もいてね!奥さんは子供三人も連れて逃げられない、なら大人しく残った方が良いんじゃないかって。そもそも」
こほん、とフレデリカが、再び咳ばらいをする。
「すまない!私の悪い癖だな!あっはっは!で、ここまでくる間にいくつか村や街に受け入れを願ったが叶わず。とうとう最後の願い、海岸沿いのこのルーデン公国にたどり着いた、という訳さ!」
身振り手振りで話をするナイトハルトは舞台俳優のようで、ノアは圧倒されてしまった。
「…………そ、その、連れてきた領民は、どれくらいいらっしゃいますか?」
「ざっと30人程。農民出身の若者が中心だ。残ったのは年寄りばかりさ……引っ張ってでも連れてくるべきだったのかもしれんがね……」
「心中、お察しいたします」
「ありがとうノアさん。お優しい方だ!しかし案ずる事は無い!きっと残った領民も、フェルニス王国支配下でもなんとかやっていけるさ!むしろ残って危なかったのは私の首の方だったからな!あっはっは!」
どうも、ナイトハルトはこういう性分らしい。
「そうですよね……領主が逃げたとなれば捜索されそうなものですけど、よく平気でしたね?」
「そこは私の父上を身代わりにね。長きに渡り病に伏していて、それで領主を私に代替わりしたんだが、フェルニス王国軍の侵攻がこの領地に来る!というまさにその直前で亡くなってしまってね。その父の遺体を領主に見立て、あたかもこの戦争を憂いて自死したように偽装を施したのだよ。僅かだが、逃げる民の為に死して尚尽くすその姿は、とても神々しく感じたものだよ!」
「そうでしたか…………お悔やみ申し上げます……」
「それで、我々元ケルヒ領民に新天地のあてはありそうかね?ノアさん」
「…………そう……ですね……すぐには浮かばないですね。少々考えさせてください」
「ご苦労をかけるね。なにか褒美を……って、あっはっは!何も無かったな!すまない!」
どこまで真剣なのだろうかこの人――少しだけノアは疑わしく感じた。
***
フレデリカからも直々にこの件を託され、結論が出るまでしばらくルーデンに滞在することとなった。
その晩、滞在している城の客室へ、ナイトハルトの従者クリスがやってきた。
「夜分に失礼いたします。ノア様、少しお話よろしいでしょうか?」
ノアは、部屋の中へ案内した。
客室はさすが王城で、宿とは違い豪華で広いため応接間も備えてある。一応、クリスが女性であることを想定し、おもてなしをする。
「それで、僕にどのようなご用件で?」
「はい。先ほどのナイトハルト様のお話された内容なのですが、念のため補足を、と思いまして」
「補足?」
「ナイトハルト様はあのようなお方なので、ノア様も信憑性を欠いてらっしゃるのでは、と」
いえ、そんなことは――とは言えなかった。事実、どこまで本当か測りかねている節がある。
「ノア様がお感じになられているのは、ごもっともです。ですが、決して悪いお方ではないのです。前領主である御父上も、偽装に使われたわけではありません。ナイトハルト様はあまり湿っぽい話や同情を買うような話は好まないようでして…………」
クリスは、真相を話した。
まず、ナイトハルトは父と反りが合わず、領地は次男に継がせろと、最近までフェルニス王国で魔道具技師をしていたこと。しかし流行り病で次男が死去。さらに領主である父も患い、急遽、領主となるべくフェルニス王国からケルヒ領へと戻ったこと。そのタイミングでフェルニス王国の侵攻が始まり、どう領民を守るべきか考えていたところ、父が領主として残り、息子を国外へ逃がす決断をしたこと。急いで領民の家一軒一軒を回り、国外逃亡の希望者を募ったことを。しかしついてきたのは、ナイトハルトの心根を知る若者のみであったことを。
「そうでしたか…………」
重たい話であった。ナイトハルトは、領主のドラ息子だったかもしれない。しかし、結局は領民を、父を想い戻ったが、運に見放された。さぞ自分の行いを悔いただろう。
「わかりました。移住先については、僕に任せてください!それでクリスさん、もう少し時間よろしいですか?」
ノアは、よりよい移住先選定のため、連れてきた領民の話やケルヒ領の話を訊くことにした。




