2章11話 男は、静かに生きていると感じた
魔女の家に来て、もう数か月が経った。
色々な人と出会い、様々な事があり、ここでの生活も板についてきた。
腰を落ち着かせられた一番の要因は、ノアに部屋が与えられたことかもしれない。
やはり、プライベートがあると充実する。それまではどこか根無し草のような、ふわふわとした感覚があった。異世界の中で異質な存在――そんな浮いた感覚。しかし今は違う。部屋があることで、自分の存在がここに在って良いのだと感じさせてくれる。仲間からの信頼なんかももちろん大切だが、こういう目に見えた物の大切さを身をもって知った。
フレデリカが用意してくれたノアの部屋は少し大きめで、ベッドはもちろん、書棚、そして大きな机が備え付けてあった。書き物はおろか、なにか作ったりも出来そうなほどの大きさだ。
そこには、一冊のノートが置かれている。
そのノートは、部屋が出来たころにルークからいただいた物だった。曰く、商売人は情報が商品――だそうで、このノートに聞いた情報やタスクなどを書き溜めることを勧められてのことだ。ノアは別に商売人を目指しているわけではなかったが、ここに来て頼まれ事などのタスクも確かに多かったので、今では重宝している。ルークに感謝だ。
ノアは今朝もノートの内容を読み返す。
大陸の南半分――人間領について
ポーションの件
まずフレデリカから頼まれていたルーデン公国への納入分200は完了。こちらで手売りする分30と、定期的にルークへ売っている分、それとルーデン公国からの追加に対応できるようにと合わせて、多めに在庫できている。これでひとまずは増産体制は一旦目途がついた。あとは在庫やルーデン公国からの発注次第、といったところだ。
このポーション増産の原因となっている、フェルニス王国によるヒルダンテ公国侵攻は、開始からかなり日が経つが、依然フェルニス王国優勢らしい。ヒルダンテ公国が落ちるのも時間の問題――そう噂になっている。今のところ巷のポーション不足は軽微とルークは話していたが、フェルニス王国の次の標的、ファシルファ王国への進軍があれば、ポーションは確実に不足するだろう、とも言っていた。
そもそもフェルニス王国はなぜファシルファ王国を攻めようとしているのか、については、フレデリカの指示でルーデン公国の諜報部が調査しているそうだが、フェルニス王国の裏にシルド神教総本山であるシルドニア皇国がいるという噂を裏付けるに至っていない。大陸を二分するエルデ山脈を挟んで反対側に位置するファシルファ王国は、特定の宗教を持ってこそいないが、フェルニス王国やルーデン公国のある大陸西側と違い、ファシルファ王国のある東側は多神教であるミンツ教が主流、東側北部の一部では自然崇拝。つまり、西と東で宗教形態の違うので、シルド神教が火種にしている――というのが、ハイデンでミンツ教の人が言っていた演説の内容である。これも裏を取れていない話。
マギナ村
かつて魔素の比較的濃い人間領で、魔法適正の高い人間が多く出生したため、魔法使いの村と呼ばれていた村。麦の生産が盛ん。粗暴なシスター、マリエッタがいる。
コルダ村
ベゼルの故郷。鉄鉱石の採掘が盛んで、交易品は鉄。宿と酒場がある。
ハイデン
大きな商業都市。フェルニス王国との交易拠点として起き、国に属していない自治領。ルーク率いるルーク商会と、最近その下請けとして仕事を始めたルークの娘ダリアによるダリア商会の拠点がある。
シルド神教ハイデン教会には粗雑な神父ロイズがいる。
大陸の北半分――魔族の森について
ビズマの村
食糧問題から、ナーレの村とノルンの村からさらに新村ビズマの村を開村。それぞれの村から移住が始まったところだ。
交易品については、ノルンの村からの薬草と茶葉、革製品を主軸に、ルビーなども少量。薬草は現在、ポーション増産様子見なので減量。茶葉は乾燥方法を確立出来たので、紅茶として高値で交易中。しかし茶葉は採集によるものなので、今後を考えると農作に切り替えたいが、獣人族に農作技術がないので課題。革製品は順調。安定して交易出来ている。
村長はビズ、ノルンの村村長バズの息子。妻にナーレの村村長ヤドの次女マイ。
ヤドの三女ミィも移住。
ノルンの村
現在、ドワーフ鍛冶師ドレイクが移住。現地で取れる鉄鉱石を加工して、獣人村中心に配給しているが、今後は元のようにオーク族やオーガ族との物々交換もドレイクは考えているようだ。
そして弟子入りした人間ベゼル。まだ見習いだが頑張っているようだと聞く。多くを語らない二人だが、親子のように暮らしているとも聞き、一安心。
ビズマから人間へ交易している物のほとんどをここで生産。
村長はバズ。ヤドと旧友。
ナーレの村
3村分の狩猟と採集を中心とし、食料供給を担っている。狩猟で得た皮もノルンへ供給。
村長はヤド。
「よし……と」
現在の残っているタスクは、情勢の注視、茶葉の農作であることを再確認する。
特に茶葉の農作は、ノアが動かないとならない案件だ。マギナ村から農作を教えてもらうか、オーク族なんかは農作をしていると聞くので、上手く取り次いでいくか。もしくは根本的に、茶葉の交易を辞め他の物に変えるか。情報を多方面から集めつつ決断しなくてはならない。
獣人族との交易の中継、という仕事を始めてから特に日々が充実している。仕事の無い日とのバランス、自然豊かな環境、皮肉屋だが美人な家主。おだやかで、良い仲間に恵まれ、自分を大切に出来ている実感――
これこそ過去、ノアの求めていた『静かな生き方』そのものだと感じたのであった。




