2章8話 魔女は、ただ恥ずかしくなった
「それにしてもびっくりしました。ルナリアさん、ルーデン公国の公女とお知り合いだったんですね……」
ノアは緊張のあまりどっと疲れた。旅路の疲れが飛んでしまうほど。
「まあな。昔……もう50年以上前になるのか。エルフの村を飛び出して、世界を放浪していたことがあってな。その最終地がルーデン公国でね。いきさつはもう忘れてしまったが、成り行きでそこを治めるルーデン公に雇われることになって、そこの長女フレデリカと知り合ったんだ。まぁ見た目は大して変わらない歳だったこともあって、彼女は私に興味を示してね。私はその頃人間不信なところがあったから、あまり深くは関わらないようにしていたんだが、それがどうも逆に彼女の好奇心を刺激してね。気が付いたらよくつるむようになった。色々な事をしたよ。そして10年。彼女の結婚を機に、ルーデンを離れようと決意して、今に至るんだが、どうもフレデリカは、自分が私を追い出したように感じたらしくてね。それでこの家とソファを私にくれたんだ」
旧友に逢ったせいもあるのだろう。今日のルナリアは饒舌だった。
「それであんなにソファを大切にしていたんですね……」
それにしても――とノアは続ける。
「友達、いたんですね」
「ま、まぁ、長く生きていれば一人くらいはいるさ」
ルナリアは少し恥ずかしそうに応える。
「あ、そうそう、昨日獣人から薬草が届いていたぞ。まだ手を付けていないから、確認しておいてくれ。対価が必要だろう?それと、相談したいことがあるから、数日後に迎えにくると言っていた」
「わかりました。ありがとうございます」
早速、薬草の量を確認する。ルナリア曰く、全て問題なく使える質のいい薬草だとのことだった。ひとまず取引できそうでノアは安心した。
いままでノアが留守にしていたこともあり、ポーションの在庫はあまり作れず10ほど。ルーデン公国へ納める200と、近隣で売る分として30を確保するとしても、まだまだ薬草は必要だ。先々はどうなるか分からないが、情勢が落ち着けばポーションの生産は減っていくので、薬草での交易も減る。今のうちに薬草以外の交易品を獣人の村ノルンで作らなくては。
***
数日が経ち、ルナリアの言っていた通り、獣人――ビズが魔女の家にやってきた。
「お久しぶりです!ノアさん!」
「お久しぶり、ビズさん。どうですかビズマの村の建設は」
「とりあえず仮住まいが出来たところです。なかなか建物を建てるのに苦戦してまして……あ、そうそう、薬草!見てもらえましたか?」
「見ました見ました!質がいいってルナリアさんのお墨付きももらえましたよ!交換品に関してはもう少し待ってくださいね。あと、とりあえずここしばらくは、ありったけ薬草を入れてもらってかまいません」
「そうですか!それはよかった!」
「それで、僕に相談があるとか……?」
「いくつかあるので、村でお話しします」
ノアは、ビズに同行していたアルに背負われ、ビズマの村へと向かった。
***
同行しているアルとエルそれぞれ交代でノアを背負い、ビズマの村には昼前に到着した。
まだ仮住まいが出来たところ、とビズは言っていたが、木の上に木を組んだ土台はいくつか出来ており、ノアの思っていた以上の仮住まいだった。
「それで、まずは一つ目の相談なんですが……」
そういってノアが連れて来られたのは、仮の資材置き場。
「交易品として、いくつか集めてみたんですが……どうでしょう」
草、草、細い草、花、石、綺麗な石、なんか生臭い石――
「…………この生臭い石は何ですか?」
「それは魔石です。少し前に大型の魔獣を狩ったとナーレのヤド村長からいただきました。かなりの大きさなので、もし売れそうなら、と」
「なるほど、ほかのこれらは?」
「茶葉が数種と、ノルンの村で取れた鉱石とかですね」
ノアには全く価値が判らなかった。これはルークさんに頼るほかない。
「分かりました。僕もよくわからないので、行商人に聞いてみますね」
「そうでしたか……すみません、お願いします」
「他の相談とは?」
「革細工をノルンで試してみてるのですが、人間に売れる革細工っていうのがなかなか……」
「ああ、それなら行商人にいくつか手配してもらっているので、届いたらまずは似たものを作ってみてください」
「さすがノアさん!ありがとうございます!」
「他は?」
ここまでは、別にここまでノアを連れて来なくても済む相談だ。
「実はこれが一番の問題でして……ドレイクさーーん!」
ビズはドレイクなる者を呼び出す。
呼び出されたのは、獣人よりももう少し背の低い、そしてとにかく厳つい体つきの――ドワーフだった。
「こちらがドレイクさん。ドワーフ族の中でも屈指の鍛冶師と名高いお方です」
「どうも、ドレイクだ。村長、こちらは?」
「申し遅れました、ノアと申します。お会いできて光栄です」
「魔女の家の方で、いろいろ相談に乗ってもらっているんですよ」
「魔女の……ああエスタスんとこのエルナリアか。元気してるか?」
ん?エスタス?エルナリア?――
「ええ、ルナリアさんは元気ですよ」
「そうか。帰りづらいだろうが、たまには顔だしてやれと伝えてくれ。……まだ作業の途中でな、もう戻っていいか?」
ありがとうございました――とビズは軽く頭を下げる。
「で?彼がどうかしたんですか?」
「それがですね…………」
ビズがいうには、元々彼――ドレイクの工房は、ノルンのさらに北、エルデ山脈の端にあり、たった3人で近隣のオークやオーガへ武器や生活用具を作り、物々交換で生計を立てていたらしいのだが、ドレイク以外の2人が鉄鉱石の採掘中に事故死。独りでは仕事がままならないため、他のドワーフを探しに旅に出ていたところ、ナーレの村の狩人に遭遇。保護された、とのことだった。
「そのままドレイクさんと生活するのは難しいんですか?」
「そうですね……我々も多種族と生活したことが無いのでなんとも……それに、ドレイクさん程の鍛冶師です。しかるべき場所で素晴らしい仕事をしてもらいたいんです。でも獣人では彼のサポートは出来そうになく……」
「なるほど……ビズさんには他のドワーフ集落の場所って分かりますか?」
「いえ、見当がつきません。そもそもドワーフは少人数で行動しますし……探すとなると……」
ドレイクを生かすだけなら、ここビズマでも不可能ではなさそうだ。しかし活かすとなると、現状ではかなり難しそうだった。
「分かりました。一度この話、預からせてください」
「すみません、無理難題ばかりで……」
「いえいえ、お互い様ですよ!」
***
先ほどの草、石、生臭い魔石を持ち、再びビズさんたちに送ってもらう。
貴重な労働力を、送迎だけで使ってしまうことに、やはりノアは申し訳なく感じた。
魔女の家に戻ってきたノアは、いくつかあるアイデアの前提条件をクリア出来るか確認すべく、ルナリアに質問をする。
「ルナリアさん、例えばなんですけど、魔族の森で人間が暮らすことは可能なんでしょうか?」
「ん?とうとう嫁ぐのか?」
「いえ、僕ではなく……他の一般的な人間が、です」
「そうだな……普通の人間は、ここらあたりでも数日いると頭痛やめまいが酷くなる。魔素が人間領よりも濃いからな。そして魔族の森はもっと濃い。魔道具で軽減したとしても、耐えれて数日だろうな」
「え、そうなんですか?」
ノアはかなりの日数、魔族の森にいたが、平気だった。
「君はここに来てから特に異変は無かっただろ?だから私も魔族の森に入ることを許可した。きっと耐性があるんだろうさ」
そういうものなのか――と納得するほかなかった。
「逆に、魔素の無いところに獣人やドワーフなんかを生活させることは?」
「出来なくはないが、リスクは種族によるな。いわゆる魔族は、魔素を魔石によってエネルギーに変換できる種族だ。獣人は身体能力や魔法などに、エルフは寿命に、ドワーフは寿命や身体能力……まぁもちろんこれだけではないんだが、そういった能力に活用される。つまりだ。獣人が人間領で長く生活すれば、身体能力は落ち、人間と変わらなくなる。エルフは寿命が縮む。ドワーフは……たぶん寿命が縮んだり力が無くなったりするんじゃないか?理論的には」
「なるほど…………うーん……」
「なんだ、誰か人間領に連れて行きたい奴でもいるのか?」
「いえ、さっき相談を受けて……いまビズマの村にドレイクさんっていう有名なドワーフ鍛冶師がいてですね」
「な!ドレイク!?ドレイクに逢ったのか!?」
ルナリアは立ち上がり、大きな声を上げる。
「ド、ドレイクは何か言っていたか?私の事」
「たまには実家に帰ってやれ、とかなんとか」
はぁぁぁ――と大きなため息をつくルナリア。
「あいつは私の父と交友があってな……故郷以外で幼少の私を知る数少ない人だ……」
「え、え!あ、じゃ今度ルナリアさんの事いろいろ聞こうかな!」
ノアはとうとう、ルナリアの弱点を押さえた気がして、心が躍る。
「やめろ!やめてくれ、ホントに……」
「エルナリアさん」
ルナリアはその名前を聞き、肩をびくっと跳ねさせる。
「やめて……真名はやめて……」
恥ずかしそうに真っ赤な顔を手で隠すルナリア。ああもうこれだけで今日ビズマまでいった甲斐があったというものだ。
「偽名だったんですね、ルナリアって」
「そうだよ…………ほぼ家出同然だったからな…………でもホント、その名前は人前ではやめてくれ」
「え……二人きりならいいんですか?」
「………………………それでもだめ」
なんだか可愛らしいルナリアさんを見れて、ノアは大層ご満悦だった。




