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2章6話 男は、鍛冶師にお節介をしたかった

 出発の朝は頭痛と共に迎えた。

 昨晩はロイズにしこたま酒を飲まされたせいで、軽い二日酔いのようだ。


「それではみんな。行ってくるよ。ダリア。商会の仕事、頼んだよ」


「わかりましたわ。お父様も、お気をつけて」


 ルークの家族全員に見送られながら、荷馬車に乗り込む頃、ふらふらとロイズも見送りに来た。


「わが友ノアよぉ!神のご加護を!」


 ロイズはまだ酒が残っているようだった。


「ロイズさん……無理しないで家に帰ってくださいよ」


「なに?それが一晩中愛を語った隣人への言葉か!私は寂しいよ……」


 なっ!!!それは街への愛とか、人間への愛とかそういう――


「まぁ!まぁまぁまぁ!ノアさん!ロイズ神父とそそそそのようなご関係を???」

 ダリアが急にはしゃぎだす。


「愛にはいろいろありますものね……私は、そういうのも……」

 フローレンスも顔を真っ赤にしてノアとロイズを交互にみやる。


「…………ふへへっ」

 ジャスミンまで、口元を隠しながらも、にやけた顔は隠せていなかった。


 見かねたルークはため息交じりで荷馬車を走らせる。


「みなさん!そういうのじゃないから!ロイズさん!あとは頼みましたよ!」


 果たしてロイズは誤解を解くことが出来るのか――ノアはいささか不安だった。



 ***



「すまないね、さっきは……うちの者たちが失礼を……」


「ああ、まぁ、ただの誤解なんで、気にしていませんよ……」


「ここ最近、ああいう男同士の……そういう読み物が流行っているようでね」


「あの様子だと、家族全員読んでますね……」


 そうだよねぇ――と、男二人、小さく肩を落とす。


「ルークさん、それ交易品にしてみては?」


「売れるかもしれないけど……ああいう俗的なものは好まないね。でもダリアはやるだろうな……」


「やりそう。すっごいやりそう……」


 はぁぁ――と、男二人、大きくため息をつく。


「そういえば、昨日ロイズさんとシルド神教についていろいろ伺ったんですが、ルークさんもシルド神教を?」

 ノアは話題を変えることにした。


「うーんどうだろうね。お祈りをしたり、献金しに行ったりとかはしていないから、敬虔な信徒ではないけど、そうだね……シルド神が見ておられる、という感覚はあるね」


「フェルニス王国内はやっぱり信徒が多いんですか?」


「そうだね。領内は布教も盛んだし、教会も立派だから、信徒は多いね。特に王都フェルニスは、街の中にシルドニア皇国があるから、敬虔な信者もかなり多いと聞くよ」


「街の中に国があるんですか?」


「国、と呼べるか微妙だけど、シルド神教の本部があって、それは大層な聖堂だよ。その聖堂周辺が城壁で覆われていて、聖騎士なんかが警備してる。起こりとしては、30年位前だったと思うけど、フェルニス国王が逝去されて今の国王に代替わりしたんだけど、その国王が敬虔なシルド神教徒でね。シルド神教を国教にするために、街の一角に大きな聖堂を作ってね。そこをシルド神教徒の自治区としたんだよ。その後はフェルニス王国との政治や経済的な密着もあって、今のような国として成り立っているって感じかな」


「ハイデンで、ヒルダンテ公国への進軍はシルドニア皇国が主導した聖戦だ、なんて聞きましたけど、どうなんでしょうね」


「聖戦か……ヒルダンテ公国もシルド神教圏だからねぇ……」


「例えば、異教のファシルファ王国への進軍が目的で、その誘いに断ったヒルダンテ公国を、宗教的解釈の違いから異教扱いになった、とか」


「ああ、それはあり得るかもね。でも異教徒を弾圧する目的だとしても、エルデ山脈を挟んだファシルファ王国まで攻め入るメリットを、私はあまり感じないけどねぇ」


 たしかに――と、ノアも納得する。


「国同士、仲良く出来ないものなのかね」


 そうですよね――と、どこか他人事のように二人は話した。



 ***



 帰路は、ハイデンからコルダ村に戻り一泊。そこから日が昇る前に出発して、夕方前に魔女の家、ノアを下ろし、ルークはさらに荷馬車を飛ばして夜にマギナ村へ入る予定とのことだった。


 一行はコルダ村へ到着した。前回よりは少し早い時刻。ルークは納品を済ませるといって、そそくさと配達に向かった。

 宿の前で残されたノアは、前回見れなかった製鉄所を覗いてみることにした。


 少し大きめの工房に大きな炉がついた、熱気あふれる製鉄所――中では厳つい男たちが鉄鉱石を炉に入れ、溶けだした鉄を取り出していた。


 ふと見ると、その隣の小さな部屋では、鉄の塊をたたく青年の姿があった。


「お、どうしたい!お前さんはこないだ来てたルーク商会の人だろ?」


「あ、初めまして、ノアと言います!鉄に興味があって、見学させてもらってもいいですか?」


「ああいいぜ!なんのお構いも出来ないがな!がははは!」


「ところで、あの青年は何をしているんですか?」


「おお、あれか……あいつは元鍛冶師のせがれでね。昔はこの辺でもいくつか鍛冶屋があったんだが、継ぐ奴がいなくて廃業しちまってよ。あいつの所は継がせる前に親父が逝っちまってね。一応ここで雇ってるんだが、ああやって時間のある時は、出来たての鉄を鍛えて鍛冶の練習をしてるんだと。教えるやつがいねぇからなかなかうまくいかなくってよ。諦めてこっち一本で働きゃいいのに、一生懸命にやってるってわけさ」


「そうですか……彼に話しかけても大丈夫ですか?」


「ああかまわねぇぜ!」


 ノアはなぜか彼に興味がわいた。


「すみません……今大丈夫ですか?」


「ええ。あなたは?」


「ノアといいます。ルーク商会でお世話になってます」


「ああ、ルーク商会の……それで俺になんの用です?」


 歳は、20歳くらいだろうか?細く鍛えられた腕が印象的な好青年だった。


「鍛冶師に興味があって……どんなことをされてるのかなって」


「そうでしたか……俺は鍛冶師ではないので、その……」


「鍛冶師になろうとしてる、とあちらの方から伺いましたよ」


「はぁ……まぁそうですね。でも独学なので」


「ハイデンという街には、鍛冶屋もいくつかあると聞きます。誰かに教わってみては?」


「それ、よくいわれます。でも俺、学も金も無いし、口下手なんで……」


 お節介だとはノアも重々承知している。それに、見ず知らずの他人に自らちょっかいかけるのは、ガラにも無かった。それでも、何故か、彼を放ってはおけなかった。


「例えば、誰か信頼できる相手を紹介されたら、どうです?」


「なんでそこまで…………それなら、まぁ……」


「まぁ僕にもそのあてがある訳じゃないんですけどね……それでも、もし、そういったあてがあれば、あなたに声を掛けたいと思います。それで……名前を教えてもらえませんか?」


「ベゼル、です」


「ベゼルさん、もしこの後空いていたら、少し飲みませんか?おごりますよ?」


「いや……でも、その……悪いですし」


「若いのが気にしちゃだめですよ!単純に僕があなたと飲みたいんです。迷惑なら話は別ですが……」


「……わかりました。ご馳走になります」



 ***



 なんだかかなり強引に誘ってしまったが、本当に来るだろうか――


 先に酒場に入ったノアは、少しの心配と、それ以上に、自分の強引さに自己嫌悪していた。


 それにしても、あの誘い方はないよな。見ず知らずのおっさんが急にぐいぐい酒に誘うなんて――


 ロイズだって、ノアを誘う時はもう少し段階を踏んでいたように思う。

 こういう事は、ノアは下手くそだった。それでもなぜか、そうしたかったのだ。


 そして――


「あ、ベゼルさん!こっちこっち!」


 ベゼルは来てくれたのだった。



 ***



「なんで俺なんか酒に?」

 ベゼルは率直な疑問をノアにぶつける。


「んー自分でもよくわからないんですけど……直感?なんかこう、友達になれそうな?」


「親父が死んで、あの工房で働くようになってから、みんなもよく酒に誘ってくれたりしたんですけど……どうもこういうの苦手だったんで……」


 ああ、それで工房の仲間は、酒を片手にこちらをまるで我が子を見守るように観察しているわけだ――


「まぁお互い年も近いし、友達って事で!まずは敬語無くしてみましょうか!」


「そんな!結構歳離れてそうですよ?」


「え、そう?そんなことないよ。ねぇ?」

 こちらを見守る皆さんは、すっと自分のテーブルに視線を戻した。


「いやいやありますって!兄弟でもキツいくらい離れてそうですって」


「じゃ、ノア兄さんとか、ノアの兄貴、とかどう?」


「じ、じゃあ、ノアの兄貴……で」


 ルナリアさん。僕、弟が出来ました――


「よぉし!弟よ!飲め飲め!好きなもの食え!」


 まだ引っ込み気味のベゼルに、無理して豪快さを演じるノア。イメージとしては、マリエッタのような――


「おおお?ノアじゃないかぁ……なんだお前、そういう飲み方も出来んじゃねぇか!」


 まさかの、ご本人登場――


「げ、マリエッタさん!?なんでここに……?」


「帰りの馬車が来なくってよぉ?それにしても……私とは飲まなかった酒を、今日は随分楽しそうに飲んでるなぁ?」


「あ、いえ、これは……」


「さてはお前……この幼気なベゼル君を宿に連れ込もうって腹だなぁ?」


「いやほんとマジでやめて。そういうのじゃないから!」

 あとそれ今朝もう散々やったやり取りだから――


「そうかぁ?じゃあたしが戴いちゃおっかなぁ?」


 ベゼルになけなしの色目を使うマリエッタ。黙っていれば美人なのだが。


「いえ、あの、大丈夫です!」


「ちっ!お世辞でも、次の機会に、とか言えよっ……おばさん傷つくだろうが」


「マリエッタさんは、お綺麗ですよ」


「おせぇわ!じゃノア、お前はどうよ。あたしを抱い……」

「いえ、次の機会に!」


「お、世、辞っっ!!!あーもうシスターなんてやめよっかなーーー」


 マリエッタは大分酒がはいっているようだった。

 でもお陰で、ベゼルも少しずつだが、打ち解けてくれていったように感じる。

 こうして夜は更けていった。


「それじゃあノアの兄貴!楽しかったっす!また飲みましょう!」


「おう!ありがとうね!付き合ってもらって!また!」


 そういって、飲み明かすつもりのマリエッタを置いて、二人は別れた。


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