2章5話 神父もまた、アレな人だった
翌日――
ルークの仕入れと卸しに同行する。ダリアも一緒だ。
「ダリアはまだ見習いだからね。私のハイデンでの仕事を見せているんだよ」
「まずはハイデンで私への信用を戴かないと、仕事になりませんもの。とはいえお父様、そろそろハイデンでの仕事は私に任せて下さってもよろしいのでは?」
「まぁそうだね……そろそろいいのかもね」
ハイデンでの仕事は行商人の肝ともいえる。仕入れ、卸しはもちろん、帳簿などの事務仕事もある。そこを任せられるというのは、もうほとんど一人前のように感じる。
「では私がいない間、ここでの仕事をダリアにお願いするよ。しばらくしたら、外にも出てみよう。それで一人前だ。あとは好きに商売するといい。その代わり、私の元で働いている間は、私のやり方で頼むよ」
「ありがとうございます!頑張りますわ!」
ノアは、新時代への一幕を見た気分だった。
***
ダリアの仕事ぶりはなかなかのものだった。
市場で大商人に混ざっても引けを取らず、小さな取引先には細やかな気配りで、豪胆さと繊細さを上手く使い分けた、まさに商売人といった振る舞いだった。
「どうだい、ダリアは。なかなか才能があるだろう?若さゆえの無謀さはあるけど、あれは良い商人になると、親の色眼鏡無しでもそう思うよ」
「そうですね……正直感心しました。ルークさんの豊富な経験からくる安心感こそないかもしれませんが、それも時間の問題かもしれませんね。あとは……圧、でしょうか。商売しなきゃ!という情熱というか、そういったものが空回りしなければ、もっと幅広い商売が出来そうですね」
「お、なかなか鋭いね。まさにダリアの欠点はそこなんだよね……物は、売ろうとしても売れない歯がゆさも含んでいるからねぇ。『三方良し』とはそういう意味でもあるんだよ」
「なるほど…………勉強になります」
「まぁ、ぜひノアさんもダリアをサポートしてあげてね」
その言い方に少し違和感を感じたが、反射的に、はいと返事をするノアだった。
***
明くる日の朝――ノア初めての休日である。
正直、このまま布団にくるまって寝ていたい気分でもある。しかし、街で休日を過ごすなんて、この先あるのかもわからない。結局は好奇心が勝ち、外へ出かけてみることにした。
宿で街の地図をもらい、まずは広場へ行ってみることにした。
街の中心広場では、なにやら小さな人だかりが出来ていた。
その中心には、このあたりでは見たことのない文様の羽織を着た女性が、何やら演説をしている。
「シルド神教は今や、聖戦と称し、ヒルダンテ公国を足掛けにファシルファ王国まで侵攻しようとしている!あなたたちの神は、そのような蛮行をお赦しになるのだろうか?あなたたちの神は、ご自身の名の元で殺戮を行う邪神であったのか?私達ミンツ教はそうは思わない!シルド神は神として立派なお方のはずだ!であればなぜ聖戦は行われるのか?それはシルドニア皇国がその権力を振りかざし、その傀儡であるフェルニス王国を使って私腹を肥やそうとしているだけではないのか?私は問いたい!そんなことを、シルド神教信徒は認めるのか?」
宗教演説?なのだろうか。演説者の熱量は伝わってくるが、その割にはあまり人が集まっていないところを見ると、民衆の心をつかんでいるとは思えなかった。
「まーたやってんなあの異教徒……」
ふと隣の男性がそうつぶやく。良く見ると神父のような恰好をしている。が、無精ひげを生やし、髪もなんだかボサボサだ。
「神父さん、ですか?シルド神教の……」
「そうだよ。シルド神教ハイデン教会の神父、ロイズだ。君は?」
「ノアといいます。先日この街に来たばかりで……その、あれは一体……」
「ああ、最近来たミンツ教の人だね。最初はフェルニス王国で同じような演説をしていたみたいだけど、教会にボコられてね。それでこっちで活動しているみたい」
教会にボコられて?――神父ジョークだろうか?
「ミンツ教ってどんな宗教なんですか?」
「んー私もあんま詳しくはないけど、いわゆる多神教ってやつさ。神様いっぱい!商売の神、豊穣の女神、愛の女神、健康の神、みたいなね。私たちシルド教はシルド神のみ。祈る神も一人。分かりやすくていいだろ?」
「分かりやすさ……そういうものですかね?」
「そういうものさ!だって考えてもみてよ。君がいま抱えている悩み。多神教ならどの神様に救いを求めるか迷ってしまうだろ?そこでシルド神教!なんと祈る相手は一人!シンプルイズベスト!」
軽いなぁこの神父――
「僕はあまり信仰心とかが薄いので、その辺はよくわかりませんね……すみません」
「まぁ、ここの人はみなそうだよ。シルド神教会なんて、困った時助けてくれる場所くらいにしか思っていないさ。実際、敬虔なシルド神教徒なんて、ここで逢ったことないね。まぁ私みたいな神父だと、そういう信徒には怒られちゃうけどね」
「そんな神父からみて、あの演説ってどうですか?」
そうだねぇ――と、無精ひげを撫でながら少し考えるロイズ。
「…………うん。とりあえず、石でも投げておくか」
「いやいや!ダメでしょ!当たって怪我でもしたら大変ですよ!」
「ははは!冗談だよ!冗談!」
冗談なら、右手にしっかりと石を握らないで欲しい。
「君、なかなか面白いね。うちの教会でもう少し話でもどうだい?」
なんか気に入られたらしい。ノアはついていくことにした。
***
シルド神教ハイデン教会――規模は街に比例するのか、マギナ村の教会とは違い、大きく立派だった。
「教会は初めて?」
「いえ、マギナ村で一度お世話になりました」
「うわ!マジ?マリエッタさんのとこかぁ…………」
あ、この神父でも、マリエッタさんのことは、うわぁって思うのか――
「一応、そのマギナ村教会は、このハイデン教会の分会っていうのかな、一応ここの管理下にあるんだけど、あの人ああだし、教会本部も存在を忘れている節があるから、まぁ放っておいているよね。で、どんな感じだった?」
「一応、教会としては機能していそうでしたよ。一晩の宿と食事の施しを受けましたし」
ポーションの横流しの件は、ノアも加担しているので黙っておいた。
「まぁ彼女も人助けに関しては真面目だからなぁ……そこだけは私と通じるものがあるのよね」
まぁ、だらしなさとかも、彼女と通じていますよロイズさん――
「そういえばさっきの話だけどさ」
さっきの話――演説の事だろうか?
「私はね、立場上言ってはいけないんだろうけど、ミンツ教のあの人が言っていることは一理あると思うよ。特に聖戦。あれは大義名分なんてないと私は考える。これでも神職者だからね、手持ちにある経典を読んだけど、それを肯定できるものは見つからなかった」
ロイズは膝の上で手を組み、下を向いたままそう話す。
「私も別に心からシルド神教を信仰しているわけではない。元をたどれば、ただ魔法への適性が人より高くて、それを生業にしたかっただけの職業神父さ。まぁ実際その生半可さからフェルニス王国を追い出されてここに配属されているんだけどね……」
それでも――とロイズは続ける。
「信仰心は良いものだと感じる。うっすらでもいい。良い行いも、悪い行いも、神は見てくださる。その自制心が、世の中を良い方向に導くからね。しかし信仰元の解釈がねじ曲がって、悪用されてしまえば、信仰の名の元大きな力が悪い方へと動いてしまう。それがいま、もしかしたらシルド神教内で起きているのかもしれないよね」
それなら――言いかけて、ノアは口を紡ぐ。それは個人ではどうすることも出来ない問題だった。
「まぁ、だからといって、あの演説には賛同できないのさ。こんな辺境の、フェルニス王国にすら属していない街で何かを起しても、大きな流れには逆らえない。それなら、今の平穏を壊すようなああいう演説を私は好きにはなれない。それに、ここの人達はいい意味で寛容だし、腰も軽い。行商人の街だからね。いざ身の危険を感じたら、そそくさと他国へ逃げるさ」
「なるほど……そうですか…………」
ノアには返す言葉が見つからなかった。ロイズの言葉は、ノアにとっては非常に納得できるものだし、この街のことを考えるなら、正しい考えだとも言える。しかしこの、戦争を受け入れなければならない不条理さは、やはり飲み込むには時間がかかりそうだった。
「ははは、すまないね!こんな話をしたかったわけじゃないんだ!でもなんだか君はそういう話が好きそうだったからね、ガラにもなくまじめな話をしてしまったよ!まぁでも私も、こういう話を誰かにしたかったのかもしれないね」
教会の窓から西日が差し、シルド神像を照らす。きっと信徒なら、その姿は神々しく視えるだろう。しかし今のノアには、その歪んでしまった偶像を、シルド神自身が回収しにきたかのように見えていた。
「さて、もう夕方だ!湿気った話はこのくらいにして、飲みに行かないか?昼飯も食べ損ねたし、今度は大いに楽しい話でもしようじゃないか!な!」
ドン、とノアの背中をたたき、にっこりと笑うロイズ。心なしか、逢った時よりも少しすっきりした表情にも見える。
「そうですね!いろいろお話も伺いましたし、今日は『お布施』させていただきます!」
「お?マジ?いいねえ信心深くて!あれでしょ?そういうのマリエッタさんが教えたんでしょ?」
そういい、天に祈るポーズをとるロイズだったが、きっと感謝を伝えているのは神ではなくマリエッタなのだろうことは、ノアでも分かった。




