2章4話 娘は、やはり商人の娘だった
この世界に来て、初めてのことだった。
ノアは途中目を覚ますことなく朝を迎えることができたのは。
なんとも清々しい朝。体が痛くない。頭がはっきりと冴えている。よく眠れた証拠だ。
下に降り、朝食を済ませ、既に働いているルークに合流する。が、既にほとんどの仕事を終えた後だった。
どうやらノアは寝すぎたようだ。ルークの仕事中に製鉄所の見学をしたかっただけに、少し残念に思う。
最後の仕事を済ませ、次の街――ハイデンへと荷馬車を走らせる。
「ハイデンも、今までと同じくらい離れていてね。到着は大体夕方かな。私は自宅に帰るけど、ノアさんは私の手配した宿に泊まるといい」
「何から何までありがとうございます!」
気にしないで――とルークは穏やかに笑みを浮かべる。
「ハイデンは商人の街とも言われていて、なかなかいい街だよ。大体の物は揃うし、たまにフェルニス王国では出回らないような異国の珍品も売っていたりする。フェルニス王国の流行がハイデン発祥だったり、ということもあるくらいさ」
「なんだかすごい街ですね」
「元々、商人たちがフェルニス王国と交易するための中継地として起きた街らしくてね。商売の自由度がとても高いんだよ。その代わり、目利きが出来ないと、損を掴まされることもある。その辺も商人の街って感じだよね」
「少し怖いですね……」
「そうだね、華やかな街かもしれないけど、治安がいいわけでは無いから、それなりに注意はしておいた方が良いね」
ノアは、外見こそこの世界の住人だが、生まれも育ちも日本人――こういう「自分の身は自分で」という文化に、未だ慣れない部分がある。魔物、野党、盗み――そういった危険から身を守る術があれば、もっと自由に世界を渡り歩けるのかもしれない。逆に、そういう術が一般人には無いから、村や街をあまり出たりしないのだろう。
***
しばらくすると、大きな街が見えてきた。
これがハイデン――商人の街だ。
「はい、到着。ここがルーク商会だよ」
街に入って程なくすると、大きな倉庫前で荷馬車が停まる。
「これが……大きいですね!」
「品物を一時的に保管する場所が必要だからね。これでも従業員は10人程度の小さな商会だよ」
さて――とルークは荷馬車を倉庫に置き、大きな伸びをしてノアに宿の場所を教える。話は既に通っているので、ルーク商会の者です、と伝えれば部屋に案内されるそうだ。
「そして、もしノアさんが嫌でなければ、我が家で夕食を食べて行かないかい?」
「え、いいんですか?折角の家族団らんでしょうに」
「まぁ娘たちももう子供という歳では無いからね……私よりも、客人のほうが嬉しがるさ」
なんとも悲しい話だが、以前ヤドが言っていたように、父親というのはそういうものかもしれない。
***
「ただいまー」
「お帰りなさい、あなた。長旅お疲れ様でした。そちらの方は?」
ルークの家に着くと、上品な奥様がお出迎えをしてくれた。
「こちらはノアさん。商談先の若旦那で、夕飯をごちそうさせたくてね、連れて来た」
「ノアと申します。初めまして!」
「初めまして。ルークの妻、フローレンスです。よろしくね」
丁寧なごあいさつの後、フローレンスはルークの肩をぱしりと叩く。
「あなた、来客があるならあらかじめ言っておいてくださいまし。こちらにもおもてなしの準備ってものがあるんですよ」
なに、普段通りでかまわないよ――と言いかけたルークを、そうはいきません!とぴしゃり。
「ごめんなさいね、ノアさん。大したおもてなしは出来ないけれど、くつろいでいってね」
ノアは、ただ申し訳なさそうにへこへこと頭を下げることしかできなかった。
ルークに案内されるがまま、居間のソファに座っていると、2人の娘がやってきた。
「初めまして、長女のダリアと申します」
「ジャスミンです。よろしく」
「私の自慢の娘たちだ。どうか仲良くしてやってくれ」
お母さん似なのが良くわかる、お上品な娘さんたちだった。ダリアは姉で、もう大人と言っていいくらいの年頃なだけに落ち着いている。ジャスミンはまだあどけなさが残る、難しい年ごろのようだ。
「初めまして、ノアといいます。どうか仲良くしてあげてください」
正直、この年頃の女の子とどう接していいか全くわからないノア。その雰囲気を察したのか、ジャスミンはそそくさと自分の部屋に戻ってしまった。ダリアは一度引き、少しして紅茶を持ってきてくれた。
「父が、ご迷惑をかけていないでしょうか?」
「いえいえ!立派な人ですよルークさんは!仕事ぶりを拝見しましたが、尊敬します」
「そういっていただけると嬉しいです。家ではどこか抜けているので……」
「家ではそういうものだと思いますよ。気が置ける場所がある、というのは仕事をする上でも大切な事です」
「そういうものなんでしょうか…………ところで話は変わりますけど、ノアさんはどのような商品を扱っておいでで?」
僕は――正直に言っていいものか、今までのマリエッタやルークの口ぶりを考えて迷う。
「彼はなんと、魔女の家の若旦那だ」
やってきたルークが助け舟をだす。
まぁ!――と、ダリアは目を輝かせてノアを見た。
「そうなんですか!?魔女の家ではどんなお仕事を?もしかして魔法とかお使いになられたり?」
「……薬草と間違えて雑草を集めたり、獣人のお悩み解決をしたり……ですね」
「まぁそれは素敵!私もまだ見習いとはいえ、商人の端くれ。いつかそのような不思議な場所へ商談しにいってみたいですわ!」
一人興奮するダリアを横目に、父親の顔を見てみると、ははは――と力なく笑っていた。
「私も昔は無茶な交易をしていたから、ダリアの気持ちも分からないではないよ。しかし親としての心配はある。だから最大限尊重して、段階は踏ませてもらうよ」
そうですわよね――と、浮いた腰をソファに沈め、ダリアは冷静になった。
「将来はダリアさんにルーク商会を?」
「まぁ考えていないわけではないけど、ルークは私の名前だからね。やらせるとしても、自分の名前で一から始めさせるさ」
親としての甘さと、同じ商売人としての厳しさの、そのせめぎ合いの末の決断なのだろう。
「ではダリアさん、将来、お取引させてもらうことになるかもしれませんね。その際はお手やわらに……」
「かしこまりましたわ。ルーク商会の社訓は『三方良し』。私もしっかり引き継いで、ノアさんにも幸せになっていただきますわ」
若さというのはこうも力強いのか――と、ビズマ新村長ビズのことも思い出しながら、空回りしないことをノアは静かに祈った。
***
その後間もなくして、夕食の準備が整い、全員でいただく。
なんのおもてなしも出来ませんが――なんてフローレンスは言っていたが、肉料理を中心にサラダ、スープと豪勢な食卓だった。
ジャスミンは相変わらず特に話をせず、食べ終わるとすぐに部屋へ戻ってしまった。
ダリアはというと、普段は物腰が穏やかで上品だが、商売の話となると明らかに目の色が変わるようで、ただ美しく咲く華ではない様子。少しだけ暑苦しさもあるだろうが、これくらい情熱を持った人と仕事が出来ると、大層楽しいだろうな――とノアは感じた。
おもてなしをしてくれたフローレンス、ルーク、ダリアに丁寧に礼を告げ、家を後にする。
明日はルークと仕入れと卸しを行い、明後日は休日。出発は3日後とのことだった。
休日――この異世界を一人で過ごす初めての休日。かなり不安はあるが、この一歩を踏み出さないといつまで経っても慣れないだろう。ノアは心細くも楽しみにすることにした。




