2章3話 男は、行商人の偉大さとシスターの豪快さに感心した
差し込む朝日で目が覚めた。
藁を敷き詰めただけの寝床は、慣れるまで時間がかかりそうだった。
それでも、魔女の家のような、地べたに毛布と比べると、だいぶ休めた感じがした。
一つ飛ばして横で寝ていたはずのルークの姿はもう無かった。
ノアは慌てて飛び起き、食堂に向かう。
「おお、おはようノアさん。もう少しで朝食が出来るから、座ってて」
「おはようございます。ルークさん。いないんでビックリしましたよ……」
ごめんごめん――と、キッチンで調理するルークは背中で謝った。
「食事の用意まですみません…………それで、マリエッタさんは?」
「ああ、彼女は多分昼前まで起きて来ないんじゃないかな?」
この世界の女性は、みんな朝が弱いんだろうか?――そう錯覚してしまう。
***
ルークの作る麦のスープは、昨日と同じものとは思えないほど美味しかった。
ルーク曰く、行商人は調理も出来た方が、珍しい食材の実演とか出来るから、だそうだ。
この世界の女性は、みんな料理が下手なのか?――そう錯覚してしまう。
食事の後、寝床やキッチンをきれいに掃除し、献金袋に宿代を入れ、まだマリエッタの寝ている間に教会を出た。
出てすぐ、ルークは村の住人に声をかけ、商談や御用聞きをしていた。
ルークはそれを横で聞きながら、村を眺める。
何もない村かもしれないが、牧歌的で、心地よい。さびれた村――なんてルークは言っていたが、村人のその表情は豊かで、幸せそうに感じる。きっとその幸せも、ルークをはじめとした行商人が一助となっているのだろう。なんだかルークがたくましく感じた。
そんな中、なにやら四角い鞄を持ったマリエッタが登場した。
「ああ良かった、間に合った……」
「どうかしたんですか?ルークさんならまだ商談中ですけど……」
「隣のコルダ村まで行くんだろ?乗せてってもらおうと思ってさ」
「…………うち、高いですよ?」
「ほう?シスターから金を巻き上げようってか?そいつはいい度胸だ!おおシルド神よ!このノアに神罰を!」
マリエッタは、なんだかとても強かな女性だった。
***
ルークの商談と商品の荷渡しが済み、一行は次の村コルダへ向かった。
ここから馬車で半日もかからないので、魔女の家よりは近いそうだ。
「コルダ村はね、ここから東の、エルデ山脈に面した村で、採掘が盛んな地域だよ。取れた鉄鉱石から鉄を作って、それを交易品にしている」
「結構大きそうな村ですね」
「そうだね、マギナ村よりは人口はかなり多いね」
「そこは怪我人が多くてかなわん。魔女様のポーションがあるからって、即死なら治らんからな」
ため息交じりに、マリエッタがそう愚痴をこぼしたが、言ってから、はっとした顔でルークを見やる。
「大丈夫。彼は魔女の家の住人だ」
ルークのその言葉を聞き、マリエッタは胸を撫でおろした。
「魔女のポーションって、どの程度効くんですか?」
ノアは魔女の家にいながら、そこで作っているポーションの効能――そもそも、一般的なポーションの効能自体、よく知らなかった。
「まぁ、一般のは傷なんかは簡単に治せる。骨折はかけ続ければ治らなくもない。でも魔女ポーションは骨折どころか、腕が取れてもくっ付けられる。瀕死でも、大きく欠損してなければ救える可能性だってある。そのくらい凄い代物だ。まさに教会いらずだな!」
だから――と、マリエッタは急に神妙な顔つきになる。
「扱いには注意が必要だ。ポーションは基本、シルド教会本部でしか作れない。魔女ポーションクラスのポーションなんて、まず一般には出回っていない」
「だから、この近隣に魔女のポーションを売るときは、一度マリエッタさんのところに卸して、普通のポーションくらいまで薄めたものを、教会のポーションとして販売しているんだ」
「一応、聖職者のお墨付きを施してな」
なんだか、マリエッタが本当に聖職者なのか怪しくなってくるほど、やっていることが異端すぎる。
「なるほど……でもそれだと、コルダ村で瀕死の人が出た場合、そのポーションでは治りませんよね?」
魔女様のポーションがあるからといって――という、先ほどのマリエッタの言葉と食い違う。
「確かにそうだな。でもコルダ村はじめ、ルークのところの商会を通してる村は、常に1つだけ純粋な魔女ポーションを置いているんだ。村長のところにこっそりとな」
「ここらは魔族の森が近いし、ひと瓶あれば助けられる。いざという時のためのお守りのようなものだよ」
「まぁ、これがあるから、近隣の村はルーク商会から離れられないんだけどな!ったく、あこぎな商売してるわ!」
ルークの商才は、さすがという他なかった。
***
三人で行く道程は、わいわいと楽しいものだった。
そのこともあって、コルダ村にはあっという間についたように感じた。
「さて、私は宿の手配をするから、ノアさんは積荷を見ていてくれ」
「あたしは村長のところに世話になるから、ここでお別れだ!二人に神のご加護を!」
そういって、二人とも荷馬車を降りる。
夕暮れ前――鉱夫と思わしき人たちが家路についている。酒場に入る人、家に帰る人、様々だ。
村の少し外れたところには、大きな煙突のある建物がある。これがルークのいっていた製鉄所なのだろう。
あたりを観察していると、ルークが戻ってきた。
「よし、宿は押さえたよ。今夜はちゃんと別々だから、ゆっくり休めるよ」
昨晩はなんだか野戦病棟のような場所だったから――ルークは初めての宿泊にわくわくした。
「まだ寝るには早いし、一緒に食事でもどうだい?おごるよ」
「え、いいんですか?ただでさえお世話になっている身なのに……」
「いやいや!ありがたいのはこっちだよ!一人で村々を回るのは、慣れてるとはいえ心細いものだよ?」
それならありがたく――とノアはご馳走になることにした。
***
村唯一の宿兼酒場は男たちで賑わっていた。
ノアも決して小さく細い体つきではないが、彼らの体格――特に腕なんか、ノアの2倍近くありそうなほど逞しい。豪快に飯を食い、酒を飲み、大笑いしている。
その男たちの中心に、マリエッタがシスターの姿で豪快に酒を飲み、大笑いしている姿を見つけたが、ノアは見なかったことにした。
食事は、あの男たちを見て予感はしていたが、肉料理がメイン。食べたことのない味だったが、おいしかった。酒もうまい。ルーク曰く、肉はルーク商会が家畜を生きたまま納入し、ここで食肉処理しているんだとか。酒はルーク商会の拠点があるハイデンから入れているそう。
ルークにしっかりご馳走になった後、ノアは階段で二階に上り部屋に入った。
「おお……」
狭いながらも、木目の整然とした部屋。ふかふかのベッド。薄明りのランタン――
この世界の人間が築き上げた文明に感謝をしながら、早々にノアは眠りについた。




