2章1話 男は、行商人に協力を仰ぎたかった
「で、どうだった?嫁の実家は」
獣臭いと着替えさせられたノアは、高級そうなソファにルナリアと向かい合わせで座る。紅茶も来客セットだ。きっとねぎらってくれているのだろう。
しかし、皮肉は容赦なかった。ノアにはこれもまた、帰ってきた実感を感じさせた。
「結果から話しますと、その嫁、住処がこちらにかなり近づきます」
「え、なぜそうなる?」
「それと、薬草の仕入れ先が決まりました」
「は?え?すまない話が見えないのだが……君は狩場の線引きに行ったんだよな?」
「ええ。結果、村が3つになりました。あとノルンの村長が結婚しました」
え、ちょ、は?――と辻褄の合わぬ話に混乱したルナリアだったが、はっ、と何かに気づき、こめかみを押さえうなだれるルナリア。そうこれは先ほどの皮肉に対してのノアの報復なのだ。
「ああ、わかった。もう嫁の事をいじったりしないから……わかるように説明してくれ」
***
「なるほど……相当大きな話になったな……まぁたしかに、そうでもしないと、か」
ルナリアは感心し、納得している様子だった。
「ルークさんにはまた、大きな頼みごとをしないとならなくなっちゃいましたが……」
ポーションの件もまだルークには話せていない。そこに、獣人族との物々交換での交易、なんて、こんなサイズの話二つもお願いしたらどんな顔をするだろうか。
「楽しみですね、ルークさんが来るの」
「君にはそういう、悪乗りするところがあるな……」
しかし、ルナリアもそういうのは嫌いではなかった。
ああ、あと――とノアは別の話を切り出す。
「記憶が、だいぶ戻ってきました」
「そうなのか!?それは……」
少し繊細な話なのだろうと、ルナリアは少し引いた。
「まぁ、良かったといえば良かったです。おかげで自分は何が得意で、何が足りないのかがわかりました」
そうか、それは良かった――と、ルナリアは少し安堵の表情を浮かべる。
本当に、この人は心根ではとても思いやりのある優しい人なのだ。
「けど、名前とか容姿とか年齢とか、そういった個人の核のようなものは、やはり思い出せませんでした……もう少し正確に言うと、夢で過去を見た、という感じで、そこに名前とかが出て来なかった、という感じです」
「なるほどな……」
「でも、思い出せなくていいのかもしれません。その……夢では結構、悲壮感漂う感じでして……完全に思い出すのも辛いかも……それに、今の自分には、名前も姿もある訳ですし、きっと困らないかと」
「そうか……」
ルナリアにはかける言葉が見つからなかった。
***
その日のうちに、ルークがやってきた。
善は急げ。非常にタイミングのいい男である。
「毎度さん!おお、ノアさん!帰っていたのかい!」
「ルークさん!お久しぶりです!少し前に帰ってきたところですよ」
で――とノアはいたずら気にルークへ耳打ちする。
「早速なんですが、少しだけ、ルークさんに折り入って相談が……」
ルークは少しだけ、嫌な予感がした。
***
「ノアさん!それは私には大きすぎる話だよ!」
ノアも、奥にいるルナリアも、その顔が見たかった!と言わんばかりに大笑いする。
「いやルナリアさんまで!まず、まずね、ノアさん!一つずつ!一つずついこう!ね!」
「あはははは……いえ、すみません……そうですよね」
ではポーションの話から――とノアは説明を始めた。
前提として、戦争で直接的に商売することには抵抗があること。
それと、これは商売ではなく、救済と軸として捉えていること。
それらを踏まえて、有事の際、ルークにはノアとともに近隣の村や町にポーションを手売りしたい、ということ。
これらを詳細に伝えた。
「ふむ……一番の問題は、商人ギルドに目をつけられないように、ですね」
「やはりそうですよね……」
「私どももこれで食にありつけているわけですし、大ぴらな協力は難しいです」
「どの辺がギルドのルールに抵触しそうですか?」
「国内でなければ、例えばどこの国にも属していない近隣の村や町なら、問題ないでしょう。しかし、戦争状態となった場合、商人ギルドはポーションをかき集めようとするはずです。その時、大量のポーションを持っていて、ギルドを通さず近隣で売りさばいている、となると、心証は良くない。翌年のギルド認証が下りない可能性があります」
「なるほど……」
ノアは少し考え込む。
「例えば、ですが、商人ギルドの認証を受けていない者が売ったら、どうなりますか?」
「それも、国内でなければ問題ないかと。実際いますしね。大体は怪しい奴らばかりですが。ギルドに登録するメリットというのは、仕入れや販売が国内で出来る、近隣で売る際には認証という安心感を与えられる、というのが大きいですね」
「ちなみに、その行商人が獣人なら、どうです?」
「獣人……ですか……国外でも、多少の偏見は覚悟した方がいいですね。フェルニス王国は特に獣人奴隷が盛んな国なので……」
ふむ、それなら策はありそうだ――
「ありがとうございます。それではルークさんには、近隣の村の情報と、どのように村々を回ったら良いか、お知恵を借りたいのですが」
「それだけでいいのかい?それならお安い御用さ。一度一緒に回ってみようか」
はい!それは助かります!――と、ルークとの一つ目のお願いは果たせた。
***
そして二つ目――
「まずこちらの条件だが、魔族の森には入れない。もし入るなら護衛が必要だ。そうなるとコストが上がってしまう。交易品にもよるが、獣人への利益が飛んでしまう可能性がある」
「そうですよね……私も一人では入れませんもの。なのでルークさん、手間でなければ、交易場所はこの魔女の家で行う形を考えています」
「それなら問題ないよ」
「で、ルークさんと獣人、お互いの時間を合わせて物々交換、となると難易度が高い。なので、これもルークさんがよろしければですが、私が仲介して、魔女の家と同じような取引をお願いしたいです」
「なるほど……その方法でのこちらの条件としては、まず獣人からの交易品を買い取るところから始めたい。信用はしているが、どういったものが出てくるか分からない以上、こちらも商品の買い付け量に困ってしまう」
「わかりました!」
「あと、この交易ルートが大きくなるようなら、別の行商人を紹介するかもしれない。それもかまわないかな?」
「そこはルークさんを信頼しているので、問題ありません」
「なら、良い取引ができそうだ!」
二人は硬い握手を交わした。
***
ようやく、長かった一日が終わった。
赤く灯る暖炉の前に寝床を準備し、ルナリアの目を盗んでソファに倒れこむ。
ポーションの件をふと思い出す。
ルークの協力は限定的になってしまったのは残念。だが、二人で村々を回るのは、思ってもみない収穫だった。ルークには何か恩返しを考えなくては。
「ノア、少しいいか?」
ルナリアが寝間着で現れる。両手に持っているのは、グラス2つと、酒だろうか?
「せっかく無事帰って来たんだ。少し飲まないか?」
断る理由なんてなかった。ノアは居直り、ルナリアはノアの向かいに座る。
静かに注がれる赤い酒――ワインだろうか?
しかしそんなことはどうでもよかった。
暖炉によって妖艶に照らされた姿に、息が止まる。
まるでガラス細工の芸術品のようで、美しい以外の言葉が見つからない。
よほど見惚れていたのだろう。出されたグラスにも気が付かなかった。
「どうした?私に見惚れでもしたか?」
図星なだけに、心臓が跳ねる。
「いえ、そんなことは……」
「そんなこととはなんだ……まあいい。とにかく、お疲れさま」
「ありがとうございます」
チン、と互いのグラスを鳴らす。
「それにしても、意外だった」
唇を付けたグラスをくるくるとくゆらせ、その中を眺めながらルナリアは続けた。
「君が積極的に他人と、それも大勢と関わろうとするなんてな」
私と同じかと思ったんだがな――と、回したグラスに再び唇をつける。
「夢を見て……自分の記憶を知って、僕はいままで責任を無意識に避けていたのは、過去に人との関わりの中で、自分を見失ってしまっていたからなのだとわかりました。でも獣人族の、ヤドさんの言葉で気が付いたんです。僕は仲間を頼れていなかった。そして、結局のところ僕は人が大好きで、人と関わることでしか、僕は幸せになれないのだ、と。」
ノアはグラスの酒をぐいと飲む。
「だから今度は……今度こそは、自分の幸せをしっかり見極めて、周りも含めて幸せになれたらな、と」
そうか――と、ルナリアは憂い気にグラスを眺めている。一口飲めば終わる、そのグラスの中を。
「私はなかなかそうは思えない……一人の方が気楽だ」
消えそうな声のルナリアのその言葉は、どこか自分に言い聞かせているようで、とても儚く感じた。




