第4話 前編「怒りに燃える拳」
今回の新キャラ・カレンは「マツリをブチギレさせるキャラ」として考えたんですが、それにしても最低にしすぎたので、後でちゃんとフォローします。
ボクシンググローブのマジックテープを締める音が、やけに大きく響いた。
自分の心臓の音が、それに重なる。
静かに、でも確かに——高鳴っている。
ここまで来るのに、私はどれだけのものを飲み込んできたんだろう。
笑っていた。この人も、あの人も、一緒に。
兄が倒れ、呻き、吐いても、誰一人止めなかった。
でも私は、そんな女の一人——マキさんに頭を下げた。
復讐のために、仇に教えを乞うなんて、本当に屈辱だった。何度、唇を噛み切りそうになったかわからない。
「そのパンチ、空回ってるよ」
「フォーム崩れてる、無駄な力入ってる」
何度もそう言われながら、歯を食いしばって耐えた。兄の悲鳴と、あのリングでの屈辱を思い返しながら。
スパーリングではミサキを沈めた。
その後も数人、“あの日”の観客だった連中を次々に潰した。
誰もが最初は「アイツには勝てる」と思っていた。けれど、徐々に、目が変わっていった。
リングに立つ私を見て、笑う者はいなくなった。
みんなが口を閉ざし、そして——怖れ始めた。
それでいい。
その怯えが、兄への贖いになるなら、私はいくらでも拳を振るう。
だけど、今日の相手は——
「はーいお待たせぇ。こっちの準備もできたわよ」
ジム内ナンバー3、カレン。
あの日、罰ゲームを一番楽しそうに指揮していた女。
今でも明るく、チャラついた雰囲気をまとっている。
反省の色なんて、どこにもない。
「アンタ、ミサキとか潰したらしいじゃん? へー。ちょっとは骨あるみたいね」
リングに上がったカレンは、グローブを合わせる前から笑っていた。
「でもさぁ、どうしてそこまで怒ってんの? あー、もしかして……兄妹仲、めっちゃ良かった系?」
鼓動が、一段と速くなる。
けれど、それを顔には出さない。私は、冷たく睨み返すだけ。
「なに、それ。睨んじゃって。アンタ、あの動画に映ってない部分、知ってんの?」
言葉が、胸の奥に棘のように刺さった。
「例えばさぁ、フミヤくんが吐いた後、私たちが何したかとか——知らないでしょ?」
カレンの顔に、笑みが浮かんでいた。それは、明らかに私を試すような笑みだった。
「リングの上じゃ足りなくて、控室で『罰ゲーム続行』ってことになったの。全員でさ、代わる代わる……ま、いろいろしたよねぇ」
私は拳を握りしめていた。
血の気が、指先から抜けていくのがわかった。
「フミヤくん、泣いてたよ。喉枯れるまで懇願してた。でもさぁ、誰も止めなかったし、むしろ——」
言わせるな。
これ以上、口を開かせるな。
でも彼女は、嬉しそうに言った。
「……最後は私が、犯ってあげたの。彼、声にならない声出してた」
——ああ、もう駄目だ。
私の中の何かが、プツンと切れた。
理性? そんなものはもうない。
「殺す」
その一言と同時に、私はグローブを構えた。
「へぇ? やっと“人の顔”になったじゃん、マツリちゃん」
カレンは笑っていた。
でも、その笑いが次の瞬間には歪むことを、私は知っていた。
私の拳が、怒りの渦の中を貫いた。




