【第6話】推しの街でアイドル禁止令をくらう
転生してからというもの、うまくいくことなんて一度もなかった。
だが、希望はあった。いや、ひとつだけ──それが“推し活”だ。
異世界カレルディアには、“アイドロス”と呼ばれる存在がいた。
魔導歌唱によって人々の感情を癒し、共感の波を世界に広げる、まさに“情緒の精霊”とも言うべき存在。
中でも俺が目を奪われたのが──ルミナ・ミスティア。
透明感のある歌声、気品ある佇まい。
「ありがとう」という言葉を一日何百回も返してくれるその姿に、俺は完全に落ちた。
“ここなら生きられるかもしれない”
俺はルミナのライブに毎週通い詰めた。
魔導SNSで毎回の感想文を投稿し、手紙を送り、差し入れも欠かさなかった。
もちろん、ルールは守った。迷惑はかけてない。俺なりの誠意を込めた“推し活”だった。
──なのに、出禁を食らった。
ライブ会場の入り口で、係員に止められる。
「志無野様……いえ、転生者様。本日より、ルミナ様の公演にご入場いただけません」
「……え?」
「市条例に基づき、あなたには“アイドロス接近規制法”が適用されました」
完全に意味がわからなかった。
その後、渡された書類にはこう書かれていた。
【共感力0.0のまま、過度に献身する行為はアイドロス側の情緒バランスに悪影響を及ぼす可能性があります】
【複数回のライブ後、ルミナ様の共感ゲージが平均10ポイント以上低下】
【志無野様:情緒毒物指定】
……俺が、毒?
「推してたのに……応援してたのに……なんで……」
その場で取り乱しかけた俺に、係員はさらに追い討ちをかけてきた。
「“応援”という行為は、双方向の感情接続があって初めて成立します。
一方通行の感情圧は、“自己慰撫の投影”と判定される場合があります」
ライブ後、SNSでの俺の投稿も分析されていた。
・「君の歌声が俺の空虚を埋めてくれる」
・「会えない日は、自分の存在が失われるようで怖い」
・「生きててくれてありがとう」
──全部、共感ゼロ状態で発された言葉。
“他者の心を理解せず、ただ自分の感情をぶつけるだけ”の危険行為らしい。
翌週、市から正式な命令書が届いた。
【ルミナ・ミスティア様および関連施設から半径500メートル以内立入禁止】
この世界で、推し活すら許されなかった。
俺は、推し文化から排除された最初の転生者となった。
第6話、終了──俺、情緒の腐食剤として条例に記録される。