【第1話】異世界転生初日、誰からも話しかけられない男
俺の名前は志無野 睦夫。
年齢49、独身、友達ゼロ、生涯現実から遠ざかってきた人間だ。
推し活だけが俺の人生の意味だった。アイドルのライブに通い、グッズを愛で、アニメキャラの誕生日にはケーキまで焼いてきた。誰かに必要とされた記憶はないが、必要とされたい気持ちなら、ずっと持っていた。
そんな俺が、なぜか異世界にいた。
目を開けた瞬間、そこは石畳の道。空は高く、周囲には獣人や小人が歩いていて、どう見てもファンタジー世界だった。頭の中で警報が鳴る。これは夢か、妄想か、あるいは──
「ここは異世界・カレルディア。あなたは選ばれし転生者です」
頭上から声が降ってきた。神のような響き。まさか、これが……世に聞く“テンプレ転生”ってやつか?
俺は震えた。人生で初めて、期待という感情が湧いた。
「……やっと、俺のターンか?」
スマホのような光のパネルが目の前に開く。いわゆるステータスウィンドウだ。
【初期スキル】
・言い訳(Lv99)
・責任回避(常時発動)
・共感遮断(呪い・解除不可)
「……は?」
俺は読み直した。何度も読み直した。
もう一度言うが、チートでも魔法でもない。“ただの社会性破壊スキル”だ。
おまけに称号欄には、
【称号:人間的バグ】【属性:情緒腐食】と書かれていた。
ステータスを閉じる間もなく、周囲の視線が刺さるように集まってきた。
「見て、“共感スキャン0.0”だって……」
「うわ、また出た。“俺は悪くない”型のやつじゃん」
この世界では、共感力が数値化されて可視化されるらしい。
他人の気持ちを察し、歩み寄る力──それが、この世界での“社会的戦闘力”なのだ。
魔力、剣術、財力。そのどれよりも優先されるのが、共感力。
そして、俺のスコアは【0.0】。最低記録。歴代ワースト更新。
何もしなくても、周囲の人々が俺を避けていく。
ステータスが表示されただけで、村の子どもが泣いた。通りすがりの老婆は指をさして言った。
「感情の墓場が歩いてるよ……」
気づけば、俺の名前は村の掲示板に貼り出されていた。
『要観察対象:感情遮断型転生者 志無野不二雄』
『接触時、情緒汚染の可能性あり』
──転生して5分。
誰にも話しかけられないどころか、俺はもう社会から隔離され始めていた。
異世界転生、主人公になるどころか“エラーとしてログイン”してしまったようだ。
第1話、終了。
俺の異世界人生は、すでに回線落ち寸前で始まった。