序幕
四部で終わる短い作品です。
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知っているかい。
この街の金糸雀を。
月が欠けることを忘れた日、どこからとも無く聴こえる唄。
我らが魅了されるのは、子守唄のように優しく届くその歌声。
嫋嫋として響くその声は泡沫夢幻。
掴むことは叶わない。
闇夜を照らす金糸雀よ。
あなたは虚なのか実なのか。
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「エールビールお持ちしましたァ!」
ふらりと入った酒場で吟遊詩人の歌を背景音楽に運ばれてきたビール片手に新聞を広げる。新聞の大きく1面を飾るのは、とある男の記事。連日取り上げられるこの話は今最も注目されている。
謎多き彼について多くの憶測が飛び交う中、決まって満月の夜に “フクロウ” を連れて現れる決して捕まらない事から、いつしか梟の王と呼ばれるようになった。
今やここレホルム帝国指名手配者として懸賞金が掛けられているアウルの王が狙うは皆貴族であり、彼が押入ることをキッカケにボロを出し悪事が表に出る事案が多々発生している節があり、帝国も実際のところ手をこまねいていた。
“アウルの王、またしても”
“次の獲物は……”
「……」
釈然としない心境をビールと共に呑み込む。
「よぉ兄ちゃん。ここじゃ見ない顔だなぁ、楽しんでるかぁー!」
かなり酔った様子の大男が俺のグラスにエールビールを注ぎ込む。
まだ入ってるんだが……。
「あぁ。ここは賑やかで酒が進むよ」
「だっはっはっ! そりゃよかった!! ところで、さっきの詩どう思うよ」
「うた?」
「アレだよ、アレ」
男はドカッと隣に腰を下ろすと先程の吟遊詩人の方を顎で示す。
「あぁ……なかなか面白い話ではあったね」
「お、さては兄ちゃん。全然信じちゃいねぇな?」
ビールを一口含み、そっとテーブルへそれを置いて男を見る。
「よく出来た内容ではあるが、題材ありきの云わば彼の作詞作曲だろ?」
「いやいや!」
勢いよくグラスを置き、肩を組まれる。いちいち動きがでかいし痛い。
「ありゃまじだぜ。脚色なしだ」
こちらに肩を寄せた男は内緒話をするかのように声を殺す。
「金糸雀は存在する。この街にな」
「まぁ実在する鳥だしね」
「だァ違う違う! 金糸雀に比喩された歌姫だよ。実際、歌が聞こえてくるんだ。決まって満月の日にさ。あの歌声を聞きゃ次の日の体調の良さはすげぇぞ!? まぁ最近は、満月になっても聞こえてこないが……」
「へぇ」
「そうだそうだ兄ちゃんに面白いこと教えてやんよ。ここの領主サマなんだが、少し前まで丸々太ってたくせに最近妙にげっそりしててな――」
適当に相槌を打ちながら、窓の外を眺める。
夕方頃にこの店に入店した訳だが、空にはもう星が輝いていた。おや、今日は満月のようだ。
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「あざしたァああああああああぁぁぁ」
無駄に元気のいい給仕係の見送りの言葉を背中に受けながら店を出る。夏真っ只、季節外れの冷たい風にローブが靡き俺は身震いをする。
今夜は冷えるな。
「しかし、思わぬ収穫だった」
一緒に呑んでいた大男は追ってこられると困るのでジンで潰してきた。彼が気分良く饒舌に語ってくれた話しは、俺の今日の仕事を格段に進めやすくするなんとも有益な情報のオンパレードだった。
「ロア」
昼間の活気を失った大通りで静かに自分の声が拡がれば、暗闇の中光る二つのビー玉が勢いよくこちらに突っ込んでくる。
肩に着地し機嫌よく狐のように大きな耳をピルルと動かすのは鳥型幻獣のロア。猫のようなしなやかな胴に獅子を模した長い尾、梟を彷彿とさせる立派な羽と嘴、足には鉤爪が光る――と、様々な動物を混ぜた様な姿をしたコイツは俺の言葉を理解し的確に動く。人間よりも遥かに優秀な片腕だ。
機嫌取りが一段落したところで、相棒の足に巻きつけられた小さな筒の中身を確認する。中に小さく折り畳まれた書簡にざっと目を通し、炎を宿したロアの尻尾で証拠を隠滅する。
「次の満月の獲物が決まった」
マントに付いたフードを深々と被り直して、今はスヤスヤと夢の中であろう居酒屋の大男の言葉を思い出して思わず口角が上がる。
『ウチの領主サマ――色々裏でやってるってもっぱら噂なんだが、お偉いさん方は少しもしっぽを掴めないらしい……《アウルの王》の次の獲物はウチの領主様かもなぁ!』
俺は目立ちたい訳では無い。
記事に上げられるのも、出来ることなら避けたい。
だがこれによって、ああ言ってくれる人がいると気分が上がるのは不可抗力ってもんだ。
「期待に応えないとな?」
「クルルル」
空気が澄み満月がよく輝く今夜は絶好の狩り日よりと言える。
軽快な走りで建物を次々と飛び移り、ロアの先導により目的の場所を目指すのは俺――通称・梟の王。
長い夜になりそうだ。