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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

私は貴方です。

作者: 辰ノ子ずみ

私は小さい時から何かと絡まれる。高校2年の今まで出来るだけ静かに、居ないかのように過ごしてきた。でも、それが気に障ることもあるらしい。


チャイムが鳴った!

下校となれば早く帰らねば…。

日が陰るのが随分早い。


「あー おー いー ちゃん。」「ねぇ無視ー?」「おい、聞こえてんだろ?来いよ!」「ちょっとー、あんまり強いと怖いでしょ? ふふっ」

捕まった。

放っておいてと心から願う。眼鏡にかかる少し長い前髪の隙間から、薄ら笑いした悪い顔を見た。


「睨んでんじゃねぇよ」

っっ!腕を強く引っ張る。

「睨んでなんかないよ。」ウソ。内心思いっきり睨んだ。


毎日、毎日、こうして始まる。

この4人 由香、桃子、大輔、美保。よくもまぁ、飽きもせず。


小学校の頃は、同じように静かなタイプの仲良くしてた子がいた。

でも、ある日突然ハブられていた筈の子が、ハブってた子達と現れた。「ごめんね。」

なんとなく分かっていた。

「大丈夫だから。いいよ。」

いつもこのパターン。


中学になれば、そんな事にも慣れ、無の境地で。靴やら教科書は無いのが当たり前。反応しないのが一番だと、最善だと思っていた。


でも一番嫌で堪らなかったのは、先生に"仲良くしてる"と思われてた事。

ふざけんな!そう思いながら学校に行った。

家に居るなんて出来ないし…。


今日は海か。引っ張られた腕に冷たい風が染みる。寒い。無駄に海が近い高校はツラいな。


「じゃーあー、飛び込んで♡」美保は容赦ない3人の絶対信者を従えた悪魔。

信者達は今日の遊びを楽しんでいる。

「イイねー!はーやーくぅー」馬鹿みたいな声で桃子は笑う。「動画にしよーぜ」図体も声もデカい男。「由香さむいよー早くしてー」肯定しかしない。


まさか中学1年から、この4人と一緒に過ごすことになるなんて。いつまで続くんだろ。


海の匂いなんて大っきらい。波が高いのか、いつもより音もうるさい。

「早くしろよ。」「さすがに怖いー?笑」


はぁ、水面下のテトラポットって怖い。

吸い込まれるような暗い闇。

見てるだけで醉いそう。

足が竦む。上がって来れない気がする。

「無理。やだ。」


「しょうがないなあ。押してあげる。」

「っっ嫌!」

思わず美保のブレザーを掴んだ。

「ちょっ!?」


曇った冬の空。薄暗くなる中、大きく水面が揺れる。


水が冷たい。足がつる!あっっっ苦しい!!

一緒に落ちた彼女は大丈夫だろうか。

見当たらない。意識が遠のく中、水面が遠く見える。

このまま死んだら楽になれるかもな…。


嫌だ。やだやだやだ嫌だ!こんな人生で終わりたくない!

美保のように八つ当たりでも何でも!自由に生きたい!

神様にお願いなんて幾度としてきたけど、

【自由が欲しいです】


っ!…あ、生きてる…みたい。そうだ、私、海に落ちて、、。一緒に美保も落ちた…よね?大丈夫だろうか?

「気がついたのね!分かる?」

私の顔を覗き込んだこの女性を私は知らない。

「気が付かれたんですね。分かりますか?」

病院の先生だろう。覗き込む。一通りチェックしたのか、先程の女性に声をかけ、部屋を出ていった。


「目覚めて良かった。」隣のベッドから声を掛けてくれた。「…は…い。」喉が詰まった感じで、言葉が上手く話せない。

そういえば、、美保は…?

「美保、喋れる?」

いつの間にか隣に戻って来た女性が聞く。

ん?今、美保って呼んだ?間違えてる?

「私、あおい です。」「何を言ってるの?」「すみませんが鈴谷さん、手続きを。」「ちょっと行ってくるわね。」看護師の呼び掛けにまた、バタバタと立ち去ってしまった。


どういう事だろう。いいや、もしかしたら、本当にもしかして、神様に【自由が欲しいです】って願いが通じた?まさか。でも、そうだとしたら、私今、人生最後の機会だ!

でも、一緒に海へ落ちた…はず。生きてるよね?

ううん、悪い事は考え無い。

私が美保を心配するなんて。だって、あんなにやりたい放題。自業自得だ!


バタバタとまた女性が戻って来た。

「お待たせ。美保、経過を見てすぐ退院できるって!」恐る恐る確かめてみる。

「おかあ…さん?」「なあに?」そうだ、この女性が美保のお母さん。

そういえば昔、私と美保は似ていると言われた気がする。幾ら何でも自分の子供を間違えるか?

少し体を起こして、辺りを見回してみる。鏡が置いてある。

「ウソ…。」言葉を失った。そっくりだ。眼鏡が無いからか似てる。髪も整えられているが、前より伸びて似てるというより…美保だ。

今、この機会は逃したくない!!


3週間後退院の日。この日まで(美保の)お母さんは最初とあと1回最後の計3回しか来なかった。

来た日は香水とタバコの臭い。そこにお酒も。酷いもんだ。病院なのに。


「帰るよ」最初に目を覚ました時よりも態度が違う。


着いたみたいだ。

「こんなとこだったの…?」「なに?早くしなさい。美保。」呟いた言葉が聞こえてなくて良かった。機嫌はすこぶる悪そうだ。

ボロボロのアパートの2階。金属部分は錆び、塗装が剥げていて手を付けば刺さってしまいそうだ。扉のノブは鍵がかかるのか不安になる。中に入れば、和室のワンルーム。

「じゃあ、ここに置いとくから、あと好きにして。」テーブルの上に1万円札を1枚置き、お母さんは出かけていった。

「知らなかった…。」あまりにも衝撃だった。こんな暮らしをしていたなんて。


今、美保は何処に居るのだろう。

仕方ない。取り敢えず、学校行こう。

もし、会ったらどうする?

…その時は"あおい"になればいいか。


「大丈夫だったか?体調。席座れー。」

先生の声が私に向くことあるんだ。

「はい。」小さく呟き席を見るが私の席が無い。

「何してる、鈴谷ー?」びっくりした!私が美保として見られてる!?

じゃあ、美保として居られるの…この教室に?「鈴谷ー?体調悪いか?」

しまった。怪しまれては困る。「大丈夫です。」美保の席に座る。

大丈夫。知ってる筈の大輔、桃子、由香は居ない。


チャイムが鳴った。急いで帰らなくては…

…あ…もういいんだ。気にしなくて。

ずっと待ってた。この時を。誰にも声を掛けてもらえなくても、声を掛けられないこの瞬間を。

「…鈴谷さん。」聞き覚えの無い男の子の声。振り返って人の顔をまともに見たのは何年ぶりだろう。「"あおい"さんだよね。」「え…」顔に出た気がする。なんで分かるの…?あおいを知ってる。なんで?どうしよう、バレた?!怖い!「ち、違うよ美保だよ。病院から帰ったばっかりだから、ちょっと雰囲気変わっちゃったかな?」嘘つく時って饒舌になるってのは本当なんだと思う。

「そっか。じゃあまた明日。」「うん。また明日。」はぁーー。危ない。そりゃ美保に見えないのが普通だよね。美保らしくしなきゃ。でも、席が無いのに…。覚えてくれてた事が嬉しい、、なんてね。


私の家も、お母さん…も気になるし、先にウチに帰ってみるか。

古いアパートの1階だが、美保より幾分マシだ。


ウチ…が、ウチの表札の名前が無い。お母さんは…「すみません、ここに住んでた佐藤早月って人知りませんか?」丁度出てきた人に聞いてみる。「誰?あー最近引っ越してきたの。」

「じゃあ今何処に…?」「さ、さぁ…。」


え…どうしよう。お母さん…私捨てられたの?

「チョット聞こえちゃったわ。ワケあり物件だから。」

近くを散歩していたのか、おばちゃん2人が話に加わった。

「投身自殺だって聞いたわよー。子供が自殺しちゃったからって、自分も後を追うようにねぇ、責任感じちゃったのかしら。」「そうそう、自分の子供でも無いのに一生懸命だったのにねぇ。」「あら、そうだったの?遅くまでお仕事されてたみたいだし。気持ちが切れちゃったのかねぇ。」

待って待って、一気にすごいこと聞いたんだけど、、、。

何?お母さん…死んじゃったの?私、実の子じゃないの?もう、訳わかんないよ!!!

思わずその場から逃げるように走っていた。


悲しいとかそんな事分かんないぐらい、頭の中グチャグチャ。どうして?どうしたら良い?分かんない、わからないよ………


…やさん…鈴谷…鈴谷さん。大丈夫?」「!!」

声をかけられた。「ごめん。聞こえてなかった。何でもない大丈夫。」思わず背を向けた。

教室で声を掛けてくれた男の子だ。

「大丈夫。大丈夫。ゆっくりで。」「!?」

落ち着いた声で背中をさすってくれてる。恥ずかしいけど、ホッとする。自分で抑えられない位、涙が出てくる。

「大丈夫。落ち着いた?」「ありがとう。」

久しぶりに"ありがとう"なんて言った気がする。

海の音が近い。学校近くまで走ってきたんだ。海風の磯の香りが何だか心地良い。

「帰れる?」「うん。」

「"あおいさん"また明日。」「また明日。」


はぁ、帰るって何処に…。

そうだ、美保の家に行かなきゃ。美保になるんだ。もう戻る場所は無い。


ゆっくりと沈む夕日が海に反射してキラキラしてる。いつもより、眩しい。



暗く、電気がついてない部屋。

まだお母さんは帰ってきていないようだ。

「美保のこと、ちゃんと知ろう。なりきらなきゃ。」部屋を探ってみるか。小さいテーブルにスタンドミラーと使っていたであろう、ヘアアイロンはお母さんの物を借りていたっぽい。「ご飯は…」冷蔵庫はペットボトルのお茶、飲みかけの牛乳、使いかけの醤油。「固形物何も無し。」化粧品が冷蔵庫に入ってる。「コレはお母さんのかな?触らないほうが良さそう。」

収納棚には教科書…お酒の本、マンガ、料理本がちょこっと。乱雑で何が入ってるかイマイチ分からない。ん?なんだコレ。奥に正方形の小さい「手帳?」中を失礼します。「美保の字だ。日記みたい。」

ガチャガチャッ!!

玄関ノブに鍵を差す音が響く。

ヤバい、お母さん帰ってきた。急いで日記を棚の奥に隠す。

「なにー?ねてなかったのー?めちゃくちゃ疲れたーへへへっっ」凄くお酒臭い。

「お水飲む?」水道水を蛇口からコップに注ぎ渡す。「ありがとう。うーん。はぁ。お風呂入るー。」

この人は何となく分かってた。多分ホステス。化粧品やブランドバッグ、ハイヒールの数。「こんな暮らしをしてたんだ。」もっと明るく、親に構ってもらってないとしても、自由にやりたい事やってると思っていた。髪を巻いて、新しいアクセサリーなんか付けてて、私とは正反対の陽キャ。お風呂から出てきたお母さんは酔が少し冷めたよう。「ねぇ、私のイヤリング持ってったでしょ。学校に持っていかないでって言ったでしょ!!」パンッと平手が飛んできた。「ご、ごめんなさい。」自由でも、自由じゃない。「謝るなら最初っからしないで!」怖い。キンキン声で怒鳴る。さっきの酔ってた方がまだマシだ。


朝方、まだ日が上がっていない。寝られなかった。

寝ているお母さんの横をすり抜け、手帳を探り出し、家を出る。

歩いて海までゆっくり行こう。


徐々に明るくなってきた。辛い1日がまた始まる合図。美保になったら、朝を歓迎出来ると思っていた。"人の人生奪って幸せなんて許さない"と言われているんだろうか。

海辺のベンチで手帳を開く。

「10月22日お母さん、私の誕生日忘れてるって思いたくなかった。小さい紙袋を持って帰って来た時嬉しかった。でも、ネックレスが入ってた。お客さんがくれたんだって分かった。その時私、少し期待してたんだよ。」

パラリとページをめくる度、心が締め付けられる。「12月24日クリスマスイブ。お母さんが帰ってこない日だ。クリスマスなんて大っきらい。帰って来ないって事はアイツが来るかもしれない。お母さんが帰って来ないことをいいことに、私■■」滲んでる。どうして誰も助けてあげられなかったのだろう。誰も気づかない、"助けて"この言葉を発した人だけ助けてもらえる世の中なのだ。気づいてほしい、そんなことはワガママなのか…。


「鈴谷さん、おはよう。」太陽に照らされて、眩しくて顔が見えない。が、声があの男の子だ。

「おはよう。朝早いのにどうしたの?」

「鈴谷さん入院する前は此処によく来てたから、居るかなぁと思って。」

「そうだっけ?」しまった、知らなかった。本当、知らない事だらけ。

「知らなかったでしょ。図星だ。」「!?」

「ここから僕が知ってる事を話して良い?」戸惑った。どうしよう。知りたい事は沢山あるけど、聞くって事は"私はあおい"だって、言ってる様なものじゃん。それでも、、、それでも、私の知らない美保を知ってる気がする。美保のホントを知ってる気がする。この人ならバレても良いかもしれない。

「聞きたいです。」

「最初はね、親、僕の母から聞いたんだ。美保さんとあおいさんの事。僕の母は児童福祉委員してて、児童見守り?みたいな。その時出逢ったんだって。7年前に鈴谷さんのお母さんが子供を叱ってるって相談があったらしい。だから自宅に見に行ったら、痣だらけで細くて小さい女の子が部屋にひとりぼっちだったって。」何となく分かる?気がする。「そのまま母はすぐ家に連れてきたんだ。そこで僕も初めてあおいさんに会った。」「えっ"あおい"?美保じゃなくて?」「うん。」私には記憶が無い。落ち着いた声で続けて話す彼。「それで、母から「多分あの子は辛いって分からなくなってる。あまりにも苦しくて、小さい心が限界を超えて痛いとか泣きたいって思わない様に、心を何処かに置いて来て、空っぽになっちゃったんだ。」って言われた。その時はちゃんと僕が理解できた訳じゃないけど、あおいちゃんが此処に姿があるのに、此処には居ない感じがしたんだ。その日から数日家に居たんだけど、「返して欲しい」って鈴谷さんのお母さんに言われてお家に連れて行ってしまったんだ。後になって物凄く、凄く後悔してた。」

「そうなんだ。でも私なの?」

「その時はね。その後、高校1年になって同じクラスで美保さんに会った。」

「同じクラスだったんだ。美保と。って事は私とも同じクラス?」「うん。」

少し間が空く。言葉を選んで、飲み込んだ様に。輝く海が柔らかく照らす顔は、とても優しく、瞳は真っ直ぐ私を見る。黒髪が海風にさらりと揺れる。

「僕自己紹介まだだったね。僕、佐藤弘樹。母の名前は佐藤早月って言うんだよ。先月亡くなったんだ。」「え?」私のお母さんと同じ名前。偶然?じゃないよね?「どういう事?私のお母さんと、、あおいのお母さんと同じ名前、なんて...。」

「それは、、、。あおいさんが小さい時に家に居て、その当時、母を"お母さん"って呼んでたから、、かな。」

「そんな…。」謎だらけ。じゃあ、美保は美保のお母さんの子供。私は…誰の子供?

「分かんない、分かんないよ!! 私は…私は誰?」思わず声が大きくなってしまった。頭の中がモヤモヤする。

チャイムが鳴る

「学校が始まるよ。 これ僕の連絡先。困ったら、助けてっていつでも言って。」手に握らせてくれた小さな紙切れが、とても心強かった。優しいこの声を言葉を、掴んでいたい。「ありがとう。」


今日一日何も手に付かなかった。授業なんて何も覚えちゃいない。ずーっと頭の中に噛み砕けない何かが引っ掛かっているようだ。



帰れる所が本当に無くなってしまった。自由が欲しいのに、私が望んだ事だったのに、野良猫のように捨てられた気分。


美保の家に帰って来た。お母さんは居ない。多分数日帰って来ないつもりだろう。置いてあるお金が少し多い。

はぁ…。疲れた……。


はっ!!考え事をしている間に寝てしまったんだ。制服のままだった。ん~~。伸びをしてふと見ると、外は真っ暗だ。時計の針は22時になろうとしている。

ガチャガチャッ

お母さんかな。

違う!!暗闇に響く音が足は大きく、かつそうっと歩いてる事が分かる。男の人!

小さくなってあまり見えていないであろう隙にスマホを手に取る。部屋の隅で気づかれないよう助けを…誰に…。

「見ーつけた。」その男は手帳に書いてあった男だと直ぐに感じた。

「暫く帰って来ない日を待っていたんだ!遊ぼうか俺と。」腕を掴まれた!痛い!

「嫌!助け ーー 」口を塞がれる。睨んでしまった「一丁前に睨んでんじゃねえよ!」振り翳された一撃は重たくて、痛くて、苦しい。

「助け…て…」

「誰も来ないさ。また動画でも撮るか?この前は変な女に邪魔されたからな。」

不敵な笑みは絶望を意味してる。

「」声が出ない嫌だ!誰か、、佐藤くん!

「イヤッ!!キャッ」ブレザーを掴まれ、シャツのボタンが弾け飛んだ。必死に抵抗するが力が強くて払いのける事が出来ない。

もう、無理なんだ、誰も助けてくれない。

あ…れ……前にもあった気がする。こんな事。イジメじゃない。美保にイジメられたんじゃなくて、、手帳の中身は私だ。いや、私が美保なんだ。辛い、痛い、苦しい、悲しい。

この感情を美保に押し付けたんだ。


暗く、静かな埃っぽい部屋にスマホの画面が光る。襟ぐりを掴まれて、馬乗りにされている。あぁ、今までごめんね、美保。


ドンドンドンドンッ「警察だ!そこに居るんだろう!大木大輔! 突入するぞ。」「チッお前か!」ドタドタと入って来る足音。

「佐藤早月さんの殺害容疑で逮捕状が出てる。分かるか?連行しろ。」「知らねえよ!」


「美保さん!」聞いたことのある声。安心するこの声。「遅れてごめん。怖かったね。ごめんね。もう大丈夫。大丈夫だよ。」優しく背中をさすってくれる。涙が溢れ出てくる。

うっっうぁんうぁーん。。。。。

声を出して泣いたのはいつぶりなんだろう。

さすられる背中に全てを投げ出して泣いた。



テレビから流れるニュース

「大木大輔容疑者36歳は先月、八林市宮町の防波堤近くで見つかった佐藤早月さん45歳を、自殺に見せかけ殺害したとして、今月24日に逮捕されました。また、パートナーの子どもを日常的に虐待していたとして児童虐待の罪でも起訴されています。」


警察からの事情聴取で私の手帳を渡した。

お母さんも日常的な虐待、ネグレクトの罪で逮捕となった。

「美保さん。体調はどう?」

「うんありがとう。大丈夫だよ弘樹くん。」

「中庭行く?」「うん。連れてってくれる?」「もちろん。」

風が気持ちいい。まだ冷たいけど、ゆっくり春に向っているのが分かる。

「風、気持ちいいね。」「うん。気持ちいい。」言葉よりも先に伝わる気持ちが嬉しい。言葉にしてくれる優しさに甘えてしまう。

「美保さん、お部屋に戻って下さいね。ご飯になります。」「はーい」顔を見合わせ笑顔が零れる。

私は精神病院に一時入院となった。

徐々に美保を取り戻しつつある。病院の先生が言うには、美保は耐え、限界に達して、痛みや苦しみを感じない"あおい"を生み出した。でも学校に行くのは"美保"学校内は"あおい"チャイムを合図に入れ替わっていた。美保は普通に学校に通うあおいが恨めしく、羨ましくもあった。だから、八つ当たりとしてイジメを始めた。だけど、自分自身を傷つけるだけで、何も解決しなかった。

そこで、肯定してくれる由香と桃子、そして大輔。大輔だけは違った。苦しみを与える存在を始め、頼りにしたい……と、居ない筈の父親の存在として生み出したのでは?と先生は言う。果たしてどうだろう。私にも分からない。



あれから1年後。

防波堤に花を手向ける。日が傾き延びる影は2つ。

佐藤早月さん 私の心の拠り所だった。あの時、言葉に出来なかった想いを汲んでくれた初めての人。

でも、私のせいで殺されてしまった。

12月24日あの日、助けに来てくれたのは佐藤早月さんだった。その時、私を庇い大木大輔と揉み合いになった。弾みで気を失った早月さんをアイツは海に捨てた。防波堤に靴を揃えて、手紙の様な物を用意したらしい。

その様子は奇しくも、アイツが自分で撮った動画に残っていたらしい。警察からの説明だった。あの時がとても悔やまれる。

「くっっ。」唇を噛み締める。「美保さんのせいじゃない。絶対に違うよ。」「…」俯く私に優しさをくれる。「ごめんね。ごめんなさい。ごめんなさい……」言葉を繰り返す事しかできないよ。

「お母さんが守ってくれた人は、これからは僕が引き受けるから。ずっと大切にします。僕と一緒にいてくれますか?鈴谷美保さん。」

「えっ。でも、私こんな…人間…」

どうしよう。気持ちが無いなんて嘘でも言えないぐらい嬉しい。私、こんな私なのに。私は貰ってばっかりで、何もあげれてない。言葉すらも。だから、伝えなきゃ。素直に。

「あの時、私に気付いてくれて有難うございました。声を掬い上げてくれて、嬉しかった。でも、私が幸せになるなんて早月さんに申し訳ない。そう思うのに……。それでも好きです。佐藤弘樹くんが好きです。図々しいよね。こんな自分は嫌なの…に…」抱き寄せられた。こんなに温かくて大きかったんだ。「図々しく生きて良いんだよ。これからも僕の隣にいて欲しい。」「うん。」大切に、強く抱きしめ返した。




あれから12年の月日が流れた_。

寒い冬から春が近づく。時折強く吹く風が人の間を通り抜ける。

「パパー!!だっこぉ~!」「おー!よいしょっ肩車ー」「キャハッたかーい!」「美保さんは何してますか?」「お義母さんに持っていこうと思って。」エコー写真を手にお墓へ。


お母さん、僕の家族が4人に増えました。

助けてくれたこの命を紡いで、これからも図々しく幸せになります。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

登場人物、場所名称は架空のものです。

初めてで、分からず書き始めて何度も書き足すことになってしまいました。こんな悲しい話になるつもりは無かったんですが、何とか着地した感じです。良ければ感想頂けると嬉しいです。

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