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2.心地の良い子守唄

 ヘカッテの暮らす迷宮では、お日さまが沈む時間に目を覚まし、お日さまが昇る時間に眠りにつくことが普通でした。

 それにはいくつかの理由があります。ひとつは、迷宮の人たちの中で、お日さまよりもお月さまの方が人気であったこと。そして、もうひとつは、迷宮の中を歩くには昼よりも夜の方が楽であるということです。


 昔、昔、この天然の迷宮をもっともっと歩きやすくするために、人間たちが開拓をしていった時代がありました。その頃の迷宮はゴツゴツとした足場と暗黒の広がる恐ろしい世界で、その静けさを愛する生き物もたくさんいたのですが、それ以外の多くの者たちにとっては不便でならなかったのです。

 そのため、迷宮の地面は整えられ、明かりをともすことになったのです。


 その時代から、普段は外に暮らしていた人々が、迷宮に足を踏み入れる理由は決まっていました。月のつららと呼ばれる鍾乳石しょうにゅうせきのような結晶から滴り落ちる月のしずくが目当てだったのです。不思議な魔力を与えてくれるその存在は、それだけでなく、巨大な魔法石として未知の輝きを放っていました。

 そのほかにも細々とした魔法石は迷宮の至る場所に存在し、仄かに輝いていたのです。その輝きに、別の明かりを当てるとどうでしょう、驚くほど光ることに当時の人々は気づいていたのです。

 そこで、迷宮のあちらこちらに鏡が設置されることになったのです。外からの光をあちらこちらから集めてきて、反射し合って魔法石に輝きを与え、迷宮全体の照明になるように工夫されることになったのです。


 こうして、迷宮は多くの者たちにとって歩みやすい世界となったのですが、真昼の時刻は逆に眩しすぎる世界ともなりました。太陽の光が強すぎて、魔法石が輝き過ぎるのです。だから、迷宮の人々は夜に生活を合わせるようになっていったのです。

 ヘカッテも、自身の魔力のため、そして、大切なメンテを枯らさないために、ほぼ毎日、迷宮をさまよって月のしずくを集めなくてはなりませんでした。

 だから、彼女のたちにとっても、日の出は眠る時刻だったのです。


 そんな日の出の時刻。ベッドに入っていたヘカッテは、ぼんやりと天井を眺めていました。今日も迷宮を行ったり来たりして、月のしずくを集めてきたから、くたくたです。それなのに、眠れなかったのです。

 疲れているのにどうしてだろう。

 不思議に思いながらベッドの上で何度も寝返りを打っていると、隣にある小さなベッドで眠ろうとしていたカロンが、ヘカッテに話しかけました。


「どうしたんだい? 眠れないのかい?」


 ヘカッテは横になったまま、カロンに答えました。


「そうなの。疲れているのに、なんでだろうね」

「なんでだろうね。眠りの案内人が遅刻しているのだろうか。目を閉じて待ってみなさい。もうじき来てくれるかもしれないよ」


 カロンの言葉に頷いて、ヘカッテは再び目を閉じました。

 けれど、程なくしてまた、ヘカッテは目を開けてしまいました。


「どうしても眠れないみたい」


 カロンは再び顔をあげ、腕を組みながら言いました。


「困ったね。外はもう明るいというのに。何か心に引っ掛かっていることとかあるんじゃないかな。眠る前にやり残したことがあるとしたら、それが気になって眠れないということはあるかもしれないよ」


 ヘカッテはしばし考え込み、そして、ふと気づきました。


「ねえ、カロン。もしかしたら、わたし、話し足りないのかも」

「何の話かな?」

「小さい頃のお話だよ。モルモとメンテにした迷子になった時のお話」

「ああ、あの話か」


 そう言って、カロンは起き上がり、ヘカッテを見上げて言いました。


「じゃあ、ここで話してみなさい。私が聞いてあげるよ」

「ありがとう。じゃあ、話すね」


 こうして、ヘカッテは小さい頃の記憶を辿っていきました。

 その昔、ヘカッテはお父さんとお母さんに何度も言い聞かされてきました。

 迷宮に一人で行ってはいけないよ。

 その度に、ヘカッテは元気よく答えました。

 分かっているよ。

 ヘカッテは、物分かりのよいこでした。お行儀よくしていましたし、おとなの人の言いつけをきくと、それをしっかりと守るような子でした。

 でも、そんな子であっても、小さい頃はたびたび好奇心の精霊にとりつかれ、気づいたら言いつけを破ってしまうようなことはあったのです。


 好奇心の精霊は、小さな子どもたちのお友達でもあります。彼らの働きかけは、子どもの成長を手助けしてくれることが多いのですが、時たま、危ない目に遭わせてしまうこともあったのです。

 ヘカッテは魔女の子でしたが普通の子のように小さな頃は好奇心の精霊とお友達でしたので、何かに興味が向くと、その事しか考えられなくなるきらいがありました。


 迷宮にひとりで行ってしまったのもそのためでした。きっかけは、キラキラと七色にかがやく不思議な蝶々で、そのあとを追いかけているうちに、ヘカッテの生まれ故郷である町からどんどん離れていってしまったのです。そして、いつの間にか迷宮の中で迷子になってしまっていたのです。


 我に返った時、ヘカッテは困り果てました。自分が大変なことをしてしまったことを理解したものの、何処から来て、何処へ向かえばいいか分からなくなっていたのです。

 さらに困ったことに、迷宮はちっとも安全な場所ではないということを、ヘカッテはもう知っていました。ここにはあらゆる怪物がいます。その中でもっとも恐ろしいのがモノ探しの怪物で、迷子を食べてしまうとも言われていたのです。


 ──どうしよう。


 ヘカッテは怖くなり、とうとう泣きだしてしまいました。そこへやってきたのが、知らない魔女のお姉さんだったのです。


「お姉さんはね、ずっと手を引いてくれたの。そして、町に戻ってくることが出来たの。あの時のお姉さんの事、もうほとんど思い出せないんだ。でも、すっごく心強くて、今でも憧れているの。それでね──」


 と、ヘカッテはカロンに視線を向け、話すのをやめてしまいました。いつの間にか、カロンはすやすや眠ってしまっていたのです。

 その様子を静かに見つめていると、枕元に置かれた鳥かごから、竪琴を鳴らすような音が聞こえてきました。メンテです。ヘカッテはベッドに入りなおして、そして、メンテに答えました。


「──うん、そうだね。そろそろ寝ないとね」


 すると、メンテはうなずくように揺れ、歌い始めました。

 それはヘカッテが赤ちゃんの頃から聞いている子守唄でした。安らぎのその音色は、ヘカッテがまだ、この世界に怖いものがあるなんて知らない頃に抱いていた安心感を思い出させてくれるものでもあります。

 だから、この音色を聞いていると、ヘカッテはぐっすり眠ることが出来るのですが、お姉さんになってきた最近は、気恥ずかしくて自分から言い出せずにいました。けれど、そんなことはメンテもよく分かっていたので、しばらく様子を見ていたのです。

 結局この日も、メンテがまだ歌い終わらないうちに、ヘカッテは眠りにつきました。そして、その意識は、段々と夢の世界へと誘われていきました。


 ふと気づくと、ヘカッテは迷宮の中にいました。そこが夢であるということも忘れ、ヘカッテはぼんやりと周囲を見渡していきました。

 遠くには七色の蝶々が見えます。小さい頃に追いかけてしまったあの時の蝶と同じ生き物です。迷宮に生息するそのシチサイチョウという蝶々は、いつの間にかヘカッテにとって珍しく特別なものではなくなって、ごく当たり前の生き物の一つになっていました。

 それでも、何故でしょう。夢の中だからでしょうか。この時は、小さな頃のように、追いかけるに値する不思議な存在に思えたのでした。

 しばし蝶々を追いかけていくと、ヘカッテはほんの少しだけ我に返りました。


「カロン? メンテ? どこにいるの?」


 とはいえ、まだ夢の中であることは分かりません。何処か心細い思いを抱えたまま、ヘカッテは迷宮をきょろきょろ見渡しました。

 声が聞こえてきたのは、その時でした。誰かが泣いている声でした。ヘカッテはその声がどうしても気になり、近づいていきました。そして、彼女は見つけたのです。

 迷宮の真ん中で目をこすりながら泣きわめいている、半透明の子どもの姿を。

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