82話
アングリッタ王立技術学院には各生徒同士が互いを高め合うための技術試験場がある。
組手、模擬戦、魔法の実験、試射、等あらゆる技術試験を行うための練習場として機能している。
その日の技術試験場は賑わっていた。
観客という名の野次馬が如く多くの生徒達が賑わう中その中心には赤髪の少女レイラと対するように優雅に金髪を手で払い不敵な笑みを浮かべるミリアン·マグリミスが立ちはだかる。
レイラは槍を、ミリアンは剣を手に持つ。
お互い得意な武器を手にした真剣勝負。
しかし…
「今回はお一人で大丈夫なんですか?私は何人相手でも構いませんよ」
一対一がセオリーの決闘の場において多対一でレイラに襲いかかったミリアンが代表を務める親衛隊に対してレイラは嫌味を返す。
「前回は申し訳ありませんでしたわ…一部の親衛隊の方々が貴方に大変な御迷惑をかけたのは聞き及んでいます、代表して謝罪しますわ。」
「驚きましたね、てっきり反故にされると思ってましたよ」
「その様な恥さらしなマネはしません。マグリミス家の人間として誇りをもって剣を握りたい、それが私の思いですから」
「成る程…疑い…申し訳ありません」
「構いませんよ…互いに全力を尽くしましょう」
レイラもミリアンも互いに武器を構える。
審判役をかってでたナナリアが開始の鐘を鳴らす。
様子見に徹するつもりだったレイラとは真逆、ミリアンは先制とばかりに足をバネの様にしならせて付き攻撃を放つ。
一瞬の内にミリアンはレイラとの差を埋めレイラの喉元に剣が襲いかかる。
彼女達が使う武器はどちらも殺傷力のない模擬刀だが当たり所が悪ければ怪我もする。
故に当たれば相応のダメージは覚悟しなければならない。
槍使いを相手にしたならば距離を詰め懐に潜り込めば良い、剣使いの得意とする距離で相手を翻弄すれば良いだけの話だ。
槍はリーチが長い分、取り回しに難があり、近接戦に向かない弱点がある。
しかしレイラは直ぐ様バックステップて距離を取り、槍の切っ先で相手の剣先を弾く。
ミリアンは予想外の相手の動きに思考が追い付いていない。
剣を弾かれ耐性を崩したミリアンはなんとか踏ん張り転倒だけは阻止するもその一連の動作は大きな隙を生み出す結果となる。
それをレイラが傍観する訳は無くミリアンの腹にレイラは槍による横薙ぎの一撃をくらわした。
「ぐふぅっ!?」
ゴロゴロと転がりながらもなんとか立ち上がり構えを取り直すミリアン。
単純なやり取りながらも今の手合わせでミリアンはレイラの実力と自分の実力に大きな差がある事を実感した。
(まいりましたわね…まさかここまで差があったなんて…)
「……」
レイラは黙って構えを取る。
そこに隙はない。
どれだけレイラを睨みつけても隙など見つかる訳もない。
(ふふふ…コレでは私より弱いあの子達が何人束になってもかなう訳がありませんわね…まるで隙もない……でも!)
ミリアンは剣を握りしめ走り出す。
更に加速してレイラに挑みかかる。
今度はフェイントを交えた攻撃。
しかしレイラはこれを難なくいなしミリアンが攻撃の際にみせる僅かな隙をこまめに付き彼女にダメージを蓄積させていく。
「ぐふ…はあはぁ…」
「無駄です、貴方の動きは見切りました、もう貴方の攻撃は私には通用しません」
「見切った…?…この私の技を見切ったと…そういうのですか…?」
「ええ…。」
「なめてますわね…この私を…!ならば見せて差し上げましょう!!私の奥義を!!」
「奥義?」
「風よ…!私に全てを凌駕する速さを!!」
「!!?」
風の魔法を自身に付与し爆発的な加速を得たミリアンはその追い風の力を受けレイラへと突進する。
風との一体感。
彼女自身が風そのものと化し弾丸の如く突き進む。
「天翔脚!!」
そう名付けたこの技は風の力をそのまま足に付与しスピードとして活かす事のできる魔法技術。
速さで翻弄し、敵を貫く。
しかし。
レイラはこれを極単純な足払いでいとも容易く防いで見せた。
「かわした!?」
「……。 」
「この!馬鹿にして!!」
更に足に魔法を付与しスピードを上げるミリアン。
しかしレイラはこの尽くをすんでのタイミングで躱す。
ミリアンの攻撃は当たらない。
「どうして!?どうして?どうして!!?」
閃光となって縦横無尽に動き回るミリアン、会場はミリアンのスピードで土煙が舞い視界を塞ぐ。
それでもレイラは彼女の攻撃の全てを躱す。
まるで彼女の攻撃の全てが見えているかの様に。
「直情的な攻撃です、貴方が何を狙い攻めているのか予測するのは容易い。」
「なっ!なめるな!!」
「それに貴方自身がそのスピードに振り回されている、それでは勝てる勝負も勝てはしない」
「このこのこの!!」
このままでは拉致があかない、ミリアンは足に凝縮した風の魔法をそのままに自身の剣に魔力を重ねがけする。
爆発的な瞬発力とスピード。
攻撃力をもった彼女の奥義。
「くらいなさい!奥義!!流星剣!!!」
これまで避ける事に専念していたレイラだが今回は違った。
わざとミリアンの高速スピードから繰り出される剣撃に槍を合わせる。
しかし槍と剣が交差する事はない。
発勁と呼ばれる技術の応用で相手の動作エネルギーを逆に利用し、相手の攻撃を流す。
勢いを殺し切れないミリアンはそのまま壁に激突し体の至る所を骨折し戦闘の継続が物理的に不可能な状態に追い詰められてしまっていた。
「が……あは……」
「……、貴方はご自身の敗因が何だがわかりますか?」
「敗因…?負けた…?私が……?そんなワケありません…私は…私……っ!?が…あぐっあぁ…」
「無理はなさらない様に…あの速度で壁に激突したのです…立つ事もままならないでしょ…?」
「ぐっ……」
己がザマを鑑みてこれ以上の戦いは不可能と悟るミリアンは負けを認め、救護科の生徒に運ばれていく。
ナナリアが高々とレイラの勝利宣告を行い今回の模擬試合は終わりとなった。
この場に集まった野次馬達は誰もがミリアンの勝利を確信していた。
数々の魔法とそれを元に練り上げた数多の奥義。
教官達すら称賛する秀才ミリアンが成すすべなく敗退したと言う事実に。
担がれ運ばれていくミリアンを見ながらレイラは一人呟く。
「貴方の敗因はその驕り昂りですよ…」
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「まさかミリアン様が負けるなんて!」
「あの赤髮の槍使い何者なんだ!?」
生徒達は先程の決闘の感想を思い思いに語っている。
そして彼等の話す内容は一貫している。
ミリアンの敗北。
これまで圧倒的な力を見せ付け他を圧倒して見せた彼女をまるで赤子の手をひねるかの如く下した赤髪の少女。
レイラの事でもちきりだ。
しかしとある少女は冷めた表情でその場を後にしようとする。
わかり切った結末には興味を示せないのは当たり前の事だ。
「シュナさん!何処にいかれるのかしら?」
「ミリアン様が負けたと言うのに貴方何とも思わないのかしら?」
「あれ程手をかけてくれたミリアン様もコレでは報われまんわね!」
シュナに対して四人の少女達が束になって取り囲む。
シュナは内心では溜息を付きながら表向きは泣きそうな顔を作り、ひ弱な少女の体裁を保つ。
「そんな顔しても無駄ですことよ?」
「泣けば許されると思ってなくて?」
「私貴方の事ずっと嫌いだったの!今はミリアン様もいない…貴方を庇うお方はいないわねぇ?」
「ひぐ…ぐす…」
「本当に不愉快な女ですわ!」
「身の程を弁えなさいな!」
人通りの少ない路地裏へと彼女を誘導し大勢で囲い込む。
模擬刀で袋たたきにしようとエルネラ達は彼女に襲いかかる。
しかし彼女等の攻撃はシュナにはあたらない。
「ごめんなさい!ごめんなさい!」
謝りながら彼女等の攻撃をヒラヒラユラユラと避けるシュナ。
「このちょこまかと逃げ回って!」
「ハァハァ!なんなの!なんなのよ!」
「もういいわ!行きましょう皆さん」
「そうですわね!こんな方のお相手しているだけ時間の無駄ですわ!」
「ですわですわ!」
エリネラの一声に皆乗っかって立ち去っていく。
見事な群体行動だ。
アレが人間が持つ群れをなして行動する社会性とか言う物なのかとシュナは内心で感心と呆れを同事に彼女達に持つ。
一人一人は何の発言力もない矮小な存在でも群れて行動する事でお互いの矮小さを補填し補う。
そうする事で自分を鼓舞し強く振る舞える。
弱き者達が見出した術だ。
「驚きましたよ…あそこまで言われてずっとその臭い泣き真似を続けれるなんて…どんな精神構造をしてるのか是非教えて欲しいです」
「何の用?」
「いえいえ、ただ見せ物として中々でしたので。」
ナナリアはほくそ笑みながらシュナにそんな事を言う。
「趣味が悪いんだね…貴方…?」
「そんな事はありませんよ…傲慢不遜な彼女達が見下していた貴方にまけるさまは中々愉快です」
「そうなんだ…?」
「はい…まぁ…褒められた趣味ではないのは認めないといけませんかね」
「……で…なんの用?」
「いえ…」
「ふーん…ならもういくね…?」
シュナはあるき去っていく。
ナナリアはそんな彼女をただ見送る。
そんなシュナの背中に向けて彼女は静かに問いかける。
「貴方の目的はなんですか?」




