81話 シュナ
「貴方!どういうつもりなの!」
ある女生徒が気の弱そうなもう一人の女生徒に強い口調で詰め寄っていた。
気の弱そうな少女はオドオドしながらごめんなさいと今にも泣き出しそうな声色で謝罪の言葉を口にする。
しかしそれで女生徒の気は紛れる事はなくその怒りは更に増していく。
「謝って済む事だと思ったら大きな間違いですわ!あの時貴方も戦列に加わっていればあの生意気な野蛮人に遅れを取らなかったのに!」
「貴方が怖気づいて情けなくも逃げたせいで私達は負けたのよ?全て貴方の責任よ?おわかり?」
「衆人の前で恥までかいて、どうしてくれますの!?」
「……ごめんなさい…」
あの日、レイラに喧嘩を吹きかけた取り巻き女達は一人の女生徒に集団で言い掛かりとも言える暴言を投げかける。
気の弱そうな少女はそれを黙って聞くだけで反論等はしない。
ビクビクと震え、今の状況が過ぎ去るのをただじっと待っているかの様だった。
「本当に貴方のせいで大恥を掻いてしまったわ!どうしてミリアン様は貴方みたいな弱虫をミリアン様親衛隊に入れてるのかしら、ミリアン様の事はお慕いしていますがこれだけは理解できませんね!」
「本当に、まったくですね!」
「これ以上私達の手を煩わさないで欲しい物ですわね」
言うだけ言って彼女達は去っていった。
はぁ…とため息をこぼす気の弱そうな少女。
その少女に話しかける者がいた。
「いや、散々だったねシュナさん」
「ナナリアさん……なに?」
「いや〜?相変わらず酷い人達だなぁ〜って思って、自分達の落ち度をシュナさんに押し付けてたしさ?」
「彼女達の言う事は何も間違ってないよ…私はあの決闘に参加しなかったのは事実だしね」
「私はアレを決闘と呼んでいいのか疑問だけどね?」
「当人同士が決闘だと認めてるならそれは決闘だよ、数の問題は重要じゃない」
「ふーん…まっいいけど?」
「それでナナリアさんは何か用で私に話しかけたの?」
「ん?やっぱり気になるますか?」
ナナリアは笑顔で気弱な少女…シュナを見つめる。
シュナは顔色一つ変えずにそんなナナリアを見る。
二人の間に形容し難い空気が流れる。
「シュナさんって親衛隊に入ってるのに一度も剣を抜いた事がありませんよね?ミリアン様から直々に親衛隊入りの誘いを受けてるのにも関わらず」
「それは私が弱虫だからですよ」
「それ、嘘ですよね?」
「?何を根拠に?」
「シュナさんって本当はとてもお強いのではなくて?」
「私が強い?弱いですよ…あの場で加勢してもどうせ負けると判断したから加勢しなかっただけです。もう良いですか?私も暇ではないんです」
そう言うとシュナは一方的に話を打ち切り歩き去っていった。
その後ろ姿を見つめ、ナナリアはボソッと呟く。
「あの場で親衛隊が負けると確信してるだけで貴方は自分か強いと照明してるんですよ。」
レイラは強い、その事実は親衛隊の一人を相手取りまさに赤子の手をひねるが如く立ち回って見せた事で明らかとなった。
それでも、彼女がいくら強いといっても1対4で形勢が維持されるなど誰も予想できない。
数の暴力は古来より最も重宝されてきた単純かつ最も優れた兵法だ。
しかしそれを物ともせずに圧倒出来る程の実力をレイラが持っている事を知っているのは当人たるレイラ以外だとアルフィダくらいのものとなる。
野次馬達も4対1では勝敗は決まった様なものだと誰もが思った事だろう。
しかしシュナはそんな固定観念に囚われない。
シュナは確信していた。
彼女はレイラが勝つと解っていたのだ。
何も疑っていない。
だから加勢が無駄だと断言出来たのだ。
「貴方は何故自分の実力を隠すのです?」
ナナリアのその問いかけは誰の耳にもはいることは無く空気に流され消えていった。
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「有り得ない有り得ない!私があんな野蛮人に負けるなんて!あの弱虫もそうですが貴方達も真面目にやっていまして!?まさかとは思いますが手を抜いていたなんてごさいませんよね!?」
「そんな事!」
「あり得ませんわ!」
「そうです!私達、真面目に戦いましたわ!」
「あの蛮族が野蛮過ぎるから私達が負けてしまったんですよ!でなければ優秀なエリートだけで構成された私達親衛隊が負ける筈が在りませんもの」
「そ…そうですわね…あの蛮族が野蛮人だから…決闘のイロハも知らない野蛮人には改めて私達が決闘とは何かをあの野蛮人に教えて差し上げるべきですわね?」
「流石エリネラ様ですわ!」
取り巻き女の一人、その代表格たる少女、エリネラはレイラと戦い負けそうだと判断するやいなや仲間を呼び数に物を言わせるも結局は敗北してしまった。
決闘は元来一対一で行うのがセオリーだ。
そのセオリーに反したのは間違いなく彼女の方だろう。
で、あるなら彼女の方が野蛮人であるが彼女は…彼女達はそんな風には思はない。
自分達は優雅で気品ある淑女であり、羨望を集めるミリアンの近衛隊なのだと言う自負があった。
ゆえに考え至らない。
自分達の行動がミリアンの価値を下げる行いだという事実に。
「エリネラ様!ご報告しませんと、あのレイラとか言う田舎者は卑怯な技を使うと!」
「馬鹿おっしゃいな!こんな惨めな醜態…ミリアン様に知られる訳にはいきませんわ!勝利したと…そう報告すれば良いのです!」
「流石ですわ!」
「そのとおりですエリネラ様」
衆人環視のもと執り行われた決闘モドキの勝敗は野次馬達がしっかりと見ている。
彼女等がどれだけ事実を捏造してもその事実が変わることは無い。
そんな事は子供でも分かる事の筈なのに…。
彼女達は考えつかない。
いや、考えない。
自分達が卑怯なのも屁理屈や言い訳などは無意味だと理解しながらもその事実を直視しない。
意味が無いからだ。
彼女達は己に都合の良い事だけを信じる。
温室育ちのお嬢様である彼女達は何処までも浅はかで傲慢だった。
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「ご苦労さま…シュナ」
「いえ、私はただ言われた通りお伝えしただけです。」
「しかしエリネラには本当に困ったものね…勝手に決闘なんてして、負けた上に見苦しく責任転嫁とは…はぁ…でも貴方が戦列に加われば勝てていたのではなくて?」
「買い被りです、私は弱いです…私が出ていっても結果は変わりません。」
「ふーん…つまり貴方に取ってレイラ.ウルカストは戦うに値しないと?」
「彼女は強いですよ…ミリアン様よりずっと…」
「ふふ…随分はっきりと言ってくれるのね、でも関係ないわ…ライル様の名誉の為に下がる訳にはいきませんもの」
「……。」
シュナはそんなミリアンをただ無感動にみつめる。
気弱で弱虫…そんなキャラ付けを己にかしながらも彼女の興味は何処にもない。
レイラでは無かった。
ただその横にいた少年。
彼には底の見えない物を彼女は感じた。
彼と刃を交えられたなら
……。
もっと自分は楽しめるだろうか?




