74話 ネメジス
私は父の道具だった、
昔はそれが変な事だとは思わなかった、
誰もがソレが当たり前の事だと教わればソレがそういうモノだと納得する、人とはそういう生き物だ、
環境も良くなかったのだろう、自分以外に自分と同じ年代の他人がいないから、比較も出来ない、
そうやって私の幼少期は過ぎ去っていった、
魔法学、社会学、作法、常識、帝王学、勉強に分類されるものはこの次期にあらかた詰め込まれた、
そうすれば父も喜んでくれたから、
私は父の喜ぶ顔が見たくて誰もが無茶だと思う要求をこなし続けた、
だからだろうか、偶にハメを外して見たくもなるものだ、
城から飛び出し、敢えて見窄らしい服を選んで城下町に繰り出す、気分は冒険者だ、
そうして私は彼と出会った、
彼は剣を降っていた、
何度も何度も繰り返し、
反復運動は剣の基本だとは後に仲良くなる彼の口癖だ、
だから私はこの反復運動が好きになるのだ、
でもそれはもう少し後の話だ、
彼は騎士見習いで将来は国の立派な騎士になるためこうして剣の稽古に明け暮れる
私は城を抜け出し、そんな彼の稽古を見るのが好きになっていった、
いつしか彼と過ごす時間が私にとって掛け替えの無い時間になっていく、
彼と話す他愛もない時間がとても充実した時間になって行く、
バーミント、私がこの生涯でただ一度だけ愛した唯一の男性、
彼と離れ離れになんかなりたくない!
でも世界はそれを容認してはくれない、
いつだってそうだ、
世界は私を嫌っている、
私の嫌がる事ばかりする、
父は私に政略結婚を持ちかけた、
お前は私の子供なのだから私の言う通りにするのが道理だと父は言う、
父はお母様がいなくなってからおかしくなった、
笑わなくなった、
私を見てくれなくなった、
話すのはいつだって政治の話だけだ
そして私を政治の道具として扱い利用する。
バーミントは遠くに飛ばされ、私は私を性欲の捌け口としか思って無い卑しいだけの男の妻にさせられた
全ては国と国同士の架け橋の為に、
政略結婚の道具にさせられたのだ、
男は毎夜私を求めた、
いっそバーミントの事を忘れてこの男を心から愛そうと思った事もある、
だが出来なかった、
この男を愛せないというのもある、
だがそれ以上にこの男に私を愛する気概がなかったのだ、
男の舐め回すような目、いやらしい手付き、
常に前屈みで不快感しかなかったのも大きい、
何故私がこんな奴と、
幼い頃から重ねてきた努力はこんな未来を得る為に成してきた訳じゃない
毎夜毎夜求められ何故泣いてるのかもわからない
悲しいのか辛いのか、腹立たしいのか、もう自分が自分でわからない、
男は嗜虐的な性癖に目覚めていった
私を嬲ることに性的快感を覚える様になっていた、
思いつく限りの苦痛を男は私に与えた
そんな日々で、わたしは子宝に恵まれた、
私自身はソレを宝だなんて認識は出来なかったが、
男に与えられた苦痛は子供に返す事で耐えられた、
死にそうになれば魔法で治して再度死ぬまで苦しめた、
自分でも自分が最低の行いをしている自覚はあった、
でも止められない、
これが私の数少ない娯楽となったのだから、
この時点で私は壊れていた、
その自覚はある、
この玩具が壊れたらまた別の玩具で遊べばいい、
だからもういい、どうでもいい、
何度も何度も
ナイフを叩きつける
死んで様と生きて様と関係ない
反復運動だ、
そうだ、反復運動
バーミントから教わった反復運動
何度も何度もナイフを叩きつける
何度も
何度も
何度も
なんども
なんども
なんども
なんども
な
「うわぁわぁぁぁぁーーー!!??」
「!!?フィーファ!?大丈夫か?」
「え?………しぇ……シェイン……?」
「え?お、おう!」
「シェイン……」
「おう、」
「シェ……イン……」
「おう……てっなんだよ、さっきから」
「シェイン………シェイ……ンうっ…うわぁぁぁ、シェイン!シェイン!シェインんん!!うわぁぁぁんうわぁぁぁん!!」
「どっ、どうしたんだよフィーファ!?」
「シェイウぅ!うわぁうぁぁ!!」
わけも分からず号泣しシェインにしがみつき泣きじゃくるフィーファの姿に呆気に取られるシェイン
好きな女の子に抱きつかれ腰に手を回され胸に顔を埋められシェインの心拍数は一気に跳ね上がる
しかし舞い上がる気持ちはフィーファの泣き顔を見れば一気に冷静になり、自分の中の衝動を押さえつける事にまずは専念する、
今彼女にとって一番必要な事、
それを考え行動する、
フィーファの頭に手を置き撫でながら
「大丈夫だ、もう大丈夫だ、」
と繰り返す、
シェインは彼女が泣き止むその時までそれを繰り返した
それからしばらくたったあと、
「ひぐっ、ぐすっ、」
「もう大丈夫みたいだな、」
そう言ってフィーファの頭から手をどけようとする、
しかし
「誰がもう良いといいましたか!」
「えぇ?」
「もっと頭の撫でて下さい、あともっと優しく!髪が痛みます、」
「お前なぁ……」
「なんですか?シェインは私の騎士でしょ?なら私の言う通りにして下さい」
「はぁ…わかりましたよ…お姫様…」
「分かればよろしい」
フィーファは未だシェインに引っ付いたまま離れてはいない、
フィーファの体は温もりが直に感じられて、正直冷静になれない、変な事を口走って軽蔑されたらどうしょうなどと馬鹿らしい心配事をしてしまう
そんな時フィーファがボソボソと話しだした
「いつも迷惑ばかりかけてごめんなさい」
「別に迷惑だなんて思ってない、」
「でも、私いつもシェインに迷惑ばかりかけてる、嫌だよね…こんなの…」
「アホか、俺はお前に迷惑かけられるために剣を手にしてるんだ謝んな、」
「ふふ、そうですね……ありがとう、シェイン」
「おう、」
「ねぇ、シェイン、私のお話、聞いてくれますか?」
「え、あぁ、なんでも聞くぞ?」
「どんなお話でも聞いてくれますか?」
「なんだよ、そんなに改まって…」
「……、」
フィーファはうつむいてしまう、
話したいが踏ん切りがつかないのだろう、
シェインにもこういう時は良くある、
こんな時どうしてほしいか
だからこそ、良く分かる
「話してみろよ、」
「でも……」
「別に話した所で何も変わらない、俺は俺のままだ、」
「そっか、そうですね……シェインはシェイン、私は私のまま、そうだよね……うん、話すね、私の事を」
「あぁ、」
しばらく黙っていたフィーファだが頭のなかで話したい内用を纏め終えたのか
それとも話す覚悟、決意が固まったのか、
あるいはその両方か、フィーファは話だす
「ネメジスってあるじゃないですか……、」
「ネメジスか……」
フィーファの口からその言葉を聞く事になるとは予想していなかった、だからこそシェインは若干面食らってしまう、
だか彼女がその言葉をここで出して来るというのはその言葉の意味の何らかを知ったという事に他ならない、
それはきっと彼女の根幹に関わる事柄なのだろうとシェインはなんとなく思った
「ネメジスには決まった形は無いんです、本来人の目には知覚されない存在なんですよ、」
「何だよそれ、」
「そう思いますよね、私も何だよソレって思いますよ、
まぁ簡単に言うと精神だとか思念だとか、魂だとかそういう霊的あるいは概念的なモノなんです」
「概念的…?」
「ええ、ある目的の為にプログラムされた意志とでも言えばいいのかな?」
「ごめん、全然わからない、もう少し噛み砕いて説明してくれ、」
「そうですね……意志を持った力の集合体、といった感じですかね?」
「意志のある力?」
「ええ、シェインは剣を振るとき力を込めますよね?」
「あぁ、」
「その込めた力が集まって大きな力の固まりになった存在が意志を持ったのがネメジスなんですよ、」
「う~ん…、うん…?」
「シェインが使う白い力、ユーディキゥム、それにも意志、意識があると過程してください
大きな力そのモノに喜怒哀楽に分類される感情が存在しているんです、それがネメジスの正体です、」
「………、何故、そんな事がフィーファにわかるんだよ…おかしい…だろ…」
「何もおかしくはないですよ、自分の事だから……」
「自分の……事?……、」
「はい……私は…ネメジスなんですよ、」
「ネメジスなんですよって…お前は人間じゃないか、
目に見えるし、触れる事だって出来る……さっきの説明と矛盾してるだろ……?」
「そうですね、一見矛盾しています、でも私がネメジスである事は揺るぎない事実なんですよ、」
「説明……してくれるんだよな、」
「はい、私はネメジスです、でも厳密には少し違う、私というよりも私達と言う方が正しいんです、シェインはレスティーナの王族に連なる女達の寿命が短いと祖父がいっていた事を覚えていますか?」
「え?あ、ああ、」
「私も深く考えた事は無かった、でも知ってしまえばあぁ、成る程なって思える程度には簡単な事だったんです、」
「………、」
「ごめんなさい、勿体振らずに簡潔にいうと、レスティーナの王女達は皆ネメジスだったんです、叔母から母へ母から私へネメジスは継承されて来た、さっきも言いましたがネメジスは力の集合体であると同時に魂そのもの、ネメジスが私に継承された時点で母エルミナは既にこの世にいなかったんです、何故ならネメジスである私がいる時点で母は生きる事が出来ませんからね、
ネメジスの強大過ぎる力は人間の体を簡単に死へと誘う、ネメジスだった母の記憶すらも継承しているんですから…間違いありません」
「母の記憶を継承……?」
「時折自分以外の誰かの記憶を夢として見る事があったんです、最初は忘れている昔の記憶か、昔読んだ小説の中のおとぎ話か何かかと思ってあまり深く考えなかったんですがね、まさか母親の記憶だったなんて、笑っちゃいます……、」
「フィーファ……」
「最近は私の意識、記憶、それと母の記憶、その前のネメジスだった…先代王女達の記憶、頭の中がめちゃくちゃなんですよ……本当に自分はフィーファなのかって…母に、エルミナに意識が乗っ取られそうになる、私は…フィーファなのか、エルミナなのか、それ以外の何かなのか……分からなくなるんですよ……私は…誰なんでしょ?」
「フィーファはフィーファだろ?他の誰でもない、フィーファ自身だ」
「そう…だよね…、うん……ありがとう……シェイン……」
「あぁ………、」
本当はわかってる、彼女が欲しい言葉はこんなのじゃない、こんな気休めの言葉がほしいんじゃない、
どんな気分なんだろうか、
自分の中に他人の記憶があるというのは、
自分の中に他人の感情があるというのは、
不安なんだろう、
心細いのだろう、
いつか自分が飲み込まれてしまう
そんな恐怖に晒され続けなければいけない
それはきっと、
創造を絶する恐怖だろう、
「フィーファ……」
「うん?なに?」
「俺はお前を守ると約束した、だからもっと頼って欲しい、………、まぁ俺じゃ宛にならないかもだけど……」
「そんなことない……そんなことないよ……シェイン……」
シェインの背中に手をあて、そのままこつんと頭を置くフィーファ、シェインは背中に重みを感じる、フィーファの重み、人の生きてる重み、
この重みを守っていかなくてはならない、どうするのが正解かなんてガキであるシェインに正解なんてものは導き出せない、
それでも、
彼女を守るという事だけは明白で迷う必要がない、
それだけはハッキリしていた、




