51話 穏やかな時間
「ありえない!ありえない!!こんな事、神が人に敗れ挙げ句撤退?馬鹿な…馬鹿げてる……」
レスティーナ王の嘆きの声がテラスから響く
彼にとって絶対的な存在たる神が神ではなくなった
その瞬間を目の当たりにした瞬間だった
元々黒髪の美女は誰にも自身を神だと称した事はない、
王やその家臣達が勝手にそう呼んでいただけの事だ
しかしそれも仕方のない事だろう、
黒髪の美女は只人たる王にとって紛れもない人外だった
人の形をしていても人を引き付けてやまない異常とすら言える魅力
人の許容量を遥かに超越したオド総量
どれもが人の枠を逸脱していた
ゆえに神という表現がしっくり来ただけに過ぎない
人は古来から超越者に対して容易に神と言う言葉を使いがちだ、
それだけの事だった、
要は神と仮定された存在は神では無かったのだ、
「あぁ!!本当に素晴らしいです、王様が言うだけの価値がある見世物でした、私、これ程までに心が高揚感でいっぱいになった事などありません!今日は素晴らしい見世物をありがとうございます!」
王の慟哭など知ったことかとフィオナは自身の中の感動を叫ぶ
今の発言は上辺や嘘やその場限りの戯言ではない、
彼女の混じり気のない本当の気持ちだ、
彼女にとっては始めての感情だった
これまでの人生で彼女は何かに感動した事など一度とてありはしなかった
また同時に他人に対しても強い感情を持った事もない、
彼女にとっての他人とは等しく楽しめるか楽しめないか、それだけである、
玩具、オモチャとしての価値、それしかない、姉のアリエス、幼馴染のアレクやアノスにプリシラ、
長い時間、色々なモノを共有したところで彼女には情も憎しみもない、オモチャとしての価値、それだけだった
しかし先程の水晶玉に映された映像は彼女の感情を激しく揺れ動かすものだった
あんなに誰かを綺麗だと美しいと思った事はない、
シェイン等彼女にとって小憎たらしいガキでしかなかった
誰にも見破られた事のない彼女の二面性、
聖女として清楚でお淑やかで誰からも慕われ敬われる人間像、
それとは別に他者を玩具として見下し利用する本来の性質、
シェインはソレを会ってまともに会話も交わさない内から見破った
誰かに見破られた事等無かった、
姉も幼馴染達も
プリシラは最後の最後で彼女の本来の性格を見抜いていたがでもそれは長い時間と付き合いが合ったからだ
比べるだけの価値はない、
とにかく憎らしかった、
目障りだった、
だから少し遊んでやろうとした
しかしシェインはお姫様に夢中でフィオナには目もくれなかった
皆が皆、かわいい、綺麗、お人形さんみたいと褒め称えた美貌でせまってもだ、
それがフィオナには腹立たしくて堪らなかった
しかしそれだけだ、
むしろ玩具として最良の逸材だと思えた
フィオナにとってのシェインという人間の価値はだいたいがこの様な感じだ、
強弱の違いはあれど他とそう変わるものではない、
大勢の中の一人、それだけだった
しかしその価値観は今この瞬間変わる事となる、
如何なる聖魔法よりも純粋な白、
濁る事のない純白、それどころかありとあらゆるモノを白で塗り潰す絶対感
美しいと……綺麗だとそう思った、
これまでフィオナは自分の聖魔法に一種のナルシシズムを持っていた
しかしそんなモノはあの白さの前には濁り切ったヘドロ色と同価値だ、
比べるベキ価値もない、
感情が追いつかない、心臓を素手で握り締められたような圧迫感はまったく不快ではなくむしろ心地よい
始めての感情に彼女自身、自分を抑えられない、
今尚水晶玉の前でブルブル譫言をこぼす老人には既に興味は無くフィオナは頬をほんのりと桜色に染めた笑顔でその場を去っていった。
旧結婚式会場跡地は悲惨な状態だった
ラミュアとの交戦から一週間弱、更に激しい攻防で建物は既に半壊、天を仰げば青色の空が見える
瓦礫に背を預け座り込むフィーファの膝にはシェインの頭がのせられている
所謂膝枕と言うものだ
もっともシェインは未だ深い眠りについている
起きていればその約得ぶりに面白い反応を返したのは言うまでもないが今は眠っている為その反応を楽しむ事は出来ない
スゥスゥと寝息が聞こえるので命に別状は無さそうだとフィーファは安堵のため息をこぼす
フィーファはこれからの事を考える
城に戻る気はない、しかし自分が成そうと思っている事をするには祖父の後ろ盾が必要だ、
もはやフィーファの中に祖父に対する親愛の気持ちや情はない、彼が自分を利用するなら自分も彼を利用する
それで良いと思っている
考えないといけないことは山積みだがもっとも厄介な事柄が今さっきまた増えた
それは言うまでもなく神と仮定されていたあの美女だ
彼女は一体何なのか?
祖父が言っていた神で間違いはないだろうと思うが確証は何処にもない、
祖父に会って直接確認を取っておかないとならないか
「気乗りしないなぁ…それにしても……」
あの女の人の言っていたネメジスとユーディキウムなる存在の事だ
(聞いた事も無い名前だった、でもあの女の人は間違いなく私の事をネメジス、そしてシェインに対してもユーディキウムって呼んでた、そもそも…、)
シェインのあの力は何なんだろう、
会えなかった数日の内に彼に一体何があったんだろう、
どうやってシェインはあんな力を手に入れたのだろう
か、一つ間違いないのは彼が私を守る為に力を欲した、あの恐ろしい力を
フィーファはシェインの前髪を優しくいじり頬に手を添える
慈しみの表情をシェインに向けフィーファは穏やかな風の冷たさに見を預ける
彼は約束を守った、
私を守る、そういって、常に危険に見を晒した
その結果、彼はあの恐ろしい力を手に入れた
あの女の人が神かどうかはわからない
でもシェインのあの力はもしかしたら神すら打ち倒せてしまえるものなのかも知れない
責任がある、彼にこれだけの力を手にさせた責任が私にはある、私はその責任に答えなくてはならない
恐怖はない、いまならハッキリと断言できる
自分の気持ち、シェインを好きだという気持ち
彼と一緒にいれるなら大きな弊害も責任も取るに足らない些事に思える
「私、誰かに依存したかったのかなぁ?」
「フィーファ様は依存されたかったのですか?」
「ふひゃ!?」
突然の声に反応して振り向くとレコがそこにいた
「ふふ、随分と面白い声出されますね?フィーファ様」
「レコ?戻って来たのですか?」
「我が主からの命令ですからね、助けを呼んで来てと、それに答えたまでの事です」
「では貴方がシェインを?」
「その少年とはお知り合いだったのですね、私からここにフィーファ様がいると聞くや直ぐに走っていってようやく追いついた頃にはフィーファ様がそうやってその少年を膝枕していらっしゃって、どうなってるのかと」
「あぁ…あの女性はおそらく退ける事ができたと思います、全てこの少年、シェインのお陰ですね、」
「意外ですね、こうして見ても普通の少年にしか見えません、確かに何か吸い込まれるような魅力がある気はしますが、あの化け物に対抗出来る程とは流石に、」
「魅力?貴方にはシェインが魅力的に写ったんですか!?」
「えっ!?」
「あっ!いえ、なんでもありません……」
「ふーん、」
「なんですか!貴方さっきから何故か妙に馴れ馴れしくなってますね?どういった心境の変化ですか?」
「あっ、いえ、不快でしたよね、申し訳ありません…」
「あっ、いえ、この数分でどういった心境の変化なのかなと、」
「私は今まで貴方の事を誤解していたんです、貴方の事を世間知らずだ常識なしのなんでも持ってる我儘お嬢様だと…」
「……、別に間違ってないですよ、私は我儘で世間知らずで常識なしなのは事実ですしね、」
「うぅ…、でも人で無しでは無かった、誰かの為に自分を犠牲に出来る勇気がある…、それに…」
「それに…?」
「家族の温もりに誰よりもこがれる普通の…何処にでもいる少女だった、」
「はずかしいからそういう事を言わないでくださいよ…」
「申し訳ありません……」
「はぁ……、」
フィーファはレコの変わり様に内心戸惑っていた、
彼女に嫌われてる自覚はあった、少しでもあの居心地の悪い空間で自分のパーソナルスペースを広げたくて彼女と仲良くなろうとしたが彼女があの城の中で自分に心を開いてくれる事は無かった
それがこの変わり様だ、戸惑うのは仕方ない事だ
「フィーファ様、私はこれまで貴方に酷い事を沢山しました、殺そうとした事も一度や二度ではありません」
「そうでしょうね…、」
「ですが私は貴方に命を救われた、殺そうとした私を貴方は助けた…、私は私自身の思い込みで貴方という人間を良く知りもせず決めつけて殺そうとした…。私は……最低です……、」
「はぁ…、何がいいたいのですか?懺悔なら余所でやってください、丁度城にシスターのコスプレをした痛い女がいますから彼女の前で好きなだけ……」
「フィーファ様!」
「なっ、なんですか……」
「私を貴方の元で働かせてください……貴方に尽くしたいのです、勿論、都合のいい事を言ってるのは理解しています、ですが私は……、貴方に償いたい…」
「本当に、勝手な事ばかりいいますね、貴方は…」
「………、」
「私は祖父と…王と決別します、そんな私に付いた所で貴方に旨味はありませんよ?」
「そんなモノはいりません、私は貴方に尽くしたい、」
「はぁ…好きにしたらいいじゃないですか、」
「あっ……ありがとう…ございます……」
「ふん…」
レコはフィーファに頭を下げ、そんなレコの態度にそっぽを向くフィーファ、
レコはくぐもった鼻声でありがとうございます、ありがとうございます……と繰り返し呟き涙を流す、
フィーファはそんなレコにどうしたらよいのかわからずとりあえず天を仰ぎ見る
ポリポリ頭をかきこういうのは馴れないなぁと愚痴を頭の中でこぼす
「良かったじゃん…仲直り?出来たんだろ?」
「なっ!シェイン!貴方!起きてたんですか!?」
「あ…うん…、ちょっと前から…」
「もう、起きてるならさっさと起きてくださいよ」
「あぁ~、なんか起きにくい空気?だったから…」
「もうー!いいから起きなさい!」
そう言ってむりやりシェインを自分の膝からどけて
立ち上がる、
長い時間シェインに膝枕していたから足が痺れて上手く立てず転びそうになる彼女をシェインが支える
不意に目が会ってお互い照れくさくなる
何故かわからないが笑顔が漏れてお互い笑い出す
「あははは…ふぅ、久しぶり、フィーファ」
「ふふふ…うん、久しぶり、シェイン」
そんな二人をレコは穏やかに見守るのだった
もしこの小説を読んで少しでも面白いと思はれたなら、ブックマークや、↓の★★★★★を押して応援してもらえると幸いです、作者の執筆モチベーションややる気の向上につながります、お願いします




