21話 勇者の目
荷物持ちの役を務める青年は高く聳える王城を眺めることなくその門前でただ俯いてしゃがみ込んでいた。流石にキツいのか大きな背負い袋にこれでもかと詰め込まれている重そうな荷物類は地面に置いている。
こんな姿を見られれば弟であり勇者であるアノスに何かしら文句を言われるしそれに便乗してアリエスやセシリアも罵声を飛ばして来るだろうがその者達はいまこのでかい建物の中だ、今この場にいもしない者にまで気を使う必要性は無いだろうとアレクは彼等のいない今の時間を噛み締めていた。
昔は一緒に遊んだ中の良い友人たち、幼馴染に弟と妹、みな変ってしまった。
俺だけを残し遠い彼方へ消えてしまった。
残ったのはかつて好きだった彼等の姿をした醜悪な残りカスだけだ。
「俺は何がしたいんだろうな…」
誰に問いかけてもいない自問自答はここ最近の彼の習慣となっている。
もはや口から勝手に出た意味をなさない音と変わらない。
それでも変わらず口にしてしまうのは今の生活、いや、今の自分に満足してないからだ、不満や不安が心を蝕みそれはストレスとなって自分の事すら信じられなくなる、そんなのは嫌だが今のまま現状維持が続けばばいづれ、
「はぁ…」
「なに深い溜息吐いてんだよ?」
「え?」
彼に声をかけたのは先程共に木剣で稽古しあった少年、シェインだった。
「やぁ、奇遇だね、まさかこんな所で会うなんて思わなかったよ」
「おう、さっきぶり、アレクはこんな所で何してんだよ?」
「この城の中に勇者…、弟達がお呼ばれされててね、僕はその番さ」
「あぁ成る程、」
「そういう君は?」
「俺も似たようなもんだよ、この建物の中に用があるヤツ等が戻って来るまで暇だからブラブラしてたんよ、」
「へぇ、凄いね、シェインの仲間は城の中に入れる権利を持ってる人達なんだな、」
「気になるか?」
「いや、他所の事情に首を突っ込む様な無粋な事はしたくない、聞かなかった事にするよ、」
「そうもいかない。」
「え?」
シェインの予想外の返しに驚き反射的にアレクはシェインの顔を見てしまう、そこには何処までも広がる青空を想起してしまうような青い瞳をもつ少年の淀みのない真剣な表情があった。
青い瞳の持主をアレクはもう一人しっている。
それは聖女と呼ばれる彼にとっての妹分、彼女はアレクにとって唯一心を許せる拠り所であったが彼女の瞳から感じる違和感が依存してしまう事への恐れにも似た感情を自分が持っている事を自覚してもいた。
そういう意味ではシェインの瞳は同じ青でも
澄んだ色をしていて無条件に信じて見たくなる魅力をもっているような気持ちにさせる何かがあった。
「? どした?」
「いや、なんでもない…そういえば君は俺になにか話そうとしてたよな?あれは?」
「あぁ、その件だアレク、あんたに用があったんだよ、」
「俺に?」
「あぁ、単刀直入に言うとあんたに会ってもらいたい人がいるんだよ、」
「俺に会ってもらいたい人?俺なんかより他の奴等の方がいいんじゃないか?自分で言うのも情けないが俺はただの荷物持ちだ、なんの役にもたちはしないよ、」
「そいつ等は駄目だ、男であるアンタだから意味がある、」
「はっ?男?シェイン…お前」
「お前なんかとてつもなく失礼な勘違いしてない?言っとくけど俺が紹介したいの女だからな?」
「すまなってえ?女?」
「もういいや、直接あわせたほうが早いや、フィーファ?出てこいよ」
そうシェインが声をかけるのとほぼ同事に曲がり角から姿を表したのは金色に輝く美しい髪をたなびかせた人形の様に整った端正な顔立ちのうつくしい少女だった。
「初めまして、勇者一行の荷物持ちさん、私の名前はフィーファ、フィーファ・レスティーナです。」
「レスティーナ!?では貴方は…でもそんなはず…」
「ご推察の通り私はレスティーナに連なる王族のものです、此度は貴方にお願いがあって参りました。」
「王族の方が俺なんかにいったいなんの用でしょうか、俺はしがない一介の荷物持ちです、王族の方の助力になれるとは思えません、」
「こんな言い方は卑怯なのかも知れません、ですが私は貴方に助力を乞うことしか出来ません、勇者の兄である貴方の助力を、」
「勇者の…、成る程そういう事ですか、ではフィーファ様は私に勇者のスパイでもしろと、そう言いたいのですか?」
アレクの言い分に萎縮し、言葉に詰まるフィーファにはぁ…と溜息を溢すシェイン、たしかに勇者パーティーの情報は欲しいが何もスパイなどさせたいわけじゃない、しかしどの道彼にそういう価値を見出してるフィーファは確信をつかれ言い淀んでしまっている。
こういうやり取りに後ろめたさを感じてたら先に進めない、時にずる賢く行く必要もある、
そういう意味では彼女はバカ正直過ぎるのだ。
「別に仲間を売れなんていってないだろ、協力してほしいって言ってるだけだ、それにアレクだって今のままでいいなんて思ってないだろ?」
「同じ事だよ、君達は弟達の情報を欲している、アリエス達はアノスに心酔していて協力なんて出来るわけが無い、だから俺に話を持ちかけたんだろう?
皆、勝手だよ、」
「私は、そうですね、勝手なのかもしれませんね、でも弟さんの悪行を改心させられるとしたら貴方だけなのかもしれません、私はそう思います。」
「悪行?」
「私はまだ勇者アノスに会った事はありません、しかし彼の噂はこのマグラーナに来てから嫌という程耳にします、若くして様々な偉業、功績を上げ勇者と呼ばれるまでになった偉人と、しかし私はこの国に来るまで彼の具体的な話を噂程度でしか聞き及んでいないんですよ、」
「?…つまり姫様は何が言いたいと?」
「彼の偉業はこの国の中だけの話に留められている、そうなるように情報統制されてる様に私には見えるんですよ、」
「それがなんだって言うんですか……、」
「後ろめたい事をしていると自覚があるから他者を遠ざける、彼が咎人でないならその勇姿をもっと広く喧伝すればいい、それとも勇者様は照れ屋なのですか?」
「はは、照れ屋ですか、ヤツにはもっとも縁遠い言葉ですね、……、具体的に仰って下さい、姫様は勇者の何をそこまでお疑いになられているのですか?」
「では単刀直入に申します。勇者アノスは他者の尊厳を踏みにじり利用している、人の心を拐かし
いいように操っている、私はそう推測しています。」
「申し訳ありません、俺には姫様が勇者アノスは催眠などの術で他者を操り利用しているとそう言っている様に聞こえるのですが…、」
「はい…そういった意味で間違いありません。」
「なにを馬鹿な、そんな馬鹿げた話がある訳ありません、人が人を操るなんてそんな…信じられません…」
「信じられないのは無理もありません、しかし現実に洗脳、催眠にかかわる魔術というのは実在します、勇者がどのような手段でそれをてにしたかは解りません、しかし、彼の言動の裏にそういった手段があった場合それは見過ごす訳にはいかないんです。」
「証拠は…あるのですか?確証もなしに弟を悪く言われるのは筋が通っていないと思います。」
「申し訳ありません、証拠はありません、証明出来ない以上こちらの憶測、こじつけです、だからこそそれを貴方に調べて欲しいと思っています。」
アレクとてフィーファが言うように催眠や洗脳といった可能性は考えた、いや、一番にその可能性が思い浮かんだといっても過言ではなかった。
昨日まで仲の良かった妹や幼馴染達が次の日から突然豹変したかのように暴力を振り、暴言を投げかけてくるようになったのだ、頭の片隅にそういった可能性を考えるのは自然な事だろう。
ただ信じたくなかった、非現実的だしなによりそんな人道に反することを弟がやってると考えたくなかった。
しかしこれは所詮現実逃避、体のいい言い訳だ、
無才の自分に勇者である弟を止めることなど土台無理なのだと状況に甘んじていたのだ。
なにより既にアレク自身が自分の心は折れていると思い込んでいる、状況を好転させる事を諦めているのだ。
「その話が事実だとして俺に何が出来るのですか、俺はしがない荷物持ち、姫様のお力になれる器なんかじゃないんですよ、」
「なんかスゲームカつくなぁ、」
フィーファはアレクに言葉をかけるより早くシェインは会話に割って入った。
ただ行き場のない鬱憤を晴らす様に勢いに任せて言葉を本能のまま声に出していく。
「自分がしたいと思った事を自分がしたいようにやるのに誰かの許可なんかいらないだろ、弟が気に食わないならぶん殴ってやればいいだけじゃねーか、何をグダグダと女々しいことをツラツラと!」
「君に俺の気持ちなんかわからないだろ、ほっといてくれよ!」
「はぁ?馬鹿じゃねーの?わかる訳ないだろが!」
「なら!放っといてくれよ!」
「嫌だね!」
「勝手だよ、君は、何故そんなに僕に構うんだ、僕は放っといて欲しいだけなのに…」
「だからイライラするんだよ、そんなけの才能があるのにくすぶってるアンタを見てるとさ、」
「才能?バカを言わないでくれ、今日あったばかりの君にそんなのわかる訳がない、」
「信じる信じないはあんたの自由さ、でもな勇者モドキの詐欺師ヤローに体良く利用されて捨てられてから後悔しても知らねーぞ!」
「後悔なら……ずっとしてきたさ…」
「あぁ、そうかよ…」
「あぁ、糞兄貴よぉ、何してんだよ〜」
シェインとアレクの言い争いに割り込んでくる第三者の声が混ざる、反射的に声の主に視線を向けると美女、美少女を束ねてコチラに卑しい笑みを向けたまぁ整った顔立ちではあるものの何処か陰湿なイメージをもった青年がいた。
「誰だお前?」
そう問うたシェインに対して
「おぉ、何君スゲぇキレーだね?何処からきたの?ここらで見ない顔だね?名前おしえてよ?ね?」
シェインを超華麗にスルーしてシェインの後方にいたフィーファにナンパのような、いや、ナンパそのモノな絡み方をした。
「ちょ、アノス!私というものがありながらまた他の女にだらしない顔してぇー」
「お兄様!そんな女より私を構ってよぉー」
アノスと呼ばれた男の後方にいた取り巻き達も好き勝手なことを言っている。
無視されたシェインがなんとも言えない気分を味わっていると
「さっきぶりですね、お兄さん」
と声をかけてくる人物がいた。
「お前、さっきの…」
そこにいたのはアレクをつれていった少女だった。
正直に言えばシェインはこの少女が少し苦手だった、能面のように貼り付けた笑顔から彼女の思想や考えが読み取れないからだが、それでも相手の挙動を見れば本心は自ずと透けて見えるものだと学んで来た。
そんなシェインからすれば彼女の態度と本音はチグハグでまるで一致していない、彼女そのものが矛盾しているようにシェインには見えていっそう不気味に映るのだ。
たしかに彼女は美少女だ、それも頭に絶世とか超をつけても足りない程の、
雪を幻視させるほどに白い肌にはシミやキズもなく、銀の髪はその一本一本が美しく太陽に反射して黄金に輝いて見える。
スタイルも少女でありながら良好な体躯をしていて引っ込む所は引っ込んでるし、出る所は出ている。
誰もが認める美少女だがそんなことはさしたる問題ではなくシェインにとってはこの少女の気味悪さが何よりも抜きん出ていた。
「あの時はゴメンナサイ、私ついカッとなってしまって」
「え?あぁ、いや、俺の方こそ済まなかったな、」
「そうだ、仲直りの意味を込めて改めて自己紹介をしませんか?まだお互いちゃんと名乗ってなかったですし、」
「では私から、私はフィオナ・オクトーンって言います、マグラーナ領の片隅の村育ちですが今は白銀聖魔導教会に属しています」
「俺はシェイン、シェイン・デューンフォルテだ、
出身はカラッタ村で今はフィーファの護衛をやってる」
「へぇ、護衛さんだったんですか、フィーファというのはあそこでアノスお兄様に絡まれてる方の事ですか?」
フィオナに託される形でフィーファのほうを見るとチャラ男そのもののムーブで勇者アノスはフィーファに声を…かけまくっていた。
「近くで見るとマジでキレーだね、君、君みたいなキレーな子と話すの俺始めてだからマジ感激だよー、ねね?名前なんてーの?俺はアノス、この国にいんならしってんでしょ?勇者アノスって!アレ俺の事なんだよねー」
フィーファは若干相手の勢いに気圧され引いていたがそんな事知るかと言わんばかりに勇者はフィーファとの距離を詰める、
がフィーファは詰められた距離を一歩下がって空ける、互いにそんな感じなので一定の距離を保ちながら双方は対峙しているがアノスが自身を勇者と自称した時点でフィーファの顔付きが変わった。
「成る程、貴方が件の勇者、アノス様でしたか、」
「おおーやっぱり俺の事知っちゃってる?そうそう、俺が勇者アノスその人さ!」
ドヤ顔で腰に手をやりふんぞり返る勇者アノス、後ろに控えていた取り巻きの女どもがあーやこーやと勇者に対してやかましくわめいているが勇者は何も気にしてないのかそのドヤ顔が崩れることはない。
「それで君はなんてーの?教えてよ、ねっねっ?」
「はぁ…まぁ名乗られたなら名乗り返すのが嗜みでしょうか、私の名前はフィーファといいます。」
「フィーファちゃんかぁ、かわいい名前だねー、うん?てか忘れたけどなんかどっかで聞いた名前だなぁー、どこだっけか?もしかして俺と君、コレが初対面じゃないかも?運命感じちゃうね!」
「アノスお兄様、今さっき王様から聞いたばかりでしょ?フィーファ様といえばレスティーナ王国のお姫様と同名だよ、もーお兄様はセシリアがいないとダメダメなんだからー」
「えーマジー、じゃ君がお姫様って事ー?」
実妹のセシリアからフィーファの事を確認した勇者アノスはただでさえ緩みきっただらしない表情を更に醜悪に歪めフィーファに確認をする、フィーファも若干押されながらはい…そうですと勇者の質問に肯定の意味の言葉を返す。
しかし勇者はへぇ~そうなんだとつぶやくと間髪入れずに次の言葉を放った。
言葉を放つさい勇者の目が赤く光ったのをフィーファもシェインも、そしてフィオナも確認していた。
「フィーファちゃん、俺の女になれよ!」
勇者アノスは藪から棒にそんな事をフィーファに言ったのだった。
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