1話 辺境の村育ちの少年、シェイン
何処までも続く真っ白な世界
地平線なんてない、ただただ白いだけの世界が広がっている。
上も下も左も右もない。
白色だけで満たされた世界、いつからそこに俺はいたのか、生まれたころからそうなのか、それとも生まれる前からなのかそれもわからない。
前後の感覚も無く自分が曖昧であやふやになっていく。
世界に俺という存在が溶け出して一つになっていくような気さえしてくる。
それはとても甘美で心地よく感覚なんて無いはずなのに
とても幸せな事の様に感じてしまう。
それがとても怖くて俺は周囲を見渡し言葉にならない悲鳴を上げる。
遠くとても遠くに光が見えた。
光は白色の世界に阻まれてとても希薄だ。
俺はその光に手をかざし必死に追い求めた。
そうすれば助かると信じてやがて意識は遠のき薄れていった。
「はぁ…」
目が醒めればそこは見飽きた天井だった。
「いつもの夢か…」
喉元には汗が溜まっていて首元の衣服はべとっと湿っていて気持ちが悪い、ベットから立ち上がり換気も兼ねて窓をあけると心地の良い風が外から入ってきた。
窓から外を眺めるとそこには代わり映えしない、いや変わるはずのない景色が広がっていた。
見渡す限りの木々、緑生い茂る自然の中に小さな家屋が立ち並んでいる。
俺が生まれ育った村カラッタ
都会から遠く離れた辺境の村であるらしく流行り物や流行に疎い寂れた場所、俺はこの村が好きではなかった。
退屈な毎日がただ無意味に繰り返される日常に辟易としていたのだ。
生れてこのかた村の外に出た事は一度も無い、
村の外に旅立っていた人、村の外を知ってる人、そういった人達は漏れなく俺の憧れの人だ。
先程の夢、アレは昨日今日見始めた物ではない、物心つく前から見ていた夢。
周囲の大人達に聞いても夢の内容は理解されず気にするなと言われる始末、母親はこれ以上誰かにその夢の事を聞くなと言ってくる程でまるで変人扱いに憤りを感じた事もあるくらいだ。
でもこんな変な夢を見る俺はきっとなんか凄い存在なんだ、選ばれた存在なんだと思うようになり無駄に誇らしい気持ちになったのは恥ずかしいが良い思い出なのかもしれない。
まぁ、今や代わり映えしない日常にすっかりならされて夢に得意性を感じる事もなくなり、そういう物として受け入れるようになった。
ガキが自分を特別視することなんてよくある事さと…。
とはいっても俺はまだ14歳で大人ぶったところでどうしょうもなくガキなのだけれど…
空腹感を感じて居間に向うと母さんが台所で何やら調理していた。
「あら?シェインが一人で起きてくるなんて今日は雨かしらね、」
そんな皮肉を開口一番からぶつけてくるのは我が母親であるクリスだ。
母さんは俺を女手1つで育ててくれた唯一の肉親だ。
口や態度には絶対に出さないが俺は母さんを尊敬している。
女手1つでガキを育てる事がどれだけ大変かは母さんの子供である俺自身痛く身にしみている。
だからこそ俺は許せないでいた。
俺と母さんを置いて出ていった父親が、
今何処で何をしているのか俺は知らない。
生きてるのか、それとも死んでいるのかすら。
親父の思い出は極めて希薄だ。
うんと子供だったころ、それも言葉を話せたか、自分の足で歩けたかそんな事すらおぼろげだったころ。
僅かに残る記憶のみ。
そんな俺にとって父親の代りをやってくれた人がいた。
その人を俺は先生と呼び慕っている。
いまよりずっと子供の頃から俺は先生に剣術を教えてもらいそれだけを楽しみに生きてきた。
この何もない村で先生ともう一人、俺にとっての兄貴分であるアルフィダとの剣術稽古はこの村で唯一俺が楽しみにしていた時間だった。
「今日も飽きずに素振りの稽古にいくの?」
「先生らの言いつけだからな、一日だって怠けるなって、」
「家の手伝いもそのくらい真面目にしてくれたらお母さん楽出来るのにねー」
「やってんだろー真面目にさー」
そんな親子ならではなやりとりがなされる。
「わかってると思うけど今日もロイおじさんとこで手伝いやんなさいよー、」
「飯食ったら行くよー」
ロイおじさんってのは近所に住んでる母さんに気があるおっさんだ、そのせいか何かと俺達親子に気を使ってくれる気さくさがあって俺も母さんも気を許している。
いつもロイおじさんが所有している畑で農業の手伝いをしてその売上を給料として貰っている。
俺は母さんが作ってくれた朝食を平らげると足早に行ってきますと母さんに伝え家をでた。
少し走ると直ぐにロイおじさんが管理する畑が見えてくる俺の事を視界に入れたおじさんは朗らかな笑みを浮かべ声をかけてきた。
「遅いぞーシェイン!何してやがった!!」
「母さん手製の朝食食ってた」
「かー!羨ましいぜ、このヤロー俺もクリスさんの手製料理食いたいぜー」
「よく言うぜ、昨日もたかりに来たくせにー」
「んだとこのガキー」
「うわー暴力反対ー」
そんな馬鹿なやり取りをしながらもロイおじさんはテキパキと準備を進まて行き、俺も昨日の続きとして耕した畑に意識を向ける。
畑仕事はしんどいし、数時間やれば足腰に負担がきてダルいことこの上ない。
しかし存外馬鹿にならないものである。 剣には腰を使う動作が基本となる型が多い、稲や根を植える作業には腰を使うものが多いため図らずも腰が鍛えられることになるし、体力や集中力も養われる。 何気に馬鹿にならない作業なのである。 まぁ…全て先生からの受け売りだが…、
「そういやシェインよぉ、クリスさんなんか言ってたかぁ?」
「なんかって何?」
「なんかっていやその…なんかだよ、」
ロイおじさんはやぶから棒にそう俺に問い返す 、俺を介して母の反応を確認したいのだろう、なんとも女々しい企みだ。
「特になんもいってないかな、強いて言うならロイおじさんに迷惑かけるなとかそんくらい」
「マジかぁ…」
そうぼやき消沈するロイおじさん、母は昔、若い頃はかなりモテたらしく小さな村ではちょっとした人気者だったらしい。 もっとも俺と言う子供を授かった後は母親として俺のことを女手一つで育ててくれた。 そんな母さんには感謝してるし幸せになってほしいと子供ながらに思うからこそ、正直ロイおじさんには母さんをさっさと娶ってもらって俺を安心させて欲しいと生意気にも思ってしまう。
もっともこの女々しいおっさんではいつになるかという話ではあるのだが… そうしておっさんと仕事をしている内にも時間は経っていたようで気付けば空は茜色に変わっており、そろそろ終わるかーとロイおじさんが片付け作業を始める。
「シェインはこの後どうすんだ?いつもの素振りか?」
「まぁね」
「お前も律儀に続けてんだなーたまに休んでもバチはあたらんだろー?」
「毎日欠かさずやる事に意味があるんだよ!」
そう言って俺はロイおじさんへの別れの挨拶もそこそこにいつもの手練場へと向かった。 村の外れにはちょっとした広場があり、そこを俺は訓練場として使っている。 もっともそこには一つの墓がありその墓にはグライン・アンティウスここに眠ると彫られている。
「悪い先生、農作業が長引いたわ、」
そう墓石に語りかけ「さぁ始めるか…」と墓石の隣に置いてあるナマクラに手を伸ばす。 俺にとって先生と剣の特訓をする時間はこの退屈な村での日常で唯一楽しいと思える時間だ。
父親のいない俺にとって先生と過ごす時間は何よりもかけがえ無いものでそんな時間がずっと続くとあの時の俺は信じて疑わなかった。
父親がいなくても俺には先生がいる。
そんな強がりはもう2年も前から出来なくなっていた。
先生は事故で命を落とし今はここで眠っている。
当時は辛くて悲しくてどうしょうもなかったが先生の言った「誰かを恨んではいけない、剣を握ったその時から近しい者のの死は常に身近にあるのだ」って言葉は俺に誰かを恨んだり復讐しようとする事を拒ませた。
剣を…武器を握ったその時から人が死ぬって可能性が身近にある事実を思い知らされたんだ、
怖かったのかも知れない、だったらその覚悟がいる、俺がいまだにこんなナマクラを振り回してるのはあの時何も出来なかった自分への言い訳なのかも知れない。
「俺はただ…」
錆び付いて、剣としての役目を果たせなくなったナマクラのガラクタを振り回す。 そんな時、空気が揺れたような気がした、
無論空気が揺れる訳がない、そんな事はわかっている、ただそう例えるしかないような感覚だったのだ。 目をとじ感覚を研ぎ澄ます、何かがこちらに近づいて来ている、木々を描き分け草を跳ね飛ばし猛然と此方に向かって来ている。
額に脂汗が浮き上がる。 かつて無い感情に心が支配される、恐怖、焦り、そして非日常への渇望… 様々な感情が心に去来する。
そんな時茂みを描き分け此方に飛び出して来た何かにぶつかり、虚を付かれもつれ絡まるように倒れてしまった。 目の前にいたのは少女だった。
年の頃は俺と同じくらいか、だとすれば14~5くらいだろうか、 彼女を目にした最初の印象は人間かどうか分からなかったというものだった。
母さんからおとぎ話の類いはいくらか聞いた事はあった。 妖精だとか精霊だとか、そんな人間の枠組みではなし得ない美貌を彼女は持っていた。
日の光に透けて太陽のように眩しい金色の髪はまるで妖精か精霊のように神秘的で、白く滑らかな肌は人間である事を疑う程には綺麗で美しかった。 だからだろう、今まで感じていた恐怖心を忘れ彼女に見とれていたとしても誰も俺を咎められないと意味も無い言い訳が頭の中で練り上げられる。
「何をしているのです!?立って!早く!」
「え?はっ!?」
無論そんな暇などなく、俺は目の前の彼女本人から現実に呼び戻されてしまう。
「貴方は早く逃げて!私が…」
「は?何言ってんだアンタ」
そんなやりとりの時間もなく、何かがこちらへと猪突猛進に突っ込んでくる。
足音や地響きからそれが途轍もない大きさなのが分かる。
「何をしてるんですか!?逃げてって言ってっ、あっ!?」
彼女が何かを言い終わるよりも早くソレは林から飛び出してきた。
見た目は熊のような動物だった。
ただ平均的な熊のサイズから大きく逸脱しており、並の熊の2倍近い巨体だ。
その両手の爪は獲物を狩る事に特化していて俺、いや俺達みたいな子供では軽く引っかかれただけで致命的だと本能的に理解できた。
背には何本かの剣が突き立てられており、つい先ほどまで誰かと戦っていた事が容易に想像できた。
グルルルゥゥと底冷えするようなうなり声をあげ、興奮のあまり目を大きく開き血走った眼の熊の化け物は俺と彼女の2人に対して敵意を剥き出しにして迫り襲って来た。
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