膝枕で耳掃除をするおはなし
ガチャンッ!
「ただいまー」
夜、玄関の戸が開くと同時に元気のない女性の声が男の耳に届いた。
「おかえりなさい。今日は遅かったね」
「うん、あとちょっとで終業だったのにあのお局様が」
彼女のいうお局様とは自分に厳しく、同じくらい他人にも厳しいという人らしい。
別に彼女に意地悪をしているわけではなく、お局様もしっかり残業をしているのも分かっているので
彼女も愚痴を言ったりはしない。
「今日のご飯はなに?」
「今日はお鍋だよ。帰ってくる時間が読めなかったから、まだ煮込んでないよ。先にお風呂はどう?」
「ありがとう。お先にいただきます」
女性はそそくさと着替えてお風呂に向かう。その途中で足を止めて言う。
「ねぇ、たまには一緒に入る?」
彼女が頬を赤らめながら言った。
私は笑いながら答えた。
「お鍋の火を見てないとだめだから。また今度ね」
その言葉に彼女は残念そうな顔をする。そんな彼女を見て私は言葉を続けた。
「明日ならいいよ」
彼女の表情は一転して笑顔になり、足取りも軽くお風呂に入った。
「「いただきます」」
彼女と私は両手を合わせていった。
「春雨は入ってる?」
「入ってるよ。鳥肉のつくねも入れておいた」
この二つは彼女の好物である。ちなみに我が家では鍋のしめは卵を入れた雑炊である。
これも彼女が鍋のしめは雑炊派であるからだ。
私は彼女が好物を食べてにこにこと笑うのを見るのが大好きだ。
「あの、片付けが終わってからでいいから、また耳掃除してもらっていい?」
後片付けの後、約束通り彼女に耳掃除をしようとしたら、膝枕でしてほしいといわれた。どうも今日は甘えたいらしい。
ざっと見たところ特に耳垢らしきものは見当たらない。
それでもおねだりをされたらやらないわけにはいかない。
耳の中を傷つけないよう注意しながらかいていく。たまに声をかけるのを忘れない。
「大丈夫?痛くない?」
「ん~きもちい」
「かゆいところあったら言ってね」
「はーい」
リラックスできているようでよかった。
「ぁー、そこ。もっと奥のところ。そこ。そこが気持ちいい」
「かなり奥まで入れてるけど痛くない?」
「痛くない。もっとかいて」
「はい、わかりました」
こうして夜は更けていった。