行き遅れ公爵令嬢ですが、亡国の王子様が迎えに来ました~結婚してほしければ、わたくしを倒してみせなさい~
設定緩めのサクッと短編です。
「おファックですわ! ミスが多すぎですの!」
早朝からボサボサの金髪を適当に後ろで結び、机に山と積まれた書類の一つ一つに目を通し、サインをする。
化粧もせずすっぴんで、ただただ黙々と公国内の役人たちから送られてくる議題や、庶民からの陳情を確認する。時折算盤をはじいて金額の修正をしたり、綴りの違う単語に赤いインクで修正を加えていたアレクシア・ソルスキア公爵令嬢。
彼女は執務室に現れた父がそっと置いた一枚の書類を読んで、心底嫌そうに顔をしかめた。
「おファック! このわたくしが、新興の貴族に嫁ぐなど。……え、奴隷出身ですの!?」
父ソルスキア公爵マティウスが皇帝から押し付けられ……いや、持ってきた縁談。
十年ほど続いた先の戦争で傭兵部隊を率いて獅子奮迅の活躍を見せ、今や帝国の英雄として讃えられる剣闘奴隷ニキアスに、貴族としての地位を与えると決まったのが数ヶ月前。
そこから妻を選ぶということで、彼の身分を保証できる名家でかつ娘を出しても痛くなさそうな家ということで、今このアレクシアが選ばれていた。
「まぁそういうことで悪いんだがなぁ。領地の経営考えたらお前居ないのは辛いんだけど……流石にもう二十五だろ?」
年齢の話をされて、うっと詰まるアレクシア。遅くても十歳には嫁ぎ先が決まり、十五の頃には結婚をする帝国貴族の中で、最初の縁談相手が戦死して以来十年以上も自国に引きこもり続けるこの令嬢を、今更引き取りたいなどという奇特な貴族は誰もいない。
そして婿を取るにも、長らくの戦争で男を失った家が多いためなかなか……というわけで、その微妙に高貴すぎる身分が故に余った彼女は、ずっと戦争に行っていた父の代わりに、領地の経営に挑み続けていた。
「……行き遅れってのは自覚してますけれど! なんで剣闘奴隷がそんなに優遇されますの?」
「あぁ、お前は知らんか……ニキアスは怪物だぞ」
「はぁ? 戦争で、たかだかひとりの出来ることなんて限られてますわ。魔法だって剣だってそんなに多くの人を殺すことはできませんし、救うことだってできませんのよ?」
だから自分は魔法も剣も投げ捨てて経済の勉強をして、今このソルスキア公国を皇帝直轄領すら上回る、帝国一豊かな経済大国に育て上げようと、男遊びすらせず心血を注いできたというのに。
そんな風に口をとがらせたアレクシアに、父は苦虫を噛み潰したような顔で反論した。
「お前の話は実際その通りだと思っていたから、好きにさせたんだ。ただちょっと、ニキアスの奴は常識の範囲から外れていてな……一度でいいから、会ってみてはどうかな?」
「……まぁ、会うだけなら会ってやってもいいですのよ」
渋々と言った表情のアレクシアを説得した父は、使いを走らせる。
その日の夕食が終わり、さっさと部屋に戻って執務の続きに取り掛かろうとするアレクシアを、召使いが呼び止めた。
「アレクシアさま、来ましたよニキアスさん。すっごいかっこいい方でした!!」
「……顔は良くても、話が合うとは思えませんの……」
実際に顔を見てみてうきうきと声が踊る侍女。
アレクシアはため息をついて彼女の後ろについていく。
応接室に入ると、やたら背の高くて整った顔立ち、アレクシアと同い年くらいの、金髪碧眼のまさに王子様と言った風貌の男が、父と楽しそうに話し合っていた。
「……アレクシアですの」
普通は身分が上のアレクシアは自分から名乗らないのだが。
正直さっさと終わらせたい彼女はサクッと話を進めて、帰ってもらおうと雑な対応をする。
しかしニキアスは、ぶすっとした表情の彼女に輝くような笑顔を向けると、心底嬉しそうに言葉を返した。
「ニキアスです。変人、というのは噂通りですね」
「分かってんならさっさと帰ったほうが良いですの。わたくしみたいな行き遅れと結ばれても良いことないですわ」
作り笑顔だろ。なんて考えた彼女は相変わらず雑に応対して、邪険に手を振って。
彼はその手を取ると、きらきらとした瞳で視線を合わせた。
「いえ、此度の縁談は僕から望みました。帝国一の才女と伺いまして。執務を見学しても?」
「……まぁ、好きにしなさいな」
久しぶりに恋するような視線で迫られた。
しかしアレクシアにとって彼はなんだか胡散臭く感じて。
悪態をつきながら執務をしている自分を見れば幻滅するだろうと、ぶすっとした声でそれを許可した。
――
執務室に二人きり。
侍女にお茶と菓子を持ってこさせて、アレクシアは机に、ニキアスは彼女の仮眠用のソファに。
静かで穏やかな時間が流れて、彼女が切りの良いところで万年筆を置いた瞬間、彼は言葉を発した。
「僕が貴女を望んだのは、理由があります」
「……なんですの」
「僕には学がありませんから、貴女のような学者肌の方が理想でした。それに……」
真剣そのものの表情で立ち上がり、膝を軽く払ったニキアスは、ほんの瞬きの一瞬でアレクシアの背後に回り込み。
「我が王国の復讐のために、お前の頭と身分は役に立つからな」
机に置かれた万年筆を奪い取って首筋に押し当てる。
しかし彼女は小さくため息をついて、何事もなかったかのように言葉を返した。
「あぁ、ニキアス。ペルサキス王国の元王子本人でしたか。五歳の頃に剣闘奴隷に送られたそうですわね」
「知っていれば話は早い。協力しろ。さもなければ……」
氷のように冷たく低い声で、ニキアスは彼女の首筋に傷をつける。
僅かに流れた血が襟を汚しても、彼女は落ち着いた声のまま。
「学がないのは本当ですわね。もっとこう、わたくしをその気にさせて、貴方に都合のいい女として使えばよろしいのに」
冷静にダメ出しをするアレクシアに、ニキアスは呆気にとられて。
狼狽した声で尋ねた。
「……何故動じない?」
「する必要が? わたくしが死んでも、何も変わりませんわ」
「死ぬのが怖くないのか?」
「死ぬ? この公国の統治システムを作ったのはわたくし。この公国で庶民の識字率を七割まで引き上げたのもわたくし。この公国を皇帝直轄領に次ぐ二番目の経済大国にしたのもわたくし。いずれ育った民がこの公国を豊かにし続けるので、わたくしは歴史で生き続けますわよ」
ふん。とニキアスをあざ笑う。
彼はその挑発に返す言葉が見当たらず、うろたえながら万年筆を握り直す。
「……ですから、そうですわね……貴方が本当に復讐したいなら……」
アレクシアはニキアスの手を取って降ろさせて。
立ち上がり彼の目を見ると、不敵な笑みで言い放つ。
「一緒に、帝国を支配しよう。ってのが落としどころですわね」
「……できるのか?」
「さぁ? やってみなくてはわかりませんわ。でもその前に」
ふぅ。と軽く息をついて、アレクシアは首筋の傷を撫でる。
治癒魔法の光が傷口を塞ぐと、彼女は机から魔法の杖を拾い上げて。
「貴方にわたくしの横を歩く資格があるか。力を試させてもらいますの」
ニキアスに突きつけて、彼を睨みつけた。
「気に入った。ぜひともお前を妻に迎えたい」
彼は心の底から笑顔を浮かべて、アレクシアを睨みつけた。
――
「なんで決闘するのぉ?」
晩酌をしていた父が、酔っ払った声で二人に聞く。
立会人として引っ張り出された中庭で、召使いたちも見守る中心で二人は杖をとって睨み合った。
「だって英雄なんでしょう? わたくしはこいつを信じるために、手っ取り早いと思ったんですの」
「公爵閣下、傷は付けませんので。妻になる方ですから」
やる気満々の二人が本気だと理解して、だんだん酔いが冷めてきた父は冷静になって。
「いやいやいや、ニキアス、娘に手を挙げるなど許さんぞ! アレクシアだって相当ブランクが……!」
急に慌てだした父の声を合図に、アレクシアは魔法を唱え始める。
「陽光! 暁光! 閃光! フラッシュボム!」
刹那、杖の先から弾けた灼熱の輝きがニキアスの目を焼いて、急に視界を奪われた彼は膝をつく。
アレクシアは走り出すと、彼の回りに円を描いて、光の文字を刻み込んだ。
「エクスプロージョン!! 一撃で終わらせてやりますのぉぉぉぉぉぉ!!」
気合を入れて魔法陣を起動する。
凶悪な光を放つ文字が、ひときわ強い光を放つと。
轟音とともにニキアスのいる地面が弾け飛んだ。
「……祖霊よ。私をお護り下さい。グランドイージス」
爆音でかき消された彼の声に気づかないアレクシアは、土埃舞う中で勝ち誇ったように笑う。
「んふふ、確実に消し飛ばしましたわね!」
「なんてことを……まぁでも、ニキアスだしな……」
不意打ちから爆発呪文とは、貴族の風上にも置けない卑怯な手段を……と父が娘の姿に呆れたところで。
しかし父も、ニキアスがこの程度で終わるなどとは到底思っていなかった。
「君が、こんなに良い魔導師だとは知らなかったな」
「うげっ、なんでピンピンしてますの!?」
土埃の中から現れたニキアス。
身体どころか服にすら一つの傷もついていない彼は、アレクシアを称えると声色を変えた。
「手を抜くのは失礼だ。行くぞ。我が怨恨の剣を受けよ……エクリプス」
杖を投げ捨てた彼の左手の甲に、漆黒の魔法陣が浮かぶ。
かつての王家が滅びる前に刻まれた不可視の入れ墨。
「暗黒魔法ですの? 相当ですわね……」
人間の負の感情を魔力に変換する暗黒魔法、確かに彼はその使い手として優秀だろうな、とアレクシアが考えた瞬間。
「これを使うのは、多分君で三人目だね」
ニキアスは右手を左の手のひらに当てると、黒光の剣を一気に引き抜いた。
目の前のアレクシアを見つめて、彼が暗黒魔法の力を高めると。
ふつふつと湧いてきた負の感情……自由に生きる彼女への嫉妬が彼の心を支配する。
――正直に彼女が羨ましい、妬ましい。自分は帝国へ恭順して貴族の尻を足を舐めてまで命をつないで、やりたくもない戦争に命を賭けて、やっと地位を築くのに二十年も掛けたというのに。
彼女はずっと、この何不自由なく豊かな公国の一室から帝国を支配するべく野望を巡らせていて、しかもそれは成就しつつある。
その才能が羨ましい。その生まれが憎い。
そして何より。
「お前そのものが妬ましい……!!」
「光栄ですの。かかってらっしゃい!」
アレクシアは黒光の剣の不穏な輝きに少しも怯えずに、杖に魔力を込める。
「天頂の輝き! 灼熱の陽炎! ゼニスアーク!」
長年公国のために尽くし、民から絶大な信頼を得る彼女こそが使い手として最も優秀である光魔法。それは彼女への信頼と愛情が魔力になって放たれる。
「負けるかよ!! 俺の誇りに賭けて!!」
ニキアスは叫んで、強大な魔法に黒光の剣を向ける。それぞれの魔法が衝突して、七色に輝く虹が周りを包みこんだ。
――
「んぅ……」
「……戦場でなら、僕の勝ちだけどね」
全ての魔力を使い果たして気絶したアレクシアを、ニキアスが抱き上げる。
彼女の光魔法に、彼の暗黒の剣は押し負けた。しかし、彼が背負った王国の無念の祖霊たちは、その強大な力に屈することなく、彼を護り通したのだった。
「おお! ニキアス、無事に止めてくれたようで何よりだ!」
嬉しそうに父が走り寄ると、ニキアスは苦笑した。
「……負けましたよ。彼女には、僕を忘れてくれと伝えて下さい」
さてさて、帰ったら夜逃げの準備をしなきゃな。と考える。
アレクシアを脅したことがバレたらきっと、自分は追われるだろう。
こうなったらどこか外国へ行って、彼女を見習って一旗揚げようか。
「いいのか? 縁談なんて断ったら、いくらお前でも貴族ではいられなくなるぞ?」
「構いませんよ。僕は国を出ます。せっかく奴隷を卒業しましたし」
心配そうな父の声に、復讐を諦めたニキアスは笑いかける。
自分の王国でも作ってやろうと決心した彼は、アレクシアを彼女の寝室に寝かせると、名残惜しそうに髪を撫でた。
「愛してる。というと安っぽいかな。さようなら、アレクシア」
愛情が抑えきれずに、眠ったままのアレクシアの額にキスをして、彼は去った。
――数日後
「ニキアス! まぁなんだ、気をつけてな。ところで要らないものを引き取りたいんだが……」
「財産なら傭兵ギルドに寄付したよ。……冗談だ。酒場のツケは全員分払っといた」
「ありがてぇ……元気でな!!」
傭兵仲間達に見送られて、ニキアスは船の支度を待つ。
最低限の日用品だけ積み込んだトランクが、隣の大陸行きの帆船に運ばれていくのを眺めて、彼はため息をついた。
「アレクシア……」
初恋かもしれないなぁ……と何度も頭によぎる顔。
髪整えたら絶対美人だしな……頭もいいし、魔法もすごいし、惜しいことをしたなぁ……なんて考えていると。
「あ、この辺で構いませんわ」
すぐ後ろで馬車が止まって、忘れたくても忘れられない声がした。
思わず跳ねるように振り返ると、髪を整えて化粧もバッチリと決めて、十年ぶりに公国から出てきた絶世の美女。
近くに居た傭兵仲間達も口々にため息をついて、彼女に釘付けになっていた。
「新婚旅行はいつまでの予定ですの?」
「あ、アレクシア!? どうして?」
「貴方を気に入りましたの。先にプロポーズしてきたのはそちらですし、なにか問題でも?」
もうすぐ自分の手配書でも回るだろうと思っていたニキアスは、呆然として口を開けたまま。
アレクシアはそっと彼の手を取って、軽く口づけした。
「さあ旦那様。外国を見てお勉強ですの。貴方の領地やら役人の選定やらはお父様がやっておいてくれるそうですので、帰ったら忙しくなりますわよ?」
「え、あ……いいのか?」
「貴方は皇帝陛下に復讐したい、わたくしは皇帝陛下より豊かな国を作りたい……意外と同じ道ですの。一緒に歩きましょう」
アレクシアは上品に口を隠して目を細める。
ニキアスは呆然としたまま少し考えて、こみ上げてくる喜びを思わず声にした。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
穏やかな春の海へ向かって叫んで、彼は何度か飛び跳ねて。
筆舌に尽くしがたい感情を発散し終えると、アレクシアを抱きしめて、何度も何度も唇を重ねた。
――
月日は流れ、帝都議会の待合室に二人は座っていた。
既に名前だけの存在となった帝国から独立しようとする各地域の貴族たちが集まり、さながら社交界のようにわいわいと和やかな雰囲気が流れる片隅。
「……んふっ」
「急に笑って、どうしたんだい?」
「いや、貴方との馴れ初めを思い出しまして」
「まぁ、あれから三十年か。お互い長生きで何よりだよ」
深く刻まれた皺と、見る影もない白髪の二人。
この三十年全力で領地の振興に取り組み、破産したアレクシアの兄から買い取った旧ソルスキア公国も含めた大陸随一の大国、ペルサキス大公国を治める二人は、周囲の貴族たちから今後の取引や協定、条約についての相談を受け続けて少し疲れた顔をする。
「これが最後の大仕事ですわ。帝国分割会議……これでやっと貴方の復讐も終わり……」
「君の野望は結構前に達成したからねぇ。付き合ってくれて嬉しいよ」
自国を育て上げても尚、自分のために付き合ってくれた妻に感謝してニキアスが笑う。
アレクシアは笑顔で返して、彼の皺だらけの手を取った。
「終わったら、あの時みたいに旅行に行きましょう? もう息子たちに任せて大丈夫ですわ」
「いいね、僕たちが居ないほうがやりやすいだろうし。老人は舞台を降りようか」
二人は暫くの間笑い合って、どこの国に行こうかなんて楽しそうに話し合って。
会議の開催を告げる鐘の音が鳴り響くと、すっと席を立った。
(終)
お気に召しましたら、評価やいいねなどお願い致します。感想なんか泣いて喜びます。
誤字脱字もお手柔らかに……