第二十七話 絵画の世界
「ルーシェス、何かわかった?」
「……この絵から転移魔法の痕跡を感じます」
「は?」
僕が魔法探知をかけてアトリエを調査すると、制作中と思われるイーゼルに立てかけられている風景画から転移魔法の力を感じる。
僕が驚愕した顔で風景画を見つめてることに気づいたアリッサが声をかけてきたので、風景画を指さして手に魔法がかけられていると伝えるとアリッサもリチャードの奥さんも何言ってんだこいつという顔になる。
「この絵に転移? ルーシェス何馬鹿のこと言ってんのよ、もっとまじ―――」
「その絵に触ったらだっ……遅かった……」
アリッサは少し怒った様子で風景画に近づき、絵画に触ってもっとまじめにやりなさいよと言おうとしたところで、その姿が消える。
僕がその絵に触るなと言い切る前にアリッサがどこかに転移してしまい、その姿が消える。
「あ………」
「おっとっ!」
夫人はアリッサが消えた出来事にショックを受けたのか気を失い倒れてしまい、とっさにシュヴァルツが抱きかかえる。
「まさか風景画にそんなトラップ仕込むなんて……」
「まずは奥様を寝かせましょう」
誰がどうやって何の目的かわからないが、風景画に転移魔法をかけて画家のリチャードをどこかに飛ばしたようだ。
アリッサもリチャードと同じ場所に飛ばされているかもしれない。気を失った奥さんを本宅の使用人に事情を話して預けると、僕達はアリッサ達を助けるためにアトリエの絵画に触れる。
絵画に触れると、まるでジェットコースターのような浮遊感と落下感を感じて、気が付くとあの風景画のような森の中にいた。
「油絵でできた森?」
「……どうやらここは魔法で作られた空間のようですね」
周囲の風景をよく見ると、油絵を立体化したような質感の木々と地面だった。
シュヴァルツも周囲を見回してこの世界が魔法によってつくられた世界だと見抜く。
「キャアアアアアア!!」
「アリッサさんだっ!」
「あちらから聞こえましたっ!」
絵画の世界に戸惑っていると、遠くから女性の悲鳴が聞こえる。
僕達が悲鳴がした方向へ向かうと、そこにはアリッサと知らない男性が、子供が考えた怪物の落書きみたいな名状しがたき生物達に襲われていた。
「シュヴァルツ!」
「心得てます!」
シュヴァルツがアリッサ達に襲い掛かろうとしていた怪物の背後からとびかかり、両手剣で脳天から一刀両断する。
「うえっ、気持ち悪いっ!」
怪物は両断されると、固まった絵の具に溶解液をかけたようにドロドロに溶けてヘドロのような粘液の水たまりになる。
それを見たアリッサがドン引きする様に悲鳴を上げる。
「万物の根源たるマナよ 矢となりて 我が敵を討て 魔法の矢!!」
僕も呪文を唱えて魔法の矢を生み出し、残りの怪物にぶつける。
魔法の矢が命中すると次々と怪物は爆発して、その姿を維持できなくなり液状化していく。
「た……助かった……」
「君たちは彼女が言ってた冒険者かね?」
アリッサ達を襲っていた怪物を排除すると、アリッサはその場にへたり込み、一緒にいた男性が声をかけてくる。
「はい、僕は彼女の護衛として雇われたブロンズランクの冒険者のルーシェスです」
「同じくブロンズランクのシュヴァルツです」
「私は画家のリチャード、状況は彼女から聞いている」
「いったいここはどこなんですか?」
お互いに自己紹介し合い、僕は状況を聞く。
「ここは私のマジックアイテムで作った魔法空間だ」
「なんでこんな空間を? 出口は?」
「出口はない……いや、作る方法はあるが、肝心のアイテムがないんだ」
「どういうことです?」
「私が持ってた筆はマジックアイテムでね。その筆で風景を描くと限定された空間を作る事が出来るんだ。出口もその筆があれば作り出せる。ただ、その筆を奪われてしまったんだ」
リチャードが言うにはアトリエにはいると、中に潜んでいた泥棒が筆を奪おうとした。
あの風景画の前でもみ合いになったときにどちらかが絵に触れてしまったためにこの世界に飛ばされたという。
この世界でももみ合いになり、頭を殴られて気を失い筆を奪われた。アリッサに起こされるまでは気を失っていたという。
「ずっと気を失っていたんですか? 外ではかなりの時間がたっていますよ?」
「彼女にも同じこと言われたよ。この世界と外の世界の時間の流れは違っていてね。外での一日がこの絵画中では一時間ぐらいなんだ」
アリッサに起こされるまで気を失っていたと聞いて、二日近く気を失っていたのかと僕が指摘するとリチャードはこの絵画の世界と外の世界では時間の流れが違うという。
「あの泥棒はどういう理由か知らないが、明らかにマジックアイテムの筆を狙っていた。この怪物たちから見て筆の能力も知っていたのだろう」
「どういうことです?」
「ああ、あの筆は外の世界では描いた絵の中に出入りできるだけだが……絵画の世界で使うと、限度はあるが描いたものを具現化できる。この怪物もあの泥棒が描いた刺客みたいなものだろう」
リチャードは泥棒があからさまに筆を狙ってきていたことと、液体になった怪物の残骸を見て筆の能力も知っていたという。
「脱出するには泥棒を見つけて筆を執り返さないと?」
「ああ、私が知ってる限りではそれ以外に脱出方法はない」
「じゃあ、その泥棒を捕まえにいきましょう」
「この世界はそんなに広くない。見つけられる可能性は高いだろう」
他に脱出方法がないとわかると、アリッサが泥棒を捕まえに行こうと提案する。
ここにいてもどうしようもないので、僕達は泥棒を探して絵画の世界を探索する。
「しかし、こんな能力があるなんてね。いざという時はここに逃げれるわね」
「ああ、私の絵を買う人はそういう目的で買う人もいる。純粋に絵を気に入ってくれる人もいるが……少数だな」
絵画の世界を探索中、アリッサがパニックルーム的な使い方を口にすると、画家のリチャードが苦笑しながらそういう目的で買う人がいると答える。純粋に絵が気に入った人と口にしたときはどこか寂しそうだった。
「アリッサ君だったね? できればこのことは記事にしないでほしい」
「え? どうしてよっ! 大スクープじゃないっ!!」
画家のリチャードが今回のことを記事にしないでくれというと、アリッサは噛みつくようにリチャードに怒鳴る。
「君の為でもあるんだ。私の絵画が緊急避難用や財産などを隠ぺいするために使われているとわかれば不都合な金持ちや権力者は多い。記事の差し止めくらいならいいが……事故死に見せかけた暗殺だってあり得る。純粋に君の身の安全を心配していっているんだ」
「……うう~~……でもせっかくのスクープが……」
画家のリチャードは魔法の絵画のからくりがばれると困る人たちがいて、下手に記事にするとアリッサの身の安全が保障できないと訴える。
アリッサも自分の命は惜しいが、スクープを逃したくないのかカメラを握りしめたままうーうー唸って葛藤している。
「僕が受けたのは今回の取材の護衛だけですし、さすがにずっと護衛なんて無理ですよ」
「リチャードさん、折衷案は出せませんか? 今回の記事の差し止めの代わりに別の記事を提供するか、お金で解決するとか」
「ふむ……お金ならある程度支払えます」
僕はアリッサに護衛の範疇を釘刺し、シュヴァルツは折衷案を提案する。画家のリチャードはしばし悩んで口止め料なら支払うと答える。
「……じゃあ、うちのスポンサーになって定期購読契約してください」
アリッサはしばしその場をうろうろして必死に悩み、絞り出すように新聞社のスポンサー兼定期購読者になってほしいと提案する。
ただ、アリッサの表情は後ろ髪引かれるという言葉が似合いそうなほど未練に満ちた表情だった。
「とりあえず、詳しい取り決めは一旦保留にして泥棒を探しましょう。外に出られないことにはどうしようもありませんし」
僕が手を叩いて空気を入れ替えると、泥棒を探して絵画の世界を探索する。
「ここは行き止まりですね……」
「そこがキャンパスの端なんだろう」
絵画の世界を探索していると、まるで一昔前のゲームの様に風景は続いているのに見えない壁によって進めないエリアに辿り着く。
画家のリチャードが見えない壁に阻まれる様子を見てここがあの風景画を描いたキャンパスの端に当たると教えてくれる。
「何よそれ、ややこしい世界ね」
アリッサも見えない壁を叩いたり、押して向こう側に行こうと試みたりして、この不可思議な空間に文句を言う。
「ここからは砂漠なの?」
「あの筆で風景を描くと、描きかけの場所は砂漠になるんだ」
「あれを見てくださいっ!!」
しばらく油絵の森の中を進んでいくと、急に森が開けて砂漠が広がっている。
リチャードが描きかけの場所が砂漠になると説明している最中、シュヴァルツが何かを見つけたのか指をさす。
「死体と……何あれ?」
「扉……ですかね?」
シュヴァルツが指さした場所には黒装束の男が横たわり、B級ホラー映画のような自我を持った両開きの扉が何度も男を食べようと扉を開閉して殴打したり、飲み込んだつもりで扉を潜らせたり繰り返している。
「……おそらくこの世界から脱出できる扉を想定して描いたんだろう。だが、扉はモンスターとして生まれてしまったようだ」
その様子を見ていたリチャードが予想を口にする。
「と、とにかく! あいつを何とかしないと死体にも近づけないわ。ルーシェス、お願い!!」
「万物の根源たるマナよ 扉を突き破る破城槌となれ 魔法の破城槌!!」
アリッサのお願いに応えるように僕は呪文を唱えると、エネルギー状の破城槌が現れ、凄い速度で扉に激突すると、轟音と共に扉の怪物を吹き飛ばす。
「シュヴァルツ!」
「承知!!」
扉のモンスターが吹き飛んだのと同時に僕がシュヴァルツに号令をかける。
シュヴァルツは僕の号令に応えながら駆け出し、吹き飛んだ扉の怪物に追いつくと、その両手剣で十文字に切り刻む。
扉のモンスターは十文字に切り刻まれた瞬間、絵の具のような液体になって解けると、その場に水たまりを作る。
「リチャードさん、この死体に見覚えは?」
「……いや、ないな」
扉のモンスターを倒した僕達は黒装束の男の遺体に近づき、須賀をを確認する。
死体の男性は三十代の人間の男性、リチャードが顔を確認するが見覚えはないという。
その死体には筆が握りしめられており、それを回収する。
「よし、これで入り口の家を描くことができる!」
筆を取り戻したリチャードは突如、宙空に筆を走らせたかと思うとあっという間にこの絵の出入り口を描き上げた。それはあのアトリエ、この絵が向いている方向から見た部屋の絵だった。
「なるほど……外に出る扉ではなく、絵画から見た外の世界を描かないと駄目だったんですね」
僕達がリチャードが書き上げた出入り口に触れると、あのアトリエに戻ってこれた。
「本当にありがとう! 君たちのおかげで元の世界に戻る事が出来たよ」
リチャードも遅れて出てきて、僕達にお礼を述べて一人一人に握手をする。
今回の事件はリチャードが気分転換に妻に連絡せずにぶらついて酔い潰れてたという話で失踪事件は解決ということになった。
あの筆や絵画の世界での出来事は口止めされ、僕は口止め料を含めた報酬を、アリッサは記事にしない代わりにリチャードを新聞社のスポンサー兼定期購読者という形で話をつけた。
まさか絵の中の世界を冒険することになるとは思わなかった。
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