第十七話 歌劇とダーヴィスからの依頼
「ふう……昨日の学者のお姉さんは凄かったなあ」
「いやはや、止める暇もないぐらいにずっと話していましたね」
翌朝、赤目のドワーフ亭で朝食を取りながら僕とシュヴァルツは公共図書館で出会ったレイルの話をする。
「おや、お二人さんはあの学者さんに出会ったのかい?」
「女将さん知っているんです?」
レイルの話をしていると、一仕事終えたドワーフの女将が話しかけてくる。
「親子そろってソウケツ様の熱心な信者でね。お貴族様で学者さんなんだけど……ちょっと情熱的というか……気になることがあると他が見えないというか……」
「ああ……うん、わかります」
女将さんは苦笑しながらオブラートに包むようにレイル親子のことを言おうとする。昨日の出会いでどういう人物なのかは理解していたので苦笑しながら相槌を打つ。
「シュヴァルツ、ソウケツ様って?」
「この世界の知識や学問を司る神様です」
「僕をこっちに転生させた神様? それともラーメン零した神様?」
「いいえ、マスターを転生させて私を遣わせたのはもっと上の位の神様です」
女将さんが厨房に戻ったのを確認して、ソウケツについてシュヴァルツに聞くと、知識の神様だと教えてくれる。そのソウケツがあの螺髪の神様か、ラーメンを零した神様かなと思ったが違った。
「本日はどうしますか?」
「うーんそうだねえ……このセブンブリッジ大劇場行ってみようか!」
朝食を終えるとシュヴァルツは今日の予定を聞いてくる。
僕は観光ガイドのページをめくって目についたのがセブンブリッジ大劇場だった。
「おや、大劇場へ行くのかい? 今ならたしか……【泥棒と令嬢】というのが上演しているはずだよ」
「へー、どんな話なのか楽しみだな」
僕たちの話し声が聞こえたのか、宿屋の女将が厨房から顔をひょっこりと出して、セブンブリッジ大劇場で上演されている演目を教えてくれる。
辻馬車に乗ってセブンブリッジ大劇場へと向かう。
セブンブリッジ大劇場は東町の貴族などが住む高級地区に近いエリアにあり、劇場に向かう客も豪華な四頭馬車に乗ったセレブな人達ばかりだ。
セブンブリッジ大劇場はオペラ・ガルニエのような建造物で、巨大なフレスコ画や、太陽神アルテナという神様を象った黄金の巨大像など、建物を外から見てるだけでも迫力がある名所だった。
「うわ……凄い……」
セブンブリッジ大劇場に入って最初に目が付くのは観覧席に向かうための大階段。
かなりの高さで、ステアレールという手すり部分は磨き上げられた御影石のバラスターが飾られ、壁には金縁のコンペックスミラーと言われる円形の装飾鏡が飾られている。
劇場にやってきた観客達が大階段の踊り場で天井を見上げている。
何があるのかと見上げれば何かの戦いを描いた天井画があった。
「あれは終末戦争の勇者アークと魔王シディアスの戦いの局面ですね」
「へー」
そんな天井画を堪能しながら僕たちが購入できた座席は四階の一般席。そんな席でもシャード銀貨一人五枚もする。
舞台手前には楽団がいて、音の調律をしている。シャンデリアには無数の蠟燭に火が灯され、蝋燭替え師という役職の人が空中ブランコの様に器用にロープを使って短くなった蝋燭を新しいのに早業で入れ替える。
しばらくすると演目の第一章が始まり、楽団の演奏に合わせて舞台俳優が歌い出す。
第一章の内容は貴族の家に盗みに入った泥棒は、財産目当ての伯爵によって望まぬ結婚を強いられ軟禁されている令嬢と出会う。
令嬢の美しさに心奪われた泥棒は望まぬ結婚を破棄させるために結婚指輪を盗もうとする。
巡回する兵士をやり過ごし、屋敷に仕掛けられた罠をかいくぐり、泥棒はついに結婚指輪を盗むことに成功するところで第一章が終わり、休憩にはいる。
「うーん……ずっと座りっぱなしだと体が凝るね」
フォワイエと言われる観劇の合間などに休憩するエリアで僕は大きく伸びをする。
シガ―エリアでは紳士たちがタバコを吸い、淑女たちはフォワイエの廊下でグループを作って歓談している。
「マスター、食事をお持ちしました」
「ありがとう、シュヴァルツ」
シュヴァルツが気を利かせて昼食を買ってきてくれる。
買ってきたのはフランスパンにベーコンやチーズにレタスなどを挟んだサンドイッチとカラムと呼ばれる果実を搾り炭酸で割ったドリンクだった。
「シュヴァルツ、なんで指輪を盗んだら結婚破棄になるの?」
「貴族の結婚の証は双方の家に代々伝わる指輪を交換することで結婚が成立します。指輪を無くしたりすると神が結婚を認めないと言って貴族にとってとても致命的な醜聞になるんですよ」
今回の演目でなぜ泥棒が指輪を盗んだら結婚が台無しになるのかわからずシュヴァルツに聞くと、この世界の貴族の結婚概念を教えてくれた。
三十分ほどの休憩を終えると劇場のスタッフが第二章の開演を知らせてくる。
第二章は指輪を盗まれて部下たちを叱責する伯爵。
悩みに悩んだ伯爵は偽物の指輪を作って結婚式を強引に押し通そうとする。
指輪を盗んだ泥棒は結婚式が行われることを知り、結婚式場へ突入すると本物の指輪は自分が盗み、そこにあるのは偽物の指輪だと宣言。
恥をかいた伯爵は泥棒に決闘を挑み、泥棒も決闘を受け入れる。
終幕は花嫁姿の令嬢の前で伯爵と泥棒の決闘。楽団の音楽も戦闘に合わせた激しいものになり、剣劇に合わせてシンバルが鳴り響く。
最後は泥棒が勝利して伯爵が逃げ帰り、令嬢とキスをしようとした所で衛兵隊が現れて、泥棒は令嬢に指輪を返して逃げ去り、衛兵が追いかけて行くところで閉幕となった。
(なんか昔日本で似た映画見たような)
何となく既視感のある歌劇だったなと思いながらも、僕とシュヴァルツは辻馬車で宿へ帰る。
「おかえりなさい。冒険者ギルドから伝言が来ていますよ」
宿に帰ると女将から冒険者ギルドからの伝言で依頼人であるダーヴィスとの面談セッティングが出来たので明日来るようにと伝えられる。
翌日、指定された時刻に冒険者ギルドへと向かうと話が通っているのかそのまま上の階に通され、会議室の一室に案内される。
「初めまして、ダーヴィスです」
会議室に入るとゆったりとした紳士服にシルクハット姿のステッキを持った白髪の老人が立ち上がって挨拶をする。
「初めまして、ルーシェスです」
「シュヴァルツです」
互いに挨拶して席に着く。
「いやはやブランカ殿から聞いていましたが本当にお若いですな。今回
依頼したいのはこちらの地図の場所にあると思われる宝を探してほしいのです」
ダーヴィスが合図すると背後に控えていた使用人が幽霊騒動の発端となった水晶玉を机に置く。
「えーっと、大元の商人さんは承諾したんですか?」
「ええ、当商会からの今後の支援と引き換えに所有権を放棄していただきました」
とりあえず元の持ち主である商人が納得しているか問い合わせると、支援と引き換えに所有権を放棄したらしいので問題なさそうだ。
「こちらで調べたところ、宝はこの島にあるようなんですよ」
ダーヴィスの会話に合わせるように使用人が水晶玉を脇にどかせて、セブンブリッジ近海の地図を広げる。
ダーヴィスはセブンブリッジから南西方面にある群島の一つを指さし、ここが宝の地図が示した場所だという。
「ええっと、僕のチームは僕とシュヴァルツの二人だけなんで他のチームに声かけてもいいでしょうか?」
「そうなんですか? ではこちらで用意する船の関係で最大八名までとさせていただきます」
他にメンバーを呼んでいいか聞くと、ダーヴィスは今回の宝探しの為に用意した船の乗員数の関係から制限人数を述べる。
「島での滞在は最大四日。それ以上は船の関係で食料や水が詰め込めないので。四日過ぎても財宝の手掛かりが見つからない場合の報酬は全体でドラゴン金貨百枚のみ。財宝が見つかった場合はドラゴン金貨百枚プラス財宝の売却額の山分けでいかがでしょうか?」
「ええっと、他に宝探しについて条件はないのですか?」
「この水晶玉は魔力を注ぐことで周囲の風景を写す事が出来るようなので、これで冒険の記録を取ってほしいのです。なのでこの水晶玉を壊さないようにしてください」
ダーヴィスにほかに条件がないか聞くと、あの水晶玉で冒険の様子を録画して壊さないようにしてほしいと言ってくる。
「ではその条件で引き受けます」
「よろしくお願いします」
依頼承諾するとお互いに握手をして書類を交わす。
「では三日後に出港しますので、当日の朝に西町の新港に集まってください」
「わかりました」
こうして僕たちはダーヴィスから宝探しの依頼を受けた。
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