かつら☆リモコン
ある朝、出社すると私のデスクの上に見たことのないリモコンが置いてありました。メーカー名も製造番号も書かれていない、珍しい形状をしています。誰かの私物かと思い、周りに尋ねてみましたが持ち主は現れません。
そこで、つい好奇心の誘惑に負けた私は上下左右の4つのうち、上向きのボタンを一度だけそっと押してみたのです。残念ながら期待に反して、何も起こらず………………あれ……気のせい、かな……?
些細な変化も見逃さぬよう瞬きを堪え、違和感を覚えたとある一点のみを凝視しながら、恐る恐るもう一度ボタンを押すと……やっぱり!
私が上ボタンを押す度に、課長のかつらがごく僅かに前進しているのです!
一回につき2,3ミリは移動しているようなので、既に前髪がまつ毛にかかるくらいの、それなりに危うい状態になっています。一体誰がこんな神をも恐れぬ勇敢なイタズラを仕掛けたのでしょう?
信じられないことに本人だけは誰にもバレていないと思っているようですが、課長の隠し事については周知の事実です。でも、このような芸当を課長にバレずに行うなんて技術を持っている社員に心当たりはありません。かと言って、体当たりドッキリをかますようなユーモアを、あの堅物根暗嫌味課長が持ち合わせているとは思えませんし。
真相はどうあれ、私が非常に頼もしい武器を手に入れたのは事実でした。いえ、攻撃のための道具というより精神安定剤のというべきでしょうか。これさえあれば、どんなにグチグチ、ネチネチとしたお説教にも笑顔で耐えられそうです。だって課長の命は私の掌中にあるようなものですから。
それからしばらくは何事もなく過ぎていきました。課長からいつものように小言を吐かれても、どこ吹く風。仕返しとばかり、まるで生き物のようにカツラをぷいぷい可愛らしくスイングさせるだけで怒りの感情はすうっと消え去っていきます。
でも、何だかここ数日、課長からやけに標的にされているようなのです。リモコンのことがバレた様子はないのですが、ひょっとしたら、いつの間にか彼の頭部に視線が釘付けになっていたことが、彼の癇に障ってしまったのかもしれません。
同僚達の前で数十分以上、ひたすら罵倒され続け、ついに私の我慢も限界でした。ポケットの中に隠し持っていたリモコンに指を添え、腹をくくり、復讐の準備を整えました。
(こうなったらどうなっても知るか! くらえ、怒りの16連打!!)
勢いよく滑り落ちると思われたかつらは……なんと……課長の頭を颯爽と飛び立ちました……。
そのままくるくると部屋の中を華麗に旋回し、空いている窓から飛び立つかつら。驚いたのはもちろんですが、何だか少し寂寥感を覚えながら、かつらが大空へ飛び立つのを見送っていた私。すると、突然背後から拍手喝采が聞こえました。振り返ると社員全員、更には頭部が涼しげになった課長まで晴れ晴れとした笑みを浮かべ、口々に「おめでとう」と私を祝福するのです。
混乱する私を椅子に座らせ、課長が説明を始めました。
「君が私のかつらだと思いこんでいたアレは、かつら擬態型知的生命体ウィギーと呼ばれているエイリアンなんだ。そして我々は表向きただの会社員だが、実は皆ウィギーの操縦者を育成・サポートする秘密機関 REVEのメンバーなんだよ。長い間、君のことを騙していてすまない」
「そ……そんなこと、急に言われても、何が何だか……」
未だにシュールでカオスな悪夢を見せられているとしか思えません。
「戸惑うのも無理はない。だが、君はウィギー操縦者として類稀なる資質を持っているんだ。君がその手に持っているリモコンは、ただの補助装置にすぎない。君の強い意志がウィギーにシンクロして、彼の内に眠る力を覚醒させたんだ。その証拠にほら……」
どこかに去って行ったと思っていたウィギーが再び窓から私の元へと飛んできて、右肩にファサっと着地しました。
「彼が君をマスターと認めた証だ……君には二つの選択肢がある。今すぐ全てを忘れて退屈な日常に戻るか、それともウィギー操縦者として、地球に迫りくる危機と戦うか。どちらを選ぶのも、君の自由だ」
自分でも驚くぐらい、すぐに決断していました。私は左手でじゃれつくウィギーの頭を撫で、右手で課長と固く握手を交わしました。おそらく私の瞳は今、太陽光を反射して煌めく課長の頭部に負けないくらい、希望と決意に満ち溢れ、明るく輝いているのでしょう。




