第9話 兄の俺がVTuberをやらされるなんて嫌がらせしかない!(前編)
その日の午前中に、バタンといきなり俺の部屋が開け放たれた。
「やっほー赤坂君。突然だけど来ちゃった!」
呼んだ覚えがない竹中が俺の部屋にノックもせず入ってきた。その手には大きなバッグを持っているのを見過ごしてはならない。これは明らかにちょっと寄って、お喋りしよっか、みたいなノリではないのを漂わせている。
「来ちゃったって、まるで押しかけ妻みたいな台詞で言ってるが、どうせすみれが呼んだんだろ」
当然後から妹のすみれも入ってくる。俺は座ってゲームしていたが、中断して椅子を2人の方に向けた。
今日は祝日。学校は休みで、この時間は俺なりに休みを満喫していた。星野宮きらりの切り抜き動画などもしっかり作りアップしている。だから今は好きな格闘ゲームをしている真っ最中だったのだが、竹中が来て中断せざる得ない。
「まーまー、そう怒んなさんなってお兄さん。今日は私達2人」
竹中がバッグからノートパソコンを取り出す。何か嫌な予感がするな。
「兄貴にやってもらいたい事があるから来たのよ。ね、朱里?」
「そうなのだよ、赤坂君にしか出来ない事なのだよ」
竹中が無駄に俺に対してウインクをしてくる。一体また何を企んでるのやら……。
これは面倒くさい事になるのではと、経験上分かっている。これはきっぱり、しっかりと内容を聞くまでもなく、男らしく断ろう。
「どんな内容か知らんが、他を当たれ。俺は今日ゲーム三昧と決めてるんだ。帰れ帰れ」
2人を無視して、席を戻しコントローラーを握り再度ゲームを再開する。何せ少し前まですみれの活動の手伝いだったり、編集だったりと俺は忙しかったのだ。
今はすみれ自身もまた自分でやるようになって、俺の時間が増えたのだから、のんびり今日はゲーム三昧としゃれ込みたい。
「――ねぇ兄貴。この前の星野宮すみれと、雷桜つばきのコラボ配信は見たよね?」
俺の後ろでなにやらゴソゴソ忙しそうにしているが無視だ、無視。
「あの放送の最後のスパチャで、隠しアイテムわざと教えたの誰だったんだろうなーっってね。すっごい連打して指がまだ痛いんだよねぇ……」
ピタリと俺の手が止まる。さすがにあのノリならばさすがにばれないと思って、嫌がらせで打ったコメントがまさかもう気付かれていたとは。さすが我が妹。
アイドルの鏡だ。いや、喜んでる場合じゃねぇ。
「さ、さぁ誰だったんだろうな。そんなコメント打った奴がいたなんてけしからんな」
「いい加減とぼけるなら、あの放送で兄貴が打ったスパチャの額、朱里に教えちゃうよ?」
やめろ! 無視させないために、奮発して3000円入れたとは知られたくない!
「あー、まぁ、何だ。話くらい聞かないでもないぞ」
俺が言った途端に竹中がニタリと笑うと、待ってましたと言わんばかりに目の前にノートパソコンを開き見せてきた。そこには男性用のLive用2Dモデルのキャラクターが映っていた。紳士のような、いや執事のような爽やかなキャラクターだ。まさか、まさか……。
「この執事の2Dモデルは私が昔テストと趣味を兼ねて作ったんだけど、せっかく作ったからには動いて欲しいんだよねぇ~。赤坂君もそう思わない?」
「これっぽっちも思わんな」
「うんうん、動いて欲しいよね。だからこの子でVTuber活動やってみない?」
人の話を聞いてないぞこいつ。やっぱりそう来るか。ああ、そんな気がしたよ。どうしてもやらせたいのか、竹中がぐいぐいとパソコンを押し付けてくる。痛てぇよ。てか目が怖いんですけど、竹中さん?
「だから思わないし、そんなめんどーな活動俺がやるはずないだろ。素直に諦めろ」
俺がぴしゃりと否定すると、すみれが小馬鹿にした顔で横からにじり寄ってきた。
「そう否定ばかりしてるけどさ、VTuber活動は少し人気が出ればメリットはたくさんあるのよ。兄貴の癖にそーんな事も知らないの?」
すみれが、やれやれと言わんばかりに肩を竦めている。そして朱里に目配せして合図を送る。ほいきたと言わんばかりに朱里がパソコンを操作する。先程映っていた2Dアバターが消え、パワーポイントのスライドショーに切り替わる。
どうやら俺のためにわざわざ作って来たらしい。そこまでやる必要がどこにあるのか分からないが、2人はやる気満々だと言う事が分かる。
「私と朱里はそこそこ登録者数があるの。それは兄貴も当然知ってるわよね」
「そりゃ知ってるよ」
ここで朱里がスライドショーを始めた。急いで作ったのか簡素であったが要件のポイントがしっかり絞られている。俺は実際に自ら活動していないので、こうやって説明されると色々な機能があったり、使えたり出来るのを始めて知る。
・一定数登録者がいればそのチャンネルが収益化が認められる。
・動画に広告を表示して収益化!「パートナープログラム」を利用できる。
・Live等でスーパーチャット(スパチャ)を投げてもらえる。
「このようにですね、そこそこ人気が出ればそれなりのマネーが入るのです!」
竹中が自慢気にドヤッてきた。さすが人気VTuber、雷桜つばきと認めるしかない。きっと入っている収益は学生の小遣いや、バイトの域を軽く超えているんだろう。しかも登録者や視聴者も確実に増えているのだ。もっと収益額はこれからも増えるのだろう。
「兄貴もさ欲しい物あるって言ってたよね? あれ、確か、そうバイクが欲しいってさ。中古なら30万前後であるし、VTuberとして成功すれば買えるんじゃないのかな~?」
うぐっ。確かにバイクは欲しい。不純な理由だが、彼女が出来た時後ろに乗せてデートをしたい。そんな事を俺は思っているのだ。普通の高校生ならしたいと思っても良いじゃないか!
「それなら、赤坂君がもう迷う事はないよね。やりたくなったよね、分かってるよ、うん分かってるから私に任せて良いんだよ~?」
俺は迫りくる二人からの圧とも言うべきか、さぁやれ、いまやれと言わんばかりの眼差しに気圧されて、
「あっー。わぁった! やるよ。やってやるよ。そこまで言うなら、お前らより人気になって見返してやるよ」
と、勢いで言ってしまった。ちょっと後悔もしたが、後には引けない。
「そう言ってくれると思ったよ、赤坂君は!」
「さっすが兄貴。でも絶対にそれは無理だと思うけどね~」
嘲るすみれは明らかに小馬鹿にしている。だが、2人の人気はこれからも確実に上がってくるだろう。それはキャラクターの可愛さも当然ながら、トークやゲームの盛り上げ方、個性など、様々な要因で人気が出ているからな。
そして先日のコラボで当然2人のチャンネル登録者数は、確実に増えたのは言うまでもない。
それに対し、いくら俺に用意されたLive用2Dモデルがイケメンでも、俺自身に魅力がなければ人気など到底出ない。そして俺がこの2人より魅力的で素敵なトークが出来るかと言われたら、恐らくないだろうと我ながら冷静に思う。
自発的にやる人と比べたらそうなるよな。
しかし言い出した以上やってみる価値はある。少しは人気が出て、お小遣い程度には収益が出る可能性があれば儲けもんだ。
「兄貴なら1000人位ならチャンネル登録してくれるんじゃないかしら? そのつまらない喋りでも、世の中変わり者もいてくれるからさ」
「それ明らかに褒めてねーよな。だがとにかく、ためしにやってみるか。ただ飽きたらすぐ辞めるからな」
「精々頑張ってね、兄貴」
計画通り俺にVTuber活動をやらせる事に成功し、2人は満足している。そうして勢いでVTuber活動に挑戦する事になったのだった。