第52話 竹中朱里はスランプ。(後編)
竹中を強引に連れ出したものの、俺はこれと言った考えがあった訳じゃない。完全に見切り発車で外に出たが、これからどうしたものか……。
「赤坂君、ねぇ、これからどうするの?」
竹中が俺の瞳を覗き込んでくる。その表情は困ったような、しかし何かを期待しているかのように思えた。このまま外で立ち尽くしていても仕方ない。とにかく行動するのみだ。まずはリフレッシュするのに一番は身体を動かす事が良いと聞く。ネットのメンタリストがそんな事を言っていた。
「そうだ。まずはとにかく身体を動かそう。色々と考えるのを一旦止めて、身体を動かしたら何か変化があるかも知れない。確かそう遠くない場所に大型アミューズメント施設があるし。あそこに行くぞ」
「えっとー……。うん、そこまで言うなら行くよ」
2人で地下鉄に乗り、目的の大型アミューズメント施設に到着した。ここは国内に複数ある有名な施設で、室内で遊ぶにはもってこいの場所と言える。家族、恋人、友人の仲では遊びスポットとして定番で、この季節は繁盛しているようだった。
広い施設に入り、さっそく何をしようか思案をめぐらせていると、竹中から提案を受けた。
「ね、ボウリングしない?」
「ボウリングか。良いな、やろう」
そうと決まればすぐに施設内を移動して、ボウリング場へと向かった。そして2人で学生料金を支払う。丁度お得な学生パックがあったのでそれにする。2ゲームに貸靴とドリンクが付いて1500円だった。
靴を履き替えて、竹中が早速ボールを選び、やる気満々だ。俺は頼まれたサイダーを店員さんから受け取り、席に置く。そして自分も靴を履き替え、ボールも選びセットする。
「よーっし、今日はみんなに甘えて遊ばせてもらうぞ~」
「言っておくが、手加減はしないからな」
「言ってくれるじゃん。なら私も本気でやるからね!」
こうして俺達はボウリングで遊び始めた。
結果は竹中の方が良い成績だった。それから俺達は別の遊びもした。ダーツやカラオケと夕方までさんざん遊び、こんなに2人だけで過ごしたのは無かっただろう。
竹中は最近まで収録や、それ以外の時間はずっと練習で根を詰めていたのか、遊んでいる間はとても充実した様子だった。
今は遊び終わって俺達はアミューズメント施設から出て、近くにある小さな公園のベンチに腰を下ろしていた。時計の針は19時を過ぎていて、辺りも薄暗くなっている。
「ふぅ~……。今日はたくさん遊んだ、遊んだ~」
「今日の竹中、凄い遊びっぷりだったぞ」
俺は自販機で温かい飲み物を買い、竹中に渡した。
「って、これ。お汁粉じゃん!」
「そうだな。たまには良いだろ、自販機のお汁粉。普段買わないしさ」
「そうだけどさ~」
少しふくれっ面でお汁粉を飲みだす。
「それで少しは気分転換になったか?」
俺が聞くと竹中はお汁粉の缶を両手で握りしめ、下を俯いている。
「うん、楽しかったよ。今日はありがとうね。……でもまた収録したら駄目かも知れない……。私どうしちゃったんだろうね」
白いため息が漏れてくる。その白い息はもわもわと、今の竹中本人の気持ちを代弁したかのように見える。
「そっか。そりゃ簡単に解決出来たら誰もスランプなんてならないよな。多くのプロだってそれで苦労している訳だし」
「赤坂君が気を使ってくれているの分かるよ。でもさ。私としても一日でも早く以前の様に、納得のいく演技をしたいって思うんだ」
そう言う竹中は頭を俯かせている。すっかりまた気持ちが落ち込んでしまったようだ。やはり今日一日リフレッシュしただけでは、解決はしないようだった。
しかし、俺はずっと気になる事がある。竹中朱里と言う女性は、普段はおちゃらけた感じだったが、どうもこの雰囲気に隠れていて分からなかったが――、恐らく完璧主義の性質があるのではと思う。
だから上手にやりたい、納得のいく演技をしたいと言っているのかも。妹のすみれは気が強く、他人には細かいところがあるが、それは外面であり、自分には少し甘い面がある。しかし竹中はその逆なのではと。
「なぁ、竹中ってさ。演技に対して完璧にやろうって思ってないか?」
その質問に俯けていた顔を上げる。
「えっ?」
「いや、最初の頃はもっと竹中らしいって言うか、雷桜つばきらしさが凄い押し出してたって感じでさ。それが最近は感じられないって思うんだよな」
「確かに完璧な演技をしようって思ってやってるけど。今は私らしさがない……か」
自分の言葉を噛みしめるように言って、竹中は考え込みだした。
「あ、いや、下手って意味じゃないぞ。演技自体はスタッフの人も上手になってるって言ってたし。ただ、いつも生放送でやってる時みたいな、陽気でお茶目なつばきの要素が少ないって気がしたんだ、俺には。だけどシナリオにはちゃんとその要素がある」
俺の言葉を聞いているのか、聞いていないのか、突然竹中はクスクスと笑い出した。
「ゴメン、ゴメン。つい笑っちゃった。ほんと赤坂君って私の事よく見てるんだって思うと、嬉しくて、あと笑えてきちゃってさ」
「人が真面目に言ってるってのに、笑う事ないだろ」
俺は残っていたお汁粉を飲み干す。だが、ここに来てやけに竹中の表情がさっぱりしているのは気のせいだろうか?
「私さ、渡された自分の、雷桜つばきの台本に対して最近、違和感を覚えたんだよね。そりゃ私がシナリオ書いた訳じゃないから、違和感を感じて当たり前だよ。そのキャラクターは私じゃないからさ。でもね、台本のつばきも真剣に表現された、私なんだよ。それに対して、私を思いっきりぶつければ良いだけなんだよ。どうしてこんな簡単な事に気付かなかったんだろうね?」
一気に喋り竹中は椅子から立ち上がると、飲み干したお汁粉の空き缶を、少し離れたゴミ箱に向って投げる。そのまま空き缶はゴミ箱へと見事入った。
「それは、竹中がそれほど真剣だったって事だろ。雷桜つばきは、本当に自分の分身だと思っているんだよ。だから他の2人以上にその思いが強かった。何せ竹中が一生懸命作り上げたキャラクターなんだしさ」
「そうだよね。つばきは私にとって、もう1人の私みたいな感じ。恥ずかしいけど、思い入れが凄くて」
今の竹中はもう、スランプなんて言葉とは無縁なんじゃないかと思う程、気持ちが晴れ晴れしているように思えた。こんなに早く解決出来るとは、本当に凄い奴だよ。
「もう大丈夫そうだな。竹中は本当に何でも1人で出来る奴だし、そこまで心配してなかったけど」
すると竹中がいきなり額にデコピンをしてきた。
「このニブチン! ほんと赤坂君は鈍感なんだから、相変わらず。私がスランプを脱する事が出来たのは、君のおかげなんだぞ!」
「えっと、俺はそんな大した事した訳じゃないと思うんだが」
竹中は俺を過大評価していると思うが、でも本当に良かったと思う。
「さぁーって! また次からの収録頑張るぞ! 私頑張れ! ファイト、朱里!」
「急に元気になったな。らしくなって良かったよ」
「心配してくれてありがと。あ、そうだ。今度クリスマスにみんなで生放送しよっか。うん、そうと決まれば、すぐに連絡しよっと」
「それ、俺パスな」
「はぁ!? 何よそれー!」
そんな竹中を見て俺はよりいっそう惹かれてしまうのと、これからも頑張ってほしいと、心から思うのであった。




