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第51話 竹中朱里はスランプ。(前編)

 12月初頭に入りめっきり寒くなった今日この頃。ゲーム制作は順調に進んでいたと思われた。


 しかしとある日、竹中の調子が悪い事に俺を含め現場の人達は気付きだした。最初はただの杞憂だと思ったのだが、明らかにスランプと言う感じで、何度もリテイクを要求されており、他の2人と比べて収録が遅れている。


 始めた頃はスムーズに台詞を言えたのに、今ではよく言い間違えたり、質の低い演技になる事もしばしば。


 このままだと竹中だけ1人遅れ続け、ゲーム全体のスケジュールに支障が出てしまうだろう。そこで当然マネージャーとしての役割を任された俺が、理由を聞くことにしたのだ。


 今日は竹中だけが収録する日で、俺も一緒に株式会社サイバーユリカモメへ向かう事になっている。ただ収録時間は午後13時なのだが、その前に俺は竹中と連絡を取り、早めに集合し会社近くの喫茶店へと入った。時間は12時で人もそれなりにいる。


「赤坂君、今日はこんな所に入ってどうしたの?」


 竹中と喫茶店に入るなり、適当な飲み物を頼み早速要件を切り出した。


「竹中、最近どうしたんだ? 演技の調子が悪いみたいで、リテイクも多く出て、もしかしたらスランプなのか?」


 俺の問いにしばらく黙っていた竹中だったが、観念したのかゆっくりと語りだした。


「あはは……。さすが赤坂君、やっぱりそうだよね。でも私にも、どうしてこうなったのか分からないんだよね。最初は一生懸命やってて、楽しいし順調だと思ったんだけど、ある日を境に急に上手に演技出来なくなっちゃってさ。ほんと参ったよ」

「自分で原因が分からないと?」

「そうだね。気付いたら上手くいかなくなっていて」


 一体何が原因だろうか。竹中の様子を今まで見てきたが、それらしい原因らしき事は無かったと思う。相手の立場になって考えても、同じ表現者やプロの役者でもない。どうしてスランプになるのかなんて、簡単には理解出来ない。ただ、ずっと側で見ていて、どこか焦っているようには思えた。


「そっか。当たり前だけど、俺もどうして竹中がスランプになっているのかは分からない。けれどさ、どことなく焦っているように思えたかな」

「焦ってる……。私焦っているのかな。一生懸命やってるけど、何かしっくりこない時もあったけど。だからリテイクも来ちゃうのかな」


 本当に困った顔をして、項垂れている。そんなふうになるのを見ると、どうにかして、以前の元気でイキイキした演技をする竹中に戻ってほしいと思った。


「竹中はさ、いつも軽い感じに見えて、案外ちゃんと周りの事見てるし、演技も周りと比べて結果を出そうと焦っているのかも知れない。俺がどうこう言うより、これは竹中の気持ちが大切だと思う」

「う~ん。そっか。でもありがと、赤坂君。私の事ちゃんと見てくれて」

「今は友達として、そしてマネージャーとしても当然だ。何かあったら何でも言ってくれよ」


 それから他愛もない話をして、俺達はサイバーユリカモメへと向かった。






 竹中が収録現場に入り、今日のボイス収録が始まった。しかし――、竹中の演技は相変わらず精彩を欠いていた。良い時もあれば、やはりしっくりこない演技もあり、順調に行かないのは火を見るよりも明らかだった。


 その様子を観察していた上野さんが俺を呼んできた。


「赤坂君ちょっと良いですか?」

「上野さん。どうしましたか」


 言いたい事は分かる。竹中の事だろう。このままでは良くないのは本人も分かっているから、余計に空回りしている訳だし。


「朱里さんの事で。彼女最近どうも調子が悪いですけど。何か聞いていたりしてますか?」

「実は俺も気になって。今日ここに来る前に話をしたんです。だけど本人もスランプの理由が分からないみたいで。俺なりに助言とかもしたんですが、そう簡単に解決しませんよね」


 今も一生懸命演技しているのを見ていると、こっちまで胸が苦しくなる。こんな時どうにか自分が支えになればと思うが、一体どうすれば……。


「そうでしたか……。私が言う前から声をかけてありがとうございます。しかし、どうしましょうか。スランプを脱する方法は色々ありますが、すぐに解決する方法はさすがに……。いえ、もしかしたら」


 上野さんが何か閃いたのか、俺の顔をまじまじと見つめてきた。


「えっと、何かいい方法を思いついたのですか?」

「はい。やはり私がどうこうするより、ここはマネージャーの渉さんにやってもらうのが一番かと」


 そう言うと、上野さんが収録部屋に入り、竹中の収録を中断させたのだ。そしてそのまま、何か話して、2人がこっちの待機部屋に戻って来る。


「あの、上野さん、私まだ収録中なんですけど……?」

「ええ、大丈夫です」


 そんな2人の声が聞こえてきたので窺っていると、


「渉さん、今から竹中さんと2人でどこかに出掛けて、リフレッシュしに行ってきて下さい」

「えっ!? でもまだ仕事中では?」


 しかし上野さんは至って真面目な顔をしている。


「渉さん、分かっているはずです。今の朱里さんには、何かしら気持ちを切り替える事が必要です。ですので私がスタッフに事情を説明しておきましたので、とにかく今から彼女のスランプを脱する方法を探して、解決して下さい」


 結構無茶振りな気もするが、このまま放っておく事も出来ない。今俺がやれる事をやるしかないだろう。上野さんの権限が思いの外ある事に驚いたが、今は素直にやらせてもらうとする。


「えっ!? 上野さんも赤坂君も何言ってるの。私そんな事してもらうの悪いですから、あの」


 突然の展開に当の本人が付いて行けず、困ってしまっている。だがそんな事を言っては言われないので、四の五の言わさず強制的に連れて行くことに俺は決めた。


「分かりました。よしっ! とにかくこのままじゃ駄目だ。一度気持ちを切り替えてリフレッシュしに行くぞ!」

「えええっ!?」


 俺は強引にコートを着せて、竹中の腕を引っ張って会社の外へと出て行った。

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