第43話 いざ株式会社サイバーユリカモメへ!
沖縄旅行から帰宅して2日後。俺を含め、すみれと竹中の全員に上野さんから電話がかかって来た。もちろん内容はこの前に話した、ゲーム出演の話を詳しくするのと、女性陣のボイストレーニングを開始するからだ。
ゲーム出演のトレーニングもやるが、すみれ、竹中、彩夏ちゃんはそれぞれの配信を途絶える訳ではなく、時間を作っては配信するのだろうし、勉強もしっかりやるだろう。
多分そんな生活をサポートするために、俺がマネージャーとして頼まれたのかも知れない。俺自体の配信頻度なんて少ないし、切り抜き動画の編集も今では大して時間は掛らない。それに良い経験になる。
そして電話の日から翌日。電車に乗り俺と竹中、すみれは綾那さんの会社のオフィスの入り口前へと来ていた。
メールに指定された時間は13時からだったので、俺達はその少し前の12時45分に到着している。ビルは15階建てビルで、その内株式会社サイバーユリカモメは12階、13階、14階だ。メールに指定されたのは12階と書かれていたので、早速全員でビルに入って行く。
「えっとここで大丈夫だよね」
すみれが名刺の住所と実際の場所を再度確認する。
「ここで間違いないよな」
「ちょっと緊張してきたよ、私」
竹中はビルを見上げながら、そわそわしだしている。因みに彩夏ちゃんは先に綾那さんの会社に向っているとの事で、恐らくもう会社にいるのだろう。とにかくここで立っていても仕方ないので、ビルの中へ入りエレベーターで目的の12階へと到着した。
株式会社サイバーユリカモメ。
シルバーのプレートに記された名前を確認してここで間違いないようだ。入り口前に受話器があり、『御用のある方は1#を押してから、電話を掛けてご用件をお伝え下さい』と書かれていた。
そこで全員で少し固まってしまう。誰がこの受話器で電話を掛けるかだ。ここは俺がかけるべきなんだろうが、つい微動だにせず、受話器を見つめるしかできない。しかし無言のプレッシャーが後ろにいる2人からひしひしと感じる。そしてそれはいずれ終わりが来るわけで。
「赤坂君、掛けてくれるよね?」
「男が掛けるのがやっぱ普通だよね?」
少し間を空けて、
「……まぁ、そうなるよな」
このままだと遅刻してしまう。俺は勇気を振り絞って受話器を取り、番号を掛けた。そしてすぐに女性の声が返ってくる。
『はい。こちら株式会社サイバーユリカモメ、受付です。ご用件をどうぞ』
事務的な女性の声で内容を訊ねてきた。
『あの、本日13時に予約させて頂いた、赤坂と言います。社長の姫柊綾那さんはいますでしょうか?』
マナーがあまり分からないので、緊張気味にカタコトな言葉で要件を事務の人に伝えると、
『あの、本日13時に予約させて頂いた、赤坂と言います。社長の姫柊綾那さんはいますでしょうか?』
『はい、赤坂様ですね。今担当の者が向かいますので、少々お待ちください』
『はい。分かりました』
会話を終えてしばらくすると、閉まっていた扉が開き女性の方が出て来てくれた。
「お待たせしました。どうぞ入って下さい」
俺達は言われて全員中に入ると、多くの人達がパソコンに向かって忙しく仕事をしたり、電話をしたりとしている。この12階だけでも広いにもかかわらず、まだ上の13、14階も同じ会社が入っているとは驚きだ。
俺達は案内された先は小さなソファーにテーブルがある角の一部分だった。恐らく少しだけ休息を取れるスペースなのかもしれない。しかし場違いな高校生が来たと言うのに、誰も俺達の事を見る事もなく、仕事に集中している。
ゲーム制作している会社と聞いていたので、たしかにプログラムを組んでいる人もいれば、CGを作っている人もいる。少し緊張しながらテーブル席に到着すると、そこには先に先客がいた。
「皆さん、こんにちはですの。今日はよろしくお願いしますの」
こっちに気付くと、彩夏ちゃんはスマホを触るのを止め立ち上がり、軽く手を振って挨拶してくれる。その挨拶にすみれと竹中も手を振って返す。
「彩夏ちゃん、こんにちは。やっぱり先にいたんだね」
「彩夏たんハロー。今日はよろしくね」
「こんにちは。今日から頑張ろうね」
空いてる席に全員で座ると、案内してくれた方が、「今お呼びしますので、少々お待ちください」、そう言って踵を返しテーブルから離れていく。
「お姉さま、今会議みたいなので、多分あとちょっとで来ると思いますの。でも待つならこんな場所じゃなくて、他の場所でも良いんですの。もうっ」
少しも不機嫌な様子を隠すことなく腕を組んでいる。
「まぁまぁ、別に俺達はそんな事気にしていないし」
「あ、でも、もう綾那さん来たみたいだよ」
すぐ後ろから足音が近づき振り向くと、スーツ姿の綾那さんが来ていた。
「綾那さんこんにちは」
彩夏ちゃん以外の全員で綾那さんに挨拶をする。
「みんないらっしゃい。ゴメンね、ちょっと会議が長引いちゃって。みんな早速ついて来てくれるかな」
言われて付いて行くと、12階のこの部屋の扉を出て、エレベーターのボタンを綾那さんが押す。全員中に入り、14階のボタンを押して扉が閉まって行く。
「あの、14階には何があるんですか?」
おもむろにすみれが訊ねると、
「14階は主に、ゲーム音声の収録スタジオになっているの。最初の頃はいちいち別の収録スタジオを借りて撮っていたんだけど、面倒くさいから14階を改修してスタジオにしたのよ」
「お姉さまったら本当に面倒くさがりで、お父様にお願いしてもらったのですの」
「彩夏、不必要な情報を言うの止めましょうね~」
綾那さんは妹の背中に回ると肩を強めに揉みだした。
「痛い、痛いです、お姉さま!」
痛いのか、くすぐったいのか、妙にくねくねしている。
「2人は仲良いんですね~」
竹中が言うように、見ていると微笑ましい姉妹にも見えるな。
そうこうしている内にエレベーターは目的の14階に到着した。扉から出てみると、さっきと同じような会社の入り口があるが、スリガラスの部分に収録スタジオと書かれている。
「はい、到着。ここが我が社のアフレコ等の収録現場となっています。先にボイトレの先生を待たせているので、早速入りましょう」
収録現場の扉を開け中に入ると、大きく分けて4つの部屋のブースに分かれていた。要するに音声の編集やチェックするモニター部分の二部屋と、実際にマイクで収録する座りと立ちの二部屋分けしたブースとある。
「おおー、実際に見てみると、私たち素人の機材でやるのとは全然違うね」
竹中が目を輝かせて辺りを見渡している。今は特に収録している訳ではなく、この部屋は使われていない。
「どうかしら。ここなら十分ゲームのアフレコ収録が出来るから、本番もここでやる予定よ」
「あっ、そうですね。実際に見てみると凄いテンションが上がります」
すみれも本場の収録現場を見て、興味津々だ。みんなさすが自らVTuberをやるくらいだから、高揚しているのかも。さすがに俺はただただ凄い機材の多い部屋だなとしか思わないんだけど。
「そう言えばトレーニングの先生はどなたがやって下さりますの?」
そうだった。今日はトレーニングの先生と初対面だ。あまり怖い人じゃないと良いけど。
「心配しなくても、もう来てますよ、彩夏お嬢様、皆さん」
別の部屋から入ってきた人物は、どこか聞いた事のある女性の声だった。それはここ最近かなり俺達がお世話になっている上野さんの姿があった。しかし今日の恰好はとてもラフな服装で、メイド服か、スーツが見慣れてたから、違和感がある。唯一旅行に行った時は、私服の時もあったけど。
「あら、上野さん。こちらに来てましたの?」
彩夏ちゃんも上野さんが来ている事を知らされていなくて、ちょっと驚いていた。そこで綾那さんが上野さんの隣に立ち、改めて咳払いをして伝えてきた。
「今日から皆さんの演技・ボイストレーニングを担当する先生が、彼女、上野凛々子さんよ。もうみんな知っているから、紹介は省くわね」
「はい。みなさんの先生として、今日からよろしくお願い致します」
上野さんはぺこりと丁寧にお辞儀した。




